宗教施設に預けられた女、3児の母となる -7ページ目

宗教施設に預けられた女、3児の母となる

小学生の頃、特殊な共同生活の村に預けられる。
その経験が、今の子育てにどう影響してるのか…。
試行錯誤しながら奮闘中!

*小5・小1・年少 3兄妹のママ

*お庭で菌ちゃん農法

*望診薬膳アドバイザーになる!

御年40歳になりましたバースデーケーキ

誕生日当日は、
反抗期まっ只中の長男が
夜ごはんも、ケーキも、
全部ひとりで作ってくれて。

弟妹に、ちょっと威張りながら指示を飛ばし

みんなでバースデーソングと
さっき買ってきたクラッカーでお祝いクラッカー

疲れた〜もう立てない〜と言いながらも
後片付けまで全部!! がんばってくれました

ちなみに、
プレゼントは
日々のお皿洗いで貯めたおこづかいで
私のリクエストしていた
でっかい写真立てを買ってくれました🧡
去年撮った、七五三(正確には十五三)
の写真を飾るんだ音譜


いつも生意気な長男よ、
まだまだママ大好きなの、わかってるよ照れ

ママがあなたのこと愛してるのも
伝わってるといいな

めっちゃ伝えてるつもりだけど
それ以上に怒ってるかもだから…………💦💦


誕生日に我が子に囲まれて
祝ってもらえる、一緒に過ごせる、って
なんて幸せなんだろう

今こんなブログを書き始めたからこそ
これまでの39回のどの誕生日よりも
このささやかな幸せが
最高に嬉しい🧡



私の父母は
私を宗教施設に預けてた2年間
どんな気持ちで誕生日を過ごしたんだろう

自身の誕生日
そして 私の誕生日

私不在で、ごちそう食べたの?
バースデーソング歌ったの?
楽しかった?
幸せだった??

…想像するだけで胸が潰れる


当時、
離れている家族との連絡手段は無かった。
電話はもちろんできなかった。
手紙すらも許されなかった。

だって、施設の子供達が
言いたい・書きたいことは
ただ一つ

「家に帰りたい」

ただそれだけ。

もし手紙が送れたなら
1日100通でも書いてたわ


あの2年間は

今、この家族との愛しい時間の
ありがたさに気づくために
必要な経験だったのかもしれないな

…だとしても、過酷すぎたわー!!



ほんとは今日は、
宗教施設での「朝から夜までの一日の流れ」
を書くつもりだったんだけど、

40歳の誕生日があまりに感慨深すぎて、
急きょ、今の気持ちを優先してみました。

次回こそは、
当時の“日常”を
記憶の限り書き進めようと思いますおねがい

(長男の自信作: さつま芋とりんごのケーキと)