HSPという心理学用語が世に知れ渡って久しい。

Highly Sensitive Personの略で、「非常に感受性が強く敏感な気質を持った人」を意味する。HSP自体は単なる気質に過ぎず、疾患名ではない。マイノリティとはいえ珍しいものではなく、人数はなんと5人に1人だ。

以下の4つの特徴があり、DOESと呼ばれる。



以下、このD→O→E→Sの順に特徴を並べてみた。





私はOESに関してはまぁ、そうなんだろうなぁとスルーするのだが(Eの「他人の気持ちを理解している」と自負する部分は、少々おこがましい気もするが)、Dはそういう特徴があることを実感しつつも、世間一般の解釈の仕方に危機感を覚える部分がある。

一言でいうと「思慮深い」ということになり、単に物事を深く考えるだけではなく、善悪の判断が適切にできる(分別がある、道理をわきまえている)というニュアンスが含まれているような気がする。

だがHSPは、正義感の強さゆえに必要以上に自分を責める傾向がある。他人に対しても何か悪い部分を見つけると、その人の1つの側面に過ぎないにもかかわらず、「悪いやつは悪いやつ!」と決めてかかっているようなところがある。「愚かな者よ」と冷静に俯瞰しているか、「厳しく制裁してやらなければ」と躍起になる感じだ。人間的に優れていないと許さないし、少しでも道徳的に劣ると矯正しようとする。食べ物がクサいと言われていると「可哀想」と食べ物に同情するのに、人間のほんの些細な悪事は許せず、いくらでも蔑めて自尊心をズダボロにさせる。全人類へ愛情を注ぐ博愛主義は、HSPの特徴なのだが、自分が見下している相手の尊厳を保つ気配はない。

神経質で周囲の様子を敏感に感じ取ってしまうので、情緒が安定しているようには見えず、感情の起伏が激しい。本当に思慮深い人というのは、常に冷静で物事に対しどっしりと構えている、感情が穏やかで安定している人のことではないだろうか。あれやこれやと他人の感情に振り回されたり、他人が放った一言に翻弄されたりするようでは、道理をわきまえているとは言えない。

共感力が鋭いから、他人が困っていたら助ける。確かに良いことではある。しかしそれは「本来自分のことで手一杯なのに、他人の分まで厄介ごとを背負い込んでしまう」とも言い換えられる。そして自分だけならともかく、その「救ってやらねば」の価値観を他人に押し付けたりもする。

考えなくていいところまで考え過ぎていて、かえって生きづらさを助長し精神疾患になったり、他人まで息苦しい気分にさせたりしている。思慮深いと言えば思慮深いのかもしれないが、精神的に大人であるとは言えない。深く考え過ぎない、さっぱりとした性格の方が大人に見える時がある。例えばあなたがマイノリティだとして、「あの人はマイノリティだけど特別扱いしないようにしよう!」と計算高く脳内シュミレーションする人と、最初から特に何も考えず普通の人と同じように接してくれる人、どちらがより付き合いやすいだろうか。私は後者を選ぶ。

そもそも「私は他の人よりも思考を深められ、その点優れている」などと自負している時点で違和感がある。

いずれにせよこのブームによる誤解のアレコレは、どうにかした方がいいと思う(~_~;)