舞台裏・WBA世界ミドル級タイトルマッチ⑦
直前控え室~闘魂~3.30モナコ

(傍でカメラを回し続けたTUG_manのブログより)






$石田順裕オフィシャルブログ 「そんな時もあるやんか」by Ameba


ダブルメインのモンテカルロスーパー4が始まった。

地元ハンガリーからの応援団だろうか。元2階級王者ゾルト・エルデイの名前を連呼している。エルデイは38歳、石田順裕と同年代のベテランだ。

これに勝てば。負ければ。勝ちたい。負けたくない。そんな思いを胸に秘め、2人の戦士がたった2つの拳で殴り合っている。

“エルデイ!エルデイ!エルデイ!”

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その試合の様子が14インチほどのモニターで流されている。音が消されているため歓声も実況も打撃音も聞こえない。

チームISHIDA控え室。出入り口付近にTVモニターが設置してある。ワンルームほどの広さ。奥にシャワールームもある。このスペースに大の大人8人もが密集していた。

壁に絵画が飾られている。真っ白な空に真っ赤な太陽が浮かんでいて、戦時中を思い起させるような荒廃感漂う絵だ。そう見えるだけなのか。

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石田順裕は右拳にだけバンテージを巻いていた。

バンテージの巻き具合とグローブとのフィット感を確かめるため、その右手にグローブをはめた。

「気になるなら言ってくれ。また巻き直すから」

エルナンデスの英語を竹中タカシトレーナが訳して伝えた。石田順裕は首を横に振り「オーケイ」と言った。

エルナンデスは右バンテージにハサミを入れ微調整を加えると、今度は左拳にもテーピングを施して行った。

“チィーーーチィーーチィーチィーペン!”

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110㎏は裕にあろうかという巨漢をかがませながらテープを巻き付ける。

“キュ、コト!”座っている椅子を引く音。
“ガッ、カチャン!”ドアの開け閉めの音。

ささいな物音がクリアに響く。黙々と拳を作って行く。

石田順裕の控え室にチームGGG1名がチェックのため混じっている。真剣な眼差し。そこにいる全員全ての視線が拳一点に集中している。

“オーケイ”と“グッド”だけの短い会話。

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石田順裕がモニターにギロリと目をやった。前座は先程までのKOラッシュから一変、シーソーゲームが展開されていた。

前座が巻こうと伸びようと、10分20分早まるかどうかだ。

この日が来るまで1日2日と策を練り、試合が決まるまで1ヶ月2ヶ月と待ちに待った。そしてベルトを失ってからは1年2年と過ぎていた。

もう2度とリングに立つ事すらできないかも知れない。そう思う事すらあった。31年間にもおよぶボクシングロード。試合もしないでハイそれまでよ。考えたくもないが十分にあり得た話だ。

必至に食らいついた。現役続行だ。くすぶっている全部。やり残した全部。それもこれもあと数時間でケリがつく。

「左と右で巻き方が少し違う。どうだ?」
「こっち。左の方が良い」

石田順裕はキュッキュと拳を握ると左が良いと言った。エルナンデスはそれでは右を巻き直そうと言った。

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また右手。エルナンデスはバンテージを巻いていった。途中まで仕上がった所でやり直した。なかなか納得の行くベストの握りが作れない。

キツく絞めればそれだけ堅い拳になるが、キツすぎると今度は強く拳を握る事ができない。最もキツく最も強く握れるバンテージが堅い拳を産む。

ずっと中腰姿勢だったエルナンデスはいったん椅子に腰をかけた。

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そこへGGG陣営のサンチェストレーナーが顔を出し、ノリ隆谷マネージャーを連れ立って行った。ゴロフキンもこれからバンテージを巻く。

“ガラガラガラ、コロン!”

エルナンデスjrが試合で使うアイスをバケツに汲み始めた。氷がはねる音が格段に大きい。必要最低限の言葉と雑音しかここには存在していない。

その代わり圧が存在している。ただ立つだけ、ただ座るだけ、ただその光景を眺めているだけでも全身に力を込めなければそうできない。重圧。

全身全霊を懸け丹念に包帯を巻き付けて行く。額に汗がにじむ。

“オーライ?”
“オーケイ!グッド!”

1時間近くかかってようやく両拳バンテージが完成した。堅く、強く、ゴロフキンをノックアウトする両拳だ。

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GGG陣営の立会人がその拳を軽く叩きながら最終チェックを入れた。笑顔を見せると石田順裕と軽く握手を交わし出て行った。

チームISHIDAの面々は一仕事が終わったその瞬間、一斉に各々の仕事に取りかかった。

エルナンデス親子はバンテージを巻く台にしていたテーブルを片付けスペースを作った。本石マネージャーはしきりに試合用のグローブをほぐしている。竹中トレーナーは石田順裕の足にクリームを塗り始めた。

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試合はすでにセミファイナルまで進んでいた。第8ラウンド、ロドリゲスのローブロー。続く第9ラウンドにはラビットパンチと試合が荒れていた。会場では歓声とも悲鳴ともつかない叫び声が上がっている。


“スサーーーーーーーーーーーーーーーーー”

控え室のモニターは映像だけを映し出し静まり返っていた。石田順裕は試合の内容より、いつ終わって自分の時間になるかの行方を追っている。

“パン!パン!パン!”

試合用グローブをはめ胸の前で合わせると乾いた音が響いた。

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エバーラスト10オンスグローブ。エバーラストの社名は“forever last”永遠に続くの意味を込められて名付けられた。

石田は祈りをグローブに込めた。勝てばチャンピオンロードが待っている。

身体をほぐしながら室内をうろつく。目は遠く、近く、頭の中でゴロフキンを描き見据えている。エルナンデスが石田を呼びつけ小声で作戦を再確認した。石田順裕はそれにうんうんとうなづいた。

“パパン!スッ、パパン!”

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タイミング、入り方、返す手順などひとつずつおさらいして行く。あらゆる場面を想定しマスが続けられた。エルナンデスはナックルパートを強くめり込ませて打つようアドバイスした。

ゴロフキンのコンビネーションは強力かつ多彩だ。内から外から下から上から矢継ぎ早にKOパンチを飛ばして来る。押し込まれたら強打の餌食になってしまう。決して引かない。距離を詰めすぎない。強打を打ち込みダメージを与える。

軽く口に水分を含む。麒麟柄ガウンを身にまとい顔にワセリンを塗った。目尻、鼻筋、口回り。戦う男の化粧だ。

「ハチマキ。ハチマキ」

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日の丸ハチマキをやや目深に締めた。闘魂の2文字があった。石田順裕は深く深呼吸をした。石田順裕はもう一度もっと深く深呼吸をした。

“オーケイ?ウィーヒアー、トゥ、ウィン!”

エルナンデスは言った。いいか。オレたちは勝つためにここへ来たんだ。

「イエス!イヤー、オッケイ!」

石田順裕は言った。分かっている。やってやる。オレは勝つんだ。身体が燃えている。熱い。心が燃えている。熱い。

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たまらず立ち上がるとシャドーを始めた。右、右、右。右、右。右。この右をカウンターで思い切りぶち込んでやる。来い。来いよ。さあ来い。

“バン!バン!バン!”

石田順裕は壁に拳を打ち付けた。

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「…たいとる…ぜったいとる、絶対とるぞあいつー!」

石田順裕は始め小さく、そして次に大きく壁に向って叫んだ。

本石マネージャーが日本国旗の団旗を掲げた。廊下からトランシーバーの声が聞こえる。英語が飛び交う。ワサワサと人が動き出す。

“バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!”

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石田順裕はグローブを強く打ち鳴らした。力一杯ナックルパートに衝撃を加えている。小さく息を吐くようにつぶやいた。“よし…”

“グッドラック”

時間だ。係員が声をかけた。チームISHIDAは控え室を出た。

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薄暗い通路を歩く。真っ暗な階段を下る。苦難の道のり。渇望した日々。長いトンネル。抜け出してやる。

その後ろ姿を真っすぐに見つめる目があった。凍てつくようなあの目だ。

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黄金のガウン。黄金のベルト。王者ゴロフキンが10数メートル後ろに控えていた。待っていろ。もうすぐだ。ぶっ倒してやる。

“サムライソール!ノブヒローイッシダァー!カモン!!”

石田順裕がコールされた。和太鼓にアップテンポなビートに士気が高まる。続いて石田順裕の入場曲『TRAIN TRAIN』がかかった。

「よっしゃ!さあ行こう!」

モナコの夜に日の丸が舞う。天井にはロマンチックな星空。石田順裕の見た夢。一歩。また一歩と踏みしめる。やっと。やっとここまで来たんだ。


石田順裕、遂に世界戦のリングへ立つ。



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