(前から続く)
尚、日本列島は世界地理・情勢ともにその位置づけは、基本、孤立しています。
中国・朝鮮半島との文化交流は(文字・仏教の伝来)ありましたが、軍事介入は少ない。
江戸時代までの軍事介入なるものは、有名どころでいえば、元寇と、豊臣秀吉の朝鮮出兵くらいでしょうか?
軍事介入が少なかったのは、海に囲まれているためで、列島といわれるだけの土地柄の特徴。
当然、江戸時代まで海外からの食糧輸入に依存することも無理だし、征服しに行くのも無理(っていうか現代まで北海道を除いて全て失敗してるし)列島内と周りの海資源で、食べ物をやりくりするしかないわけです。
「文明崩壊」では、日本の国土特徴のみならず、日本でのある取組も紹介していました。
徳川家の活躍です。特に、鎖国時代にやったある取組。
鎖国時代の日本は動乱のない時代でははありましたが、良くも悪くも、「技術・文化の消滅」の事例として、「銃・病原菌・鉄」では日本の江戸時代を紹介していました。
何がその時期に消滅したかというと、銃だそうですね。
日本への銃の渡来は、キリスト教の同時期にきたわけですが、以降は、戦での需要を満たす必要も出て、
日本国内でも生産されるようになり、改良も加えられて、実は、その当時では「世界で最も優秀な銃」を製作できるようになっていたらしいです。
ところが、徳川時代に入り、暴力沙汰を起こさぬような配慮で徳川幕府は全ての銃を全大名から没収したうえで、製作も禁止。没収した銃もしばらく管理もしていたようですが、平和な時代にもはや不要となり、放置されていつのまにかゴミと同じ扱いに。
それとは並行して、徳川家では、日本列島全土の森林の管理と、実際に発生した飢饉の対策として農業への圧力軽減の意味で始めた漁業の奨励(クジラなど)について、トップダウンで行動に出たそうで、
「文明崩壊」では、森林の管理について特に詳細に紹介しています。
これがあって、日本列島全体が「ホットスポット」の仲間入りしたきっかけにもなった?
(ホットスポット: 生物多様性が極めて豊かな一方で、破壊の危機に直面している地域。国際NGOコンサベーション・インターナショナルが、日本列島は2005年登録)
森林管理は、江戸内にて発生した1657年の「明暦の大火」後の江戸再建上で問題となった材木資源の枯渇を認識して始まったもので、当時の原生林といわれそうなものは、豊臣時代以降、平和と繁栄による人口増加に伴って、伐採できるところはほぼ全て伐採され、日本領土ではなかった北海道南部まで手を回すほど。。。枯渇状況に。
徳川家と各大名は、日本列島の森林状況を一本一本調査して目録を作成し、資源としての利用価値を全体且つ詳細に把握できるよう情報を管理した上で、「誰が、いつ、どこで、何の目的で、どの程度、どのように、どの価格で利用できるか」を明確に指定し、街道・河川に番所を設け運搬される材木を監視、検査も行うなどして、規則を遵守させるという・・・
いわゆる利用を抑える消極策 というやつですが、これによって積極策に転じるまで、日本の資源確保を成功させたそうなのです。
森林の伐採による土地の浸食・作物への悪い影響なども、江戸幕府は認識していたことも手遅れになる前に対応を開始できたというお話もあり。
人口の増加 という問題については、どう対処したんですかね?「文明崩壊」では、飢饉を経験し、食糧不足を認識した当時の夫婦の地味で悲しい策 というような記載がありまして、実際、江戸時代の1721年から1828年の約100年間では、約110万人しか人口が増えていない だそうです。
ちなみに、この時代、北海道のアイヌにも劇的変化もあったようです。
東北地方以南の資源危機がきっかけで、アイヌの生産物(鮭など)を大量に購入すると同時に、米などがアイヌに輸出され、アイヌの生活は自給自足から離れて輸入に依存するものに変化したけど、鮭の激減など北海道の資源が枯渇にいたって経済破綻、本州特融の病原菌があったのかまではわかりませんが病気も蔓延して、明治以降の日本・ロシアの軍事介入で、アイヌの社会は壊滅に・・・
ここまで世界観・日本観を話しして、ここらで、しめてみますかね。
ひとーつ、 歴史を動かす力は、どの時代・どの場所でも「土地」にあり。その力・・・人間ごときで、到底かなわない。
ふたーつ、 人間は、土地の力を、食い尽くし、破壊する。
みーっつ、 土地資源を大切にして生きた者は、生き残る。
よーっつ、 日本は、資源があって、自給自足の生活を何とか江戸時代までしていたけど、
輸入にたよった現代の生活している以上、海外でドでかい異変が起きた時には、飢饉になるぞよ。。。
なるぞよ、 で思い出しましたが、前回の日記で、古き良き時代はいつ? という質問を霊感強い人を通して、神様インタビューをしてみたお話を書きましたが・・・・
もうちょっと、インタビューさせてもらいました♪。。。
弥生時代が、最も古き良き時代とのことでしたが・・・中でも、特によかった時代はいつですか?
それは・・・
初代天皇の神武天皇の時代から、第10代天皇の崇神天皇の時代だそうです。
あ、なるほど。。。と思ったことがありまして、
第2代~第9代の天皇の時代を「欠史八代」というそうで、功績等の情報がさっぱり残っていないそうです。
でもね・・・ありがちだなあ・・・と思ったことを、現代のニュース・新聞を見て気付きました。
大事件がないと情報が残らん。
「欠史八代」って平和だったのかあ・・・伝説上では、紀元前700年~イエス・キリスト誕生の年くらいまで?
たとえば、自然・土地資源と、バランスのいい生活や社会システムとするのに、今の状況を改善する・・・のに、本当は参考にするといい時代は?
その時代らしいのですが、情報不足なために、他の国の文明社会を参考にせんとあかんらしいです。
「2012/12/22」で有名なマヤ文明とか?
良き時代はムー大陸だっていう方もおられますが・・・尚、情報ないよねえ。。。滅っすることも素晴らしい みたいな話になりそうですよねえ。
ひょっとして人口コントロールのヒントか!? (人口管理方法の一つに、自殺を行う文明社会があった話も「文明崩壊」では事例が・・)
という感じで、もう少し情報を・・・勉強したいでつ。
「食糧難とならず、誰もが楽しく人生の楽しさを謳歌できる人間社会の在り様」について。。。
その情報とのご縁がますますありますよう・・・神社に行って参拝を。。。自身を鏡みて拝めば、
これを解決する奇跡の創造力が発揮されるとも・・・
この辺で、世界観・日本観の話は、おしまい。お疲れ様でした。
色々と本読んで、知識を蓄えつつ書いておりますと・・・
時間もかかり、前回どこまで書いたかも、うろ覚えになりそうな気配。
なので、一旦整理。
日本観 に関しまして、世界観 に書いた通りに、日本も、その例にもれずに歴史を歩んでいる様子です
というのを書きたくて書いている状況となっております。
つまり歴史は、そこで花開いた文化が全てを動かしたとか、そこに生活していた人たちの中で特殊な能力も同じく花開かせた人がいてモーゼのように人を引っ張ったという話以上に、
歴史にインパクトを与えたのは、その土地特有の環境や地形であって、その特色が文化などに反映された
というお話。
文化も、その地域に住んだ人も、「たまたま」その地域が「そうだった」ために、そのようになった。
ん?
つまり、陸・地球が歴史の主役に見える。ということで、日本列島は日本列島らしい土地特徴の上で、
弥生・古墳・飛鳥・奈良・平安・鎌倉・南北朝・室町・安土桃山・江戸・明治云々・・・
といった具合に平和と混乱が繰り返し進んでったということです。
特に、
前回の日記では、狩猟採集生活から農耕生活に変わって、食糧生産が充実したと同時に人口が急増し、
戦国大乱まで発生した弥生時代に関して、色々と考えてみた結果を載せてみています。
殺戮・戦争に至る理由は、首長社会同士(国同士 と言っていいですね)の「征服・服従問題」だろう・・・
それも、「貧富の差」が目に見えるようになった首長様の中で、自分の国の労働力・財産確保のための「欲」が出て・・
と書いてみたのですが、「欲」が出たその奥に潜む原因に、後で、弥生時代中にも深刻な食糧不足が
発生していた可能性あり という考え方にも行きつきました。
結局は、セム系一神教のお話と同じです。
何度も出している「銃・病原菌・鉄」とは別に、その本と著者(ジャレド・ダイヤモンド)が同じ
「文明崩壊」
という本をようやく半分まで読み終わりまして、この本では
どの地域でも・・・
内乱や隣り合う社会同士の戦争が発生する理由は、気候変動や森林伐採しすぎ等による土壌の浸食が、
作物不足へつながり、人口と食糧分量が不釣り合いになる、いわゆる食糧危機が発生したことが主なもので、
①その流れで崩壊に至った過去の文明社会の事例
②環境問題がさほど深刻にならない土地柄であったけど、食糧危機の経験等から崩壊せずに生き残った文明社会の事例
③過去文明の崩壊原因と同じ環境問題と人口の問題を抱えている現代社会の事例
④将来について
・社会が破滅的な決断を下してしまう原因は何か?
・環境問題に対する昨今の利益追求企業の役割とは?
・他。。。昨今のシステム「グローバル化」によって環境危機もグローバル化する?
という内容です♪
日本観に戻りまして、
日本では、縄文時期に細々と暮らしているところに、稲作が伝来して、食べ物が増え、人も増えたけど、
稲作する場所確保に、ちと森林を伐採しすぎて、色々と環境問題が・・・
どうも、気候変動もあった少しあったようで(寒い年が続いた様子)、これがとどめを刺す状態となって、
食糧と人口のバランスが・・・そして、列島どこでも、国同士の食糧や土地・労働力(征服/服従問題)の奪い合いに。
弥生時代の倭国大乱背景は、「やんわり」政策の長けていた当時の天皇のパワーダウンではなく、
むしろ、そのパワーダウンの原因も含めて、環境問題・食糧危機があったものと考えるほうが・・・
それこそ「自然」なようです。
恐ろしいことに、戦争・殺戮によって人口が減ったことが、食糧量とつりあって全滅を免れるのも自然の流れ。
倭国大乱を卑弥呼が何か策を実行して、平定した。。。というお話もあるかもしれませんが、何を実行し、その実行したものが、知恵として現代社会にも生きるものなのかどうか・・・不明です。
ちなみに、更に恐ろしく、身の毛もよだつようなお話が「文明崩壊」の事例(日本ではない)に出ていました。カニバリズム・・・食人 です。
環境を食い尽くした文明の果ての姿。。。ともいいたいところですが、
この壮絶なカニバリズムを最後の手段として何とか生き残り、自分たちの文化は崩壊すれど、子孫を残せた人が実際にいたそうでございます。
日本はどうだったのかというと、「文明崩壊」に上記の②「文明が崩壊しなかった事例」の一つとして、紹介されていました。
日本の国土は生物の多様性を維持するにはとにかく優秀。
湿潤な気候と、起伏にとんだ地形のみならず、火山の噴火の多さや火山灰の降下と黄砂の3点セットは、
土壌に栄養あたえるのに、超効果的だそうです。
今年(2011)の黄砂の時期は、これまでになく目がかゆかったし、腫れるし・・・本当に土の栄養か?(昔はそんなことなかったような・・・)
こういうことから、日本列島における、伐採された森林の復活力は強力だそうです。
結局、日本は、平和と戦の間を行ったり来たりしながら、人口と食糧量のバランスは何とか保たれ
(それでも飢饉は何度か発生)、「全滅」もしくは「日本列島の遺棄」という状況になることは
ありませんでした。。。
日本の土地パワー、ありがたし?
(文字オーバーではじかれたため、次へ続く)
日本観は? の続き。
マンガ日本昔話のようなあの懐かしいアニメの内容とは対称的に、
稲作が盛んとなった弥生時代あたりから、血みどろの争いが増え、戦国の様相が始まった と言われています。
何が起きたと思います?
色々あったんだろうと思いますが、戦争といえばやはり、征服・服従の問題ではないでしょうかね。。。
縄文人と弥生人は、生まれが違うようです。
前者は、日本列島の土着民。つまり、日本列島に初めて住み始めた人たちの子孫。
後者は、朝鮮半島から対馬海峡を、稲と稲作のノウハウを持って渡ってきた人たち。
日本列島内に住む人たちの生活っぷりは、ここで激変。日本で稲作を始めた時期は約3500年前です。
まず、縄文時代の人たちは、クリ・ドングリといった堅実系の未を植林農法で採集よりもやや効率UPした方法をとり、動物は、ゾウ類の大型動物は既に絶滅し、イノシシ系の動物を狩っていたことも。
もっとも豊富と思われるのは、日本列島特融の地形である複雑海岸線で海産物(魚・貝・海草類)。
「銃・病原菌・鉄」で説明してくれている理論でいけば、日本列島では、ユーラシア大陸ほどは、
穀物類といった農耕に適した植物が少なく、大型動物もいないために、6000年の時間を経ても、
農耕・家畜の生活には変化しなかったものと考えてよさそうです。(中国での農耕開始は約9500年前)
なので、もうちょっと日本列島が朝鮮半島から遠かったら、弥生人の到来自体なかったかもしれませんで、様相はだいぶ変わっていたかもしれません。
ハワイと同様にアメリカ合衆国の州の一つになってたかもしれないし・・・
狩猟採集の生活だと、植林農法や漁業をしていたとしても、確保できる食糧に限度はあり、食糧獲得地点を求めて「否定住」生活にならざるを得ません。したがって、人口増加も抑えられる結果となり、「国家」「首長社会」という権力者が登場するような社会システムが出来上がることもなく、せいぜい家族を拡大した「少規模血族社会」もしくは複数の血族集団が集まった「部族社会」の中で縄文人は生活していたと思われます。
「少規模血族社会」「部族社会」「首長社会」「国家」 という用語は、「銃・病原菌・鉄」で使われていた説明用語で、農耕が始まって人口が増えていくと、社会システムはどう変化するかを説明したものです。
権力とか集権という言葉が出てくるのは、後ろ2つの「首長社会」「国家」で、「国家」は当然、日本国家の国家で、現存する最も複雑な社会システム。帝国も、この部類。
「少規模血族社会」「部族社会」は、リーダーが存在するかもしれないけど、投票といったシステムを特に確立させなくとも自然発生的に、諍い・もめごとを、まあまあとうまく収める人が登場する社会。だから「比較的」平和な社会と言われています。
ただ「部族社会」をしているうちに、更に食糧生産/備蓄場所に人が群がってきて、誰が誰なのか把握しきれなくなると、人と人、部族間などで諍い・もめごとが衝突に発展することが増え、これを力付くでも収めるために「まあまあとうまく収める人」が「首長」とか「王」となったりして「首長社会」となります。
「首長社会」レベルまで人数が増えれば、全員が農耕作業に徹する必要もなくなり、政治業務に専門につく人とか、何か道具とか、武器とか、宗教を政治に使うのが民衆を動かすには便利なもんで、神様を祭る建物を作る人 等々を養うために、「年貢」とか「税収」というもので、国家システムの運営に必要な費用を収集して備蓄し、「通貨」システムも成立して、農家とそれ以外の職業の人との間での食糧/物々交換も効率よくなるわけです。
国家による財産収集は搾取か・・・この辺は、一旦おいといて、弥生人側について。
弥生人の到来元は朝鮮半島南部とされていますが、移動ルートはそうだったかもしれませんが、朝鮮半島も稲作が伝わったのが日本と同じく3500年前らしいので、やはり中国南部にいた人だと思われます。
当時の中国は全世界の中でも抜きんでて進んでいて、「周」という超大型の集権国家が誕生していたということは、国家の運営実施にほぼ必須だった「文字」も既に確立していて(漢字ができる一歩前だったようです)、政治経済・警察守備・軍事の管理をある程度徹底できるまで社会システムを作り上げていた・・・
弥生人は、そこの出身?
縄文文化と弥生文化の衝突は、インカ帝国とスペインのような話になりませんかね?
日本列島が「周」の植民にならなかったのは、まだ、その国家が中国統一までいたっておらず基盤がまだ不安定だったこと。
大型船の製造まで技術が進んでなかったために、ヨーロッパ列強並みの大量の弥生人到来とならなかったこと。
nobe真輝の感でいえば、色々と訳あって新たな土地・生活圏を探していたほんの一部の大陸人たちが、
朝鮮半島沖合付近で魚を釣っている縄文人を見て、その向こうの土地・日本列島に興味をもち、先ずは海を渡って情報収集。
土地の肥沃度合は最高だと知ったうえに、魚貝とドングリだけで細々と少数で平和に暮らしている人たちがいるのみの「楽園」と知って、自分たちの血族に連絡して呼び寄せる、その時に自分たちが生活のために大事にしていた「稲」が持ち込まれることになる。。。
こうして、弥生人は先ず北九州に住み始めて、手振り・身振り、稲作方法を原住民/縄文人に教えながら、協力もらって食糧備蓄に成功し、生活は豊か、子供もたくさん生まれて人口は急上昇。
弥生人・縄文人の混血と思える骨もたくさん発見されていることから、「征服」という概念はなかったものと思われます。
ただし・・・
余裕が生まれると、子供作りだけじゃ済みませんよね? 大人の諸君。。。
稲作含め農作の仕事って・・・大変ですよね。。。そこから、ある欲が生まれます。
これは、地球上どの地域でも起こりうる話ですが、つまり「労働力」がほしくなるわけです。
最も欲しくなるのはコストのかからない奴隷でしょう。
牛・馬を中国から持ってきて、家畜もスタートしているとは思いますが、これを利用して畑を耕すこともありなのですが・・・
農作の全行程働いてもらって「貢」を得る、もしくは奪う方が、もっと楽なわけです。
上に書いた、社会システム変遷の通り、縄文人の社会だった「部族社会」は、弥生時代では「首長社会」に変わります。
どの地域での共通の話として、「首長社会」では「首長」が恨まれて殺されたんじゃ意味がないので、
「首長」自身で策も練るようになります。たとえば、
①住民から武器を取り上げる
②手元にある「備蓄」=「富」を、民衆に分配し、人気を上げる。
③ある程度の武力を行使し、自分の影響範囲内の暴力沙汰をなくし、秩序を維持する。
④「首長」偉い人・すごい人 を正当化するのに、宗教やイデオロギーを利用する。
さらに、
⑤他の社会を併合・吸収して、更なる財産と労働力など、おいしいところをゲットする。
そのことで、力を誇示し、外圧を減らす。もしくは、外圧の芽を早めに摘む。
もしくは攻撃をうけても耐えられる体力を持つ社会システムとする。
などなど
前の日記では、セム系一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)について言及しましたが、
こちらは、砂漠化してしまった生活環境で生きながらえるための手段で、他部族の財産や食糧備蓄を・・・
という話をしましたが、別に砂漠にならなくとも・・・地球上どこでもそういった社会同市の吸収・併合は繰り返されて巨大国家・帝国が登場することもあるわけですね。
「吸収」の方法は、やんわりいくことは先ずないでしょう。
どちらかの「首長権力」が奪われ、その「おいしさ」を放棄することになるわけですから。
なので「外圧」は戦争リスクと考えるわけです。
こんな感じで、中国に残る「史」によれば、稲作開始の約1500年後の、西暦に入って1世紀目にあたる時期の日本列島では、首長社会か国家に該当する社会が多く存在し、「倭国王」と言われている人物が、日本列島全体をやんわりと統制する状況にあったらしいです。
この倭国王が、当時の天皇家を言っている可能性があるのですが・・・
西暦2世紀の後半には、「倭国王」の権力が弱くなったか、無くなったかなんだかがきっかけで、
100国ほどに数に膨れた国や社会集団が乱れあう「倭国大乱」が勃発したと中国の史書に残っているそうです。
歴史上誰が平定していたにしろ「やんわり」と統制するなんて、「和=倭」らしいお国柄、且つ国際連合っぽくて面白くありませんか?
その「やんわり」が無くなると、征服・服従問題が、日本列島のあちこちで発生して、死人がたくさん出てしまった みたいですね。貧富という格差がなければ、すべて収まるという説もあるけど、「備蓄」を誰かが管理していれば、やはりなかなか・・・
例のごとく霊感強い人の霊感を参考にさせていただくと、神様的に最もよかった(というか現代に復活してほしいみたい)時代は、弥生時代とのこと。特にどの時代が良かったのだろう?
初代天皇の即位は紀元前700年ころという伝承なので、その辺りからかな?
ヤマトタケルの平定時代はどう?(伝承では西暦70年ごろから西暦113年までのどこか)
どちらも弥生時代に区分されている時期です。
後でもっと聞いてみよう。
まあ、そういう「やんわり」統制方法が効いたのも、海に囲まれて世界から孤立しているような状態の日本列島特有の土地柄が要因かと思います。
海外からの一方的で執拗なアクセスがなかったという意味で。
次に来る、弥生文化並みに日本を変えたカルチャーショックは、ペルー来航ですかね?
長くなった~~ この辺で、一旦休憩。

