“ハローミスター!ボンジュール!”その時、場内アナウンスが流れた。
モナコの国旗をイメージした真紅に白のセクシーな衣装のラウンドガールたちがステージを華やかに彩る。間もなく公開計量が始まる。
“チャレンジャー!ノブヒローイーシダー!”
まず初めに石田順裕の名からコールされた。上下RSCスウェットを脱ぐと引き締まった肉体美が現れた。例えるなら一切の無駄を省いたサラブレッド競走馬のような筋肉だ。スピード感溢れるパフォーマンスを期待させる。
158.5ポンド。およそ71.9㎏で一発クリア。念のため朝食を抜いた。メキシコでは計量器に細工をされた苦い経験がある。リミットいっぱいまで600gほど余裕を残して完璧な仕上りを見せた。
“WBAミドルウェイチャンピオン!ゲナディーゴーロフキーン!”
続いて王者ゴロフキンの登場だ。相変わらず笑顔を絶やさない。ジャージーを脱いだ。驚愕する。顔だけ人間でその下は獣。マウンテンゴリラのような身体をしている。野太い両腕にぶ厚い胸板。これがKOを量産して来た“神の戦士”の肉体か。
159.25ポンド。およそ72.2kgでこちらも一発OK、ガッツポーズを見せた。
両者向き合って火花を散らす。そしてカメラマンのリクエストに応えいくつかポーズを決めるとステージを降りて行った。
“ISHIDA186㎝に対しゴロフキン178㎝とちょうど頭一つ分飛び抜けてISHIDAの方が高い。この身長差がどう出るかが試合のキーになるだろう”
各紙メディアが報じる試合予測はこの身長差を交えて論じ、どれも似通っているものばかりだった。その後こう続く。
“身長差とリーチを活かしISHIDAはアウトボックスを展開するだろう。常に動き続けるISHIDAをゴロフキンがいかにして捕らえるか。しかしいずれ後半には王者がストップを呼び込むか全会一致の判定で勝利するだろう”
知っている。まともに打ち合えばゴロフキンの強打が待っている。
だから足を使って左で翻弄する。なるほどいい作戦だ。ゴロフキンの拳からわずかの間逃げ仰せる事ができそうだ。
しかし猛攻に遭いポイントを失う。判定まで持っても勝つ事はできないだろう。そればかりか執拗に攻め立てられ倒されてしまうかも知れない。そうして幾多の猛者たちが打ちのめされて来たのだ。
さばこうとすれば九分九厘負ける。
石田順裕に肩入れしているはずの日本のボクシングファンの間でも戦局は厳しいと見る目が多かった。あるいは判定まで持ちこたえただけでも偉業だと。そんな風に捉えられていた。
しかし石田順裕の目的は立ってゴングを聞く事ではない。欲しいものはただ一つチャンピオンベルトだ。
勝機を見いだす。勝つために戦う。
その勝率を五分とまでは行かないまでも三分四分に上げる方法がある。
少なくとも10回戦えば1~2回は勝ちに持って行ける方法がある。一つだけある。それは最も危険で最も勇気がいる戦法だ。
「リングの中央で戦う。ロープに詰ったら負けなんで。1回、2回、早い回での勝負を狙ってます」
世界各国のリングに立ち、苦汁をなめ、そこから幾度となく這い上がって来た。実戦でそれを学び強くなった。石田順裕にしかできない戦い方だ。
“サムライ魂を見せてやる”
宿舎ホテルまでは全出場選手乗り合いのシャトルバスが出ている。計量では睨みをきかせたライバル同士が隣り合って座る。
アフリカンやドミニカン。陽気なお国柄のボクサーたちが唱い出す。
外はもう薄暗い。明日開催されるボクシングナイトの夜はさらに深い。幻想的なネオンが光り輝き水面を照らす。夢の国モナコ。
「ボクシングで飯を食べてるし仕事には変わりはないけど、僕にとってボクシングは夢のある仕事です。もう一回チャンピオンになるって夢持って頑張って来たんで、必ず勝ちます」
石田順裕の夢。
石田順裕の覚悟。
“モナコの奇跡を起こします”
バスの中ではラテンの歌声と手拍子が響き渡っていた。