舞台裏・WBA世界ミドル級タイトルマッチ③ 決戦前夜~栄光に向かって~
(傍でカメラを回し続けたTUG_manのブログより)
計量を無事終えた選手たちが宿舎コロンバスホテルへと着いた。
幸運のホテルロビー階の右手にはお洒落なカクテルバー、左手にはゆったりくつろげるフリースペースを設け、その奥へ行くとレストランがある。
計量を終えたばかりの選手たちがこれから食事に出掛けようと言う所だ。
石田順裕はいったん部屋へ戻ると、麻衣夫人が作ってくれた手作りのお弁当で腹を満たした。
肉料理はもちろんパスタにサラダと栄養バランスがしっかりと計算されたメニュー。久しぶりの家庭の味。久しぶりの満足な食事。力がみなぎる。
食後にバナナをほおばりそぎ落とした体重をベストな状態へと回復させる。
食事を済ませロビー階に戻るとチームISHIDAは左手にあるフリースペースの一角に陣取った。
まわりでも計量を終えた選手と陣営があちらこちらで最終ミーティングを開いている。決戦を前に慌ただしい雰囲気だ。
ロビー中央に置いてある腰掛けソファー。騒音を避けるかのようにぽつりとゴロフキンが座っていた。
近づくとスッと唇をつり上げやさしく微笑んでくれた。
もしゴロフキンを知らない人にこの男の職業は何か、とクイズを出したら絶対に“ボクサー”という答えには辿り着けないだろう。
この物腰柔らかな人物の正体が“神の戦士”と崇められるミドル最強の王者だ、と知ったらどんなにビックリするだろうか。
“明日はどのような作戦で戦いますか?”
「戦いはどうなるか全く予測できないよ。これはボクシングだ。それは誰にもわからない。私にファイトプランはない。一つ言える事は全力を尽くす。ただそれだけさ」
“ISHIDAについてどう思いますか?”
「ISHIDAは強いよ。とてもクレバーに戦う。そして大きい。強いハート、サムライ魂を持っている。彼の勇敢なファイトが大好きなんだ」
ゴロフキン本人も身長差に警戒を見せた。トレーナーのアベルサンチェスも十分対策を練って来たと答えていた。
“ではあなたのボクシング魂は何ですか?”
瞬間、王者から笑顔が消えた。凍てつくような、それでいて闘気に満ちあふれた戦場の目。
「彼はこれまでノックアウトで敗れた事はない。誰が相手でも判定まで力強く戦い抜いて来た。しかし今回、判定はない。それまでに終わらせる」
ゴロフキンは極貧の幼少時代を送り、腹を空かせこの世に絶望していた。
成人しプロボクサーとなった今も減量で変わらず腹を空かせている。しかし心は希望でいっぱいだ。チャンピオンベルトがあるからだ。
ベルトを奪おうとする者がいれば叩きのめすまでだ。
“それがオレのスタイルだ。ノックアウトこそオレの魂だ”
インタビューを終えるとすぐにまた白い歯を見せてにこやかに笑っていた。
ゴロフキンはチームと合流すると奥のレストランへと姿を消した。途中石田順裕とすれ違う。両雄は明日リングで激突する事になる。
石田順裕をノリさん、タケヤン、小松会長に本石マネージャー、友人のG氏が囲む。チームISHIDA数名のみのささやかな前祝いが始まった。
小松応援会長がシャンパン片手に音頭をとる。
「明日は奇跡というより、もう起こると信じて石田くんを応援しましょう。乾杯!」
試合を控えている石田順裕はミネラルウォーターで乾杯した。
“勝ったら凱旋試合や!大阪城ホールや!京セラドームや!”
チームはにぎやかに振る舞う。話が弾む。別に浮かれているわけではない。こうしてムードを高め少しでも選手の緊張をほぐそうとしているのだ。
石田順裕は話を振られた時だけ相づちをうつ。試合の事が頭から離れない。2、3言葉を交わすとうつむき、時に顔を上げると険しい表情を見せた。
「日本のリングには、もう2~3年立ってないですね」
アルバレスに破れベルトを失ったとき誰しもが石田は終わったと思った。あえてそれを口にする者すらいなかった。ひっそりとグローブを吊るした、そう思われていた。
石田順裕本人もこのとき引退を口にしていた。
「僕が現役を続ける事でいろんな人に迷惑がかかるならこのまま引退するしかないと思う」
自分のわがままでボクシングを続けるわけにはいかない。そう考えたと言う。しかし心配とは裏腹に周囲の“戦う姿を見せて欲しい”という熱い応援によって現役を続ける事になる。
麻衣夫人は「このままで終わったらあかん」と尻を叩き、ダイスケトレーナーは「KEEP FIGHTING」の言葉を贈った。ツダジムは無償サポートを続け、後援会は渡航費などを支援した。
石田順裕はロスへと旅立った。
「ホンマにいろんな人に支えられて、何回も諦めかけたけど応援してくれる人がたくさんいて、だから頑張って来れたんだと思います」
タイムリミットは3ヶ月間と決めた。試合が決まらなければこれで終わりだ。明日どうなるかなんて分からない。再起してやる。鋼の意志。海岸を走りサンドバッグを叩いた。
そうして迎えたカークランド戦。石田順裕は不死鳥の如く蘇った。
“モナコの奇跡を起こします”
石田順裕はメディアを前に何度も力強く語った。アップセットだ。カークランド戦の興奮をもう一度。
しかしゴロフキンとの世界戦が決定した時、本石マネージャーにはポロリとこう打ち明けていたと言う。
「今回は僕、倒されるかもしれません。初めてKO負けするかも知れません。それぐらいの相手なんですよねゴロフキン。これがラストファイトになる可能性も高いと思ってます。だけどそのぐらいを懸けてこの試合をやりたいんです」
石田順裕の本当の声。
勝ったら。
勝ったら。
“ここは天国じゃないんだ。かといって地獄でもない”
石田順裕の入場曲『TRAIN TRAIN』の一節。
「別にブルーハーツが一番好きってわけでもなかったんですよ。でも学生のときカラオケ行ってこの歌になると超盛り上がるじゃないですか。ああ、こんな曲で入場できたらいいなって思って」
石田順裕のブルース。
戦うリングが欲しかった。見えない明日に向かって、見えない相手に向かって、打って打って打ちまくった。
戦い続けた。
苦節31年のボクシングロード。最高の舞台モナコ、最強の相手ゴロフキン。
勝てば新チャンピオン、負ければ引退も覚悟している。
これがラストチャンス。
「ゴロフキンがどんなに強いチャンピオンか分かってます。それでも僕が、必ず勝ちます」
いよいよ明日、石田順裕は栄光のリングへと上がる。
iPhoneからの投稿
(傍でカメラを回し続けたTUG_manのブログより)
計量を無事終えた選手たちが宿舎コロンバスホテルへと着いた。
幸運のホテルロビー階の右手にはお洒落なカクテルバー、左手にはゆったりくつろげるフリースペースを設け、その奥へ行くとレストランがある。
計量を終えたばかりの選手たちがこれから食事に出掛けようと言う所だ。
石田順裕はいったん部屋へ戻ると、麻衣夫人が作ってくれた手作りのお弁当で腹を満たした。
肉料理はもちろんパスタにサラダと栄養バランスがしっかりと計算されたメニュー。久しぶりの家庭の味。久しぶりの満足な食事。力がみなぎる。
食後にバナナをほおばりそぎ落とした体重をベストな状態へと回復させる。
食事を済ませロビー階に戻るとチームISHIDAは左手にあるフリースペースの一角に陣取った。
まわりでも計量を終えた選手と陣営があちらこちらで最終ミーティングを開いている。決戦を前に慌ただしい雰囲気だ。
ロビー中央に置いてある腰掛けソファー。騒音を避けるかのようにぽつりとゴロフキンが座っていた。
近づくとスッと唇をつり上げやさしく微笑んでくれた。
もしゴロフキンを知らない人にこの男の職業は何か、とクイズを出したら絶対に“ボクサー”という答えには辿り着けないだろう。
この物腰柔らかな人物の正体が“神の戦士”と崇められるミドル最強の王者だ、と知ったらどんなにビックリするだろうか。
“明日はどのような作戦で戦いますか?”
「戦いはどうなるか全く予測できないよ。これはボクシングだ。それは誰にもわからない。私にファイトプランはない。一つ言える事は全力を尽くす。ただそれだけさ」
“ISHIDAについてどう思いますか?”
「ISHIDAは強いよ。とてもクレバーに戦う。そして大きい。強いハート、サムライ魂を持っている。彼の勇敢なファイトが大好きなんだ」
ゴロフキン本人も身長差に警戒を見せた。トレーナーのアベルサンチェスも十分対策を練って来たと答えていた。
“ではあなたのボクシング魂は何ですか?”
瞬間、王者から笑顔が消えた。凍てつくような、それでいて闘気に満ちあふれた戦場の目。
「彼はこれまでノックアウトで敗れた事はない。誰が相手でも判定まで力強く戦い抜いて来た。しかし今回、判定はない。それまでに終わらせる」
ゴロフキンは極貧の幼少時代を送り、腹を空かせこの世に絶望していた。
成人しプロボクサーとなった今も減量で変わらず腹を空かせている。しかし心は希望でいっぱいだ。チャンピオンベルトがあるからだ。
ベルトを奪おうとする者がいれば叩きのめすまでだ。
“それがオレのスタイルだ。ノックアウトこそオレの魂だ”
インタビューを終えるとすぐにまた白い歯を見せてにこやかに笑っていた。
ゴロフキンはチームと合流すると奥のレストランへと姿を消した。途中石田順裕とすれ違う。両雄は明日リングで激突する事になる。
石田順裕をノリさん、タケヤン、小松会長に本石マネージャー、友人のG氏が囲む。チームISHIDA数名のみのささやかな前祝いが始まった。
小松応援会長がシャンパン片手に音頭をとる。
「明日は奇跡というより、もう起こると信じて石田くんを応援しましょう。乾杯!」
試合を控えている石田順裕はミネラルウォーターで乾杯した。
“勝ったら凱旋試合や!大阪城ホールや!京セラドームや!”
チームはにぎやかに振る舞う。話が弾む。別に浮かれているわけではない。こうしてムードを高め少しでも選手の緊張をほぐそうとしているのだ。
石田順裕は話を振られた時だけ相づちをうつ。試合の事が頭から離れない。2、3言葉を交わすとうつむき、時に顔を上げると険しい表情を見せた。
「日本のリングには、もう2~3年立ってないですね」
アルバレスに破れベルトを失ったとき誰しもが石田は終わったと思った。あえてそれを口にする者すらいなかった。ひっそりとグローブを吊るした、そう思われていた。
石田順裕本人もこのとき引退を口にしていた。
「僕が現役を続ける事でいろんな人に迷惑がかかるならこのまま引退するしかないと思う」
自分のわがままでボクシングを続けるわけにはいかない。そう考えたと言う。しかし心配とは裏腹に周囲の“戦う姿を見せて欲しい”という熱い応援によって現役を続ける事になる。
麻衣夫人は「このままで終わったらあかん」と尻を叩き、ダイスケトレーナーは「KEEP FIGHTING」の言葉を贈った。ツダジムは無償サポートを続け、後援会は渡航費などを支援した。
石田順裕はロスへと旅立った。
「ホンマにいろんな人に支えられて、何回も諦めかけたけど応援してくれる人がたくさんいて、だから頑張って来れたんだと思います」
タイムリミットは3ヶ月間と決めた。試合が決まらなければこれで終わりだ。明日どうなるかなんて分からない。再起してやる。鋼の意志。海岸を走りサンドバッグを叩いた。
そうして迎えたカークランド戦。石田順裕は不死鳥の如く蘇った。
“モナコの奇跡を起こします”
石田順裕はメディアを前に何度も力強く語った。アップセットだ。カークランド戦の興奮をもう一度。
しかしゴロフキンとの世界戦が決定した時、本石マネージャーにはポロリとこう打ち明けていたと言う。
「今回は僕、倒されるかもしれません。初めてKO負けするかも知れません。それぐらいの相手なんですよねゴロフキン。これがラストファイトになる可能性も高いと思ってます。だけどそのぐらいを懸けてこの試合をやりたいんです」
石田順裕の本当の声。
勝ったら。
勝ったら。
“ここは天国じゃないんだ。かといって地獄でもない”
石田順裕の入場曲『TRAIN TRAIN』の一節。
「別にブルーハーツが一番好きってわけでもなかったんですよ。でも学生のときカラオケ行ってこの歌になると超盛り上がるじゃないですか。ああ、こんな曲で入場できたらいいなって思って」
石田順裕のブルース。
戦うリングが欲しかった。見えない明日に向かって、見えない相手に向かって、打って打って打ちまくった。
戦い続けた。
苦節31年のボクシングロード。最高の舞台モナコ、最強の相手ゴロフキン。
勝てば新チャンピオン、負ければ引退も覚悟している。
これがラストチャンス。
「ゴロフキンがどんなに強いチャンピオンか分かってます。それでも僕が、必ず勝ちます」
いよいよ明日、石田順裕は栄光のリングへと上がる。
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