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岩瀬昇のエネルギーブログ

エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

 本件はどこに書き残しておくべきか?

 悩んだがやはり本欄「エネブロ」にした。

 なぜなら「エネブロ」が目指しているのは、より多くの人のエネルギーリテラシー向上のお手伝いをすることだからだ。

 

 ことは敬愛する東京大学公共政策大学院鈴木一人先生の近著『資源と経済の世界地図』(PHP研究所、2024年7月16日)に関することである。

 本書出版を鈴木先生が「FB」で告知されているのを見た7月11日、筆者は次のように呟き、ポチっていた。

 

 〈赤い表紙に「世界地図」。ダニエル・ヤーギンの顔を思い浮かべながら速攻でポチる。鈴木先生の頭の中でエネルギーがどのように位置づけられているのだろうか、と思いながら〉

 

 予約が殺到していたのか、発刊日から約1週間経った7月24日にようやく筆者のもとに届いていた。だが他に優先して読まなければいけない資料があり、ようやく8月1日から3日間かけて読み終えたところだ。

 

 本書の論理、論旨、主張には、いささかの異論もない。

 さすがは鈴木先生である。

 

 だが、エネルギーに関する記述には誤解が多々あるような気がしてならない。

 

 鈴木先生は「あとがき」の中で、超多忙なため通常の本の作り方と異なり「筆者である私が文章を提供し、それを編集協力者である梶原麻衣子さんがまとめ上げ、PHP研究所の堀井紀公子さんが最終的な編集作業を行う」と言う変則的な形を取らざるを得なかったと告白されている。

 そして「とはいえ、すべての責任は筆者である私にある」とも確言している。

 

 筆者の限られた経験では、本と言うものは作者と編集者が共同で作り上げるものだ。

 作者が気が付かない潜在的読者の興味関心事を示すこと、あるいは言語化できていないが作者が心の中で思っていることを引き出すなど、編集者が伴走者として果たす役割は極めて大きいと考えている。

 だが、今回のような「変則的な形」の場合、作者と編集者との関係がどうなるのか、浅学非才な筆者には残念ながら推測すらできない。

 

 左は然りながら、石原さとみが主役を務めたTVドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール:河野悦子』の姿が見えないのが非常に気になった。

 

 筆者は読書時、キーワードや筆者の視野から漏れていた重要な指摘、あるいはこれは校閲漏れでは、と思う個所には付箋をつける習慣がある。

 本書でも、添付写真のように数多くの付箋がつけられている。

 

 

 その中から、おそらく校閲漏れで記載が間違っていると思われる個所などを拾って、以下に書き出してみよう。

 きっと「エネブロ」読者の皆さんの参考にもなるだろう。

 

1.P-17~18:

 「振り返れば第四次中東戦争時の原油禁輸措置も、「貿易を “武器として” 相手に政治的対応の変化を求める」というものであり、国際政治学、地経学の領域の問題であると同時に、手法としてはまさしくESに一体系であったと言える。」

 

 この指摘は正しい。

 だが、この記載では、オイルショックの背景には需給バランスが極度にタイトになっていたという事実があったことが読み取れない。

 「石油の武器化」がES(エコノミック・ステイトクラフト)として有効であるためには、世界全体の需給バランスがタイトであることが必要なのだ。

 

 たとえば1951年、イランが石油産業を国有化した時、欧米メジャーは手を携えてイラン石油の輸出を抑える禁輸措置を採った。時間の経過後共にイラン側は膝を屈さざるを得ず、実質的に国有化を放棄した。なぜなら当時、世界の石油需給バランスは供給過剰状態にあったため、イランからの石油(原油及び石油製品)輸出が止まっても各国は対応可能だったからだ。

 

 ちなみに出光興産がオイルメジャーの締め付けを破り、日章丸を派遣してイランからガソリンと軽油を輸入したのもこの時である。

 この事件も誤解して伝えられているが、日章丸が積んできたのは「原油」ではなく「ガソリン」と「軽油」だった。当時、出光興産は製油所を持たない大手卸業者だったからである。だからオイルメジャーを怖がらずに済んだともいえる。

 

2.P-21:

 ×「21世紀に入ってアメリカが自国でエネルギーを産出できるようになり」

 

 基本的認識が誤り。

 この記載では「アメリカは20世紀まで自国でエネルギーを産出できなかった」と読めてしまう。

 

 斯界の雄、ダニエル・ヤーギンが言う「石油の世紀」とは1859年(幕末安政6年)、米国ペンシルベニア州でドレーク「大佐」が機械を使って商業生産に成功した時に始まっている。爾来、アメリカは世界最大手として一貫してエネルギー(石油、ガス)生産を続けている。

 石油需要が急増した第二次世界大戦後になって初めて石油輸入国に転じている。それまでは一貫して輸出国だった。

 また第二次世界大戦の連合国勝利の一因は、アメリカらからの石油供給だったのである。

 

3.P-21:

 ×「世界第1位の産油国であるサウジアラビア」

 ○「世界第1位の産油国」はアメリカ。

 

 「石油」とは、原油もコンデンセートもNGL(天然ガス液)も石油製品もすべて含む。

 ただし「産油国」と言った場合の「石油」には石油製品は含まない。「産出」されるものではないからだ。

 

 手元にある「EI統計集」(Energy Institute Statistical Review of World Energy : 1951年から続くBP統計集を2023年から継承したもの)2024年版によると、2023年の石油(Oil)生産量ランキングは次の通り:

 

 1位 アメリカ 19,358千BD

 2位  サウジアラビア 11,389千BD

 3位 ロシア 11,075千BD

 

4.P-29:

 ×「一方、原油高に関しては、同じくロシアによるウクライナ侵攻が契機だが、侵攻開始直後から西側諸国が産油国であり、天然ガスの輸出国であるロシアに対して経済制裁を加えたことが影響している。これまでロシアから資源を輸入していた国のうち、制裁に参加した国がロシアからの輸入を停止した。不足分を中東等で算出される資源で埋めようとしたために需要が高まり、原油価格が高騰しているのだ」

 

 油価は誰が(何が)決めているのか、についての根本的誤解が背景にあるとみられる。

 

 まず、西側諸国はロシアの侵攻開始直後から多くの経済制裁を課しているが、ロシアからの原油供給に禁輸制裁を課したのは9か月後の2022年12月初旬から。石油製品は2023年2月初旬からである。

 油価は侵攻前から上昇しており、侵攻後最も高くなったのはまだ禁輸制裁が始まっていない2022年の春から夏にかけてだった(添付グラフ参照)。現実に禁輸制裁が始まった2022年12月以降は、さほどの値上がりにはなっていない。

 

 つまり、油価は「需給バランスそのもの」ではなく、将来の「需給バランスへの懸念」から吹き上がったのだ。

 

 

出所:共に「世界経済のネタ帳」

 

 さらに銘記すべきは、2022年春から夏にかけての高騰したのは「名目価格」であって、インフレ要素を織り込んだ「実質価格」では、歴史的に見ても経済が回って行かなくなる水準ではなかったという点だ。

 

出所:「ロイター」記者のジョン・ケンプが2024年7月3日に発表したブレント実質価格推移グラフ(2000~2024)。

 

 2022年春から夏にかけての高騰も「実質価格」で見ると、2010年第前半の「100ドル時代」とほぼ不変であったこと分かるだろう。

 

5.P-31:

 ×「ロシアのウクライナ侵攻が始まってすぐにG7(先進国首脳会議)を中心とした西側諸国が、異例の速さで経済制裁の実施を決断した」

 

 この時点で「決断した」のは「ロシア産エネルギーへの依存を2027年までに脱却する」ということで「実施」ではなかった。この決断から「ロシアに経済的打撃を与えることで、ロシアの侵攻を牽制する」方針は読み取れるが具体的制裁は、前述の通り「原油禁輸」が2022年12月初旬、「石油製品禁輸」が2023年2月初旬からである。しかも「上限価格付き」という変則手法であった。

 

 ちなみに「石炭禁輸」は2022年8月から実施しており、「天然ガス禁輸」は「2027年までに」の方針のままで未実施である。

 ところがロシア側がガスの「武器化」を試み、バルト海を通るノルドストリーム経由の供給を2022年夏から徐々に絞り、同年8月末に停止した。その直後、謎の爆破事件が起こり、使用不能なまま今日を迎えている。

 さらに言えば、LNGに関しては一切の制裁がないまま来たが、2024年夏になって「EU域内港湾で第三国向け積み替え禁止」を決定、実行に移している。

 

6.P-43:

 ×「西側諸国は「次善の策」として…ロシアへの経済制裁を発動…それがロシア産原油や天然ガス輸入の停止であり…」

 

 西側は天然ガス輸入を停止していない。

 ロシアが契約を無視して支払い条件の変更を要求してきたが、これを拒否して停止した国々もあった。西側と言うより、ロシアが「武器化」を試みて2022年夏、幹線パイプラインであるノルドストリーム経由の供給を徐々に減少し、8月末に完全に停止したのだ。その後、原因不明の爆破事故が起こり、当面のあいだ操業不能となって今日を迎えている。

 2022年2月24日にウクライナ侵攻がもたらした大混乱により多くの人は忘れてしまっているが、ロシアは2021年秋に「ガスの武器化」に成功した経験があるのだ。

 詳細は弊著『武器としてのエネルギー地政学』(2023年1月、ビジネス社)参照。

 

7.P-52:

 ×「天然ガスについては、パイプラインによる供給は停止し、ロシアからの調達を減らして制裁の効果を上げようとしている。」

 

 既述の通り、EUとしてパイプラインガスの禁輸は行っていない。 ノルドストリーム経由についてはロシア側が停止し(その後、謎の爆破事件で使用不能に)、ウクライナ経由については細々と続いている。ポーランド経由すべてとウクライナ経由の大半は、契約を無視してルーブル払いを要求してきたため、拒否して停止している国が多いのは事実だ。

 また少量だが、黒海経由のトルコストリーム経由で中南欧への供給は続いている。

 

8.P-52:

 ×「ロシアの原油や天然ガスを禁輸にすれば、それに代わる中東からの原油や天然ガスの奪い合いになり…」

 

 認識違い。

 「ロシアの原油や天然ガスを禁輸に」してもフローが変わるだけ。変換期間の混乱は避けられないが、世界全体の需給バランスに影響をもたらすものではない。

 

 2022年春から夏にかけて原油、天然ガスの価格が高騰したのは、ロシアからの原油や天然ガスの供給が止まってしまう、つまり世界全体の需給バランスが極端にタイトになるのではとの懸念が生じたため。

 筆者は「IEA」が煽った事実は否定できないと考えている。

 詳しくは「エネブロ #873 『プーチン劇場ウクライナの場」は「IEA」が演出?』」(2022年12月27日、*1)参照。

 

9.P-62:

 ?「ロシアのウクライナ侵攻に伴う経済制裁の限界を感じた西側諸国が、今後もロシアや中国が武力による現状へ変更を目指して行動を起こした場合、経済制裁を効果的に実施するためには、日本はそうした戦略物資や技術に関して中ロへの依存を減らし、備蓄を増やし、代替となる製品を開発していくという方向に向かっていくであろう。」

 

 主語があいまい。

 「そうした戦略物資や技術」とあるが、たとえば「石油、ガス」に置き換えて考えてみると、

「中ロへの依存を減らし」:中国には依存していない。ロシアにはサハリンLNGが残るのみ。

「備蓄を増やし」:ガス(LNG)は備蓄できない。

「代替となる製品」:あえていえば再エネ発電。だが、「開発」するものではない。

 

10.P-62 :

 ?「第三の相互依存の罠にはまっている状況では、相手への依存を減らす一方、相手が自国に依存する状況を強化することが重要となるのである。

 これはいみじくも2022年5月に日本で成立した経済安全保障推進法が目指すところであり、この法律がきちんと実施されることによって、日本の脆弱性も低くなり、第三の相互依存の罠に陥ることなく、さまざまな国際環境の変化に対応できるようになっていくと思われる。」

 

 わが国の経済安全保障の根幹をなしているのは、2022年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」である。

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻等、国際政治経済環境が大きく変化していることを踏まえ、前回2013年策定のものを大幅に改定したものだ。

 エネルギーについては、2013年版国家安全保障戦略でもおざなりだったことは「岩瀬昇のエネルギーブログ(エネブロ)」『#799「国家安全保障戦略」にエネルギーを忘れないで!』(*2)でも指摘した通りだが、2022年版でも大きな変化は無かった。

 

 たとえば「目次」にエネルギーが出てくるのは「VI. 我が国が優先する戦略的アプローチ 2.戦略的アプローチとそれらを構成する主な方策 (4)わが国を全方位でシームレスに守るための取り組みの強化 ケ.エネルギーや食料など我が国の安全保障に不可欠な資源の確保」だけである。

 

 全文で1000行以上ある政策文書だが、エネルギー安全保障については次の7行のみだ。

 

〈エネルギー安全保障の確保に向けては、資源国との関係強化、供給源の多角化、調達リスク評価の強化等の手法に加え、再生可能エネルギーや原子力といったエネルギー自給率向上に資するエネルギー源の 最大限の活用、そのための戦略的な開発を強化する。同盟国・同志国 や国際機関等とも連携しながら、我が国のエネルギー自給率向上に向けた方策を強化し、有事にも耐え得る強靭なエネルギー供給体制を構築する。〉

 

 筆者は、2020年2月12日に開催された「参議院資源エネルギーに関する調査会」でも申し上げたが(*3)、石油は「平時はコモデティ、有事は戦略物資」なのだ。したがって、当該7行でもっとも重要なのは「有事にも耐え得る強靭なエネルギー供給体制の構築」なのだが、具体策が明記されていない。

 我が国でも着手できる有効策は、石油備蓄の抜本的な拡充だと考えるが如何なものであろうか。

 

11.P-69:

 ×「ロシアに対する経済制裁で、ロシアからパイプラインを経由した天然ガスは禁輸の対象となった」

 

 先述の通り、天然ガスはパイプライン経由もLNGも「禁輸」されていない。

 

12.P-70~71:

 ×「石油ショックは1973年10月、イスラエルとエジプト・シリアをはじめとするアラブ諸国の間で勃発した第4次中東戦争において、OPECのアラブ諸国がイスラエル支援国に対して禁輸措置をとったことで発生した。」

 

 完全な事実誤認。

 

 石油価格とは、1973年10月の石油ショック前はメジャーと呼ばれる大手国際石油が定める公定販売価格(OSP)そのものであった。これは大手国際石油が産油国政府に支払う税金等の算定基準価格でもあった。

 石油ショック以降、1986年の逆石油ショックまでは、OPEC各国政府がOSPを決めるようになり、大手国際石油も従うしか無くなった。

 1973年10月の石油ショック時に、OSPが4倍に上昇したのは本書記述の通り。

 さらに、1979年の第二次石油ショック時には、OSPはさらに3倍となり、第一次石油ショック前と比べると約12倍となった。

 30ドルから10ドルへと下落を見せた1986年の逆石油ショック以降は、市場が決める時代となり、今日に至っている。

 詳細については弊著『原油暴落の謎を解く』(文春新書、2016年6月)参照。

 

13.P-74:

 ×「イランは天然ガスの輸出国でもある。埋蔵量は世界第二2位で、生産量は第3位。多くを国内で消費しているが、主な輸出先はやはり中国がトップで、そのほかトルコ、イラクなどにも輸出している。」

 

 完全な事実誤認。

 中国への輸出インフラは存在していない。

 

 手元にある「EI統計集2024」によると、2023年イランのパイプライン経由ガス輸出は次の通りとなっており、輸出用パイプラインの存在から、その他欧州はトルコ、その他CISはアルメニアとアゼルバイジャン、その他中東はイラクだと思われる。

 

 その他欧州 5.2bcm

 その他CIS 0.4

 その他中東 8.8    

  小計  14.3bcm(LNG換算約1,090万トン)

 

 ちなみに、イランの国内消費は245.6bcmで、米国、ロシア、中国に次ぎ世界第4位。

 また、LNG製造装置はないので、LNG輸出はない。

 

14.P-81:

 ?「2014年にフーシ派がイエメンの首都サヌアを支配下に置いてから内戦が始まり、イエメンの隣国でスンニ派が主導権を握るサウジアラビアはアメリカとともにイエメン政府を支援し、2015年から内戦に介入していた。」

 

 記述はその通りだが、2015年1月、政治経験皆無の29歳のムハンマド・ビン・サルマン(MBS)王子は、第7代国王に就任した父君から国防大臣に任命された。そのMBSが最初に行ったのがイエメンへの空爆による介入だった事実は付記しておくべきではないだろうか? 

 

 前述の分に続く次の記載は、MBSの一面を如実に示していると筆者は判断している。

 

「サウジアラビアはこの戦いに莫大な戦費を費やしたが、7年経ってもフーシ派を壊滅させることはできなかった。」

 

15.P-104:

 ?「イラン経済、とりわけ原油輸出は欧州に集中していたため、EUが2012年に実施したイラン産原油輸入禁止は大きな衝撃であった。

 当時、EUはイラン産原油のうち18%を輸入しており、これは中国に次ぐ第2位の輸入量だった」

 

 イラン制裁パネルの一員だった鈴木先生のことだから、間違いがあるとは思えないのだが、「18%」で「欧州に集中していた」と言えるのだろうか? 

 

 日本エネルギー経済研究所が2012年1月20日に発表した『イランからの石油供給をめぐる最近の動向について』(*4)によると、2010年のイラン原油輸出先上位国リストは次のようになっている。

 

  中国   426千BD  20%

     日本   362   17

  インド  345   16

  イタリア 208   10

  韓国   203    9

  その他  610   28

   小計 2,154千BD

 

16. P-121:

 × 「トランプ大統領は「核合意離脱によって原油価格は大きく動かない。少なくとも、シェールガスが採掘できるアメリカには仮に価格が変動したとしても大きな影響が及ばない」からこそ核合意離脱を決めたことなる。」

 

 出典が不明なので原文が間違いなのか、引用した本書が間違いないのかは不明だが、原油価格とシェールガスの生産は直接的関係はないので、

 × シェールガス

 ○   シェールオイル

ではないだろうか?

 

17.P-129

 ×「2015年にサルマンがサウジアラビア国王になると、その息子である、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が実質的にサウジアラビアの軍事と経済を取り仕切る役割を与えられた。」

 

 × 皇太子

 ○    王子

 

 MBSは、2015年1月国防大臣

     2015年4月副皇太子

     2017年6月皇太子

     2022年9月皇太子のまま首相(国王が兼務することになっている)

 

18.P-129:

 ×「これまでサウジアラビアの国王を継承した人物は、自分とは異なる家系から皇太子を選んできたが、サルマン国王は慣例を破って実子であるムハンマドを皇太子に据えた。」

 

 今はこの記述通りとなっているが、時系列的に明らかな誤り。

 振り返っておくと次のような展開だった。

 

 皇太子だったサルマンは2015年1月第7代国王に就任するにあたり、副皇太子だった異母弟のムクリンを皇太子に据えた。

 だが3か月後の2015年4月、ムクリンを更迭し、副皇太子に任命していた、母を同じくする兄ナエフ元皇太子の息子、自分から見ると甥にあたるムハンマド・ビン・ナエフ(MBN)王子を皇太子に任命した。

 同時に実子、MBSを副皇太子に任命した。

 これら一連の動きを西側メディアは、サルマン国王もこれまでの慣例を守っていると見ていた。但し、同腹の甥を皇太子に据えたことから、これからはスデイリ家から嫁いできた母から生まれた7人兄弟、「スデイリセブン」一族が主導権を握るのでは、と評価していた。

 だが2017年6月、サルマン国王はMBN皇太子を更迭し、MBSを皇太子に任命、副皇太子を空席とした。

 MBSに権力を集中させる方針を誰の目にも分かるようなしたのだった。

 

19. P-133:

 ?「9月にイランのドローンと巡航ミサイルでサウジアラビアの原油施設が攻撃された時には、一時的とはいえ世界の一日の石油供給量が5%の減ってしまうという事件が起きている。」

 

 アメリカはイランの攻撃と断定しているが、イランは否定しており、イランの支援を受けているイエメンの反政府軍事勢力フーシ派が犯行声明を出している。

 

20.P-137:

 ×「イランは、アメリカの一方的な核合意離脱と制裁の再開によって経済的な圧力を受けており、新型コロナウイルスの影響もあって、2020年の第1四半期には原油生産の日量は800万バレルに落ち込むなど…。」

 

 800万BDは明らかな間違い。

 筆者の記憶にある限り、イランの生産量が800万BDを記録したことはない。

 

 手元にある「EI統計集2024」によると、2023年

  Oil生産量 4,662千BD

  Liquid消費量 1,817千BD

  

21 P-176:

 ?「脆弱性は他国に対して依存度が高い状況があることによって生まれる。中東に対する原油の依存度が高い日本は、エネルギーにおいて脆弱性を抱えている…」

 

 この表現では「他国=中東」と読めてしまうが、「中東」が一つの「国」として一体的行動をとるとは限らないので、きわめて不適切な表現と言えるだろう。

 また「原油=エネルギー」と読めてしまうのも不適切。

 キーワードは、エネルギーの自給度、ではないだろうか?

 

22.P-208:

 ×「2008年から2013年ごろにかけて、アメリカではシェールガス革命が起こり、アメリカは資源輸出国となった」

 

 きわめて雑多な記述。

 誤りは二つ。

 

 一つ目は、シェールガス革命とシェール革命について。

 シェール革命は、1998年、小規模採掘業者ジョージ・ミッチェルが20年にわたる執念の結果、シェール層からガスを採掘するための水圧破砕法で用いる最適の液体ミックス(人工的に作ったシェール層内の割れ目がすぐに閉じてしまわないように、液体分のプロパントと呼ばれる砂や化学品を混ぜたもの)を発見して、商業生産を開始したことに始まる。これに目をつけた中堅石油企業デボン・エナジーが2002年にジョージの会社を買収し、他の石油ガス採掘事業で用いていた水平掘削を応用して生産性向上に成功した。

 当時は、シェールガス革命と呼ばれていた。

 その後、油価の上昇に伴い、ガスよりは生産性の悪いオイルにも同じ工法、すなわち水圧破砕と水平掘削を用いてシェール層からの生産を行うようになり、シェールガス革命として始まったものが2000年代後半、シェール革命と呼ばれるようになった。

 保守的で王道を歩むと評判のエクソンモービルが2009年末、当時アメリカ最大のシェールガス生産業者であったXTOエナジーを310億ドルで買収したことにより、業界がシェール革命を「ホンモノ」と認知した、と評価されるようになった。

 

 二つ目は、アメリカが資源輸出国となったのはいつか、と言う点。

 ここでは「資源」としているが、注目はやはり「石油」。

 シェール革命により原油国産量が増加したアメリカが、ネット石油輸出国になったのは2019年9月。

 

 アメリカは、長いあいだ大量の原油を輸入し、精製して大量の石油製品を輸出、かたわら少量の石油製品を輸入しており、2015年には40年間続けていた原油輸出を解禁し、徐々に輸出量を増加して来ている。

 

 次の2つのグラフ参照。

 

 

 

23.P-216:

 ?「本来の経済安全保障は、第3章でも述べたように「自国の弱み(脆弱性)がどこにあるのか」を把握することが重要だからである。「自分たちは何をどの国に頼っているのか、どの国に何をどの程度、輸出しているのかを認識したうえで、有事が起きた時のリスクシナリオを頭の中においておくこと」。これが経済安全保障の要諦なのだ。」

 

 では、エネルギーの経済安全保障の要諦は何か?

 石油は「平時はコモデティ、有事は戦略物資」だ。

 やはり、エネルギーの経済安全保障の要諦は「備蓄増強」ではないだろうか?

 

24.P-216:

 ?「経済安全保障は、半導体や自動車といった製品や、海産物のような農水産品、あるいは資源エネルギーなどに限らない。」

 

 石油やガスといった資源エネルギーを、半導体や自動車、あるいは海産物のような農水産品と同列に置くのは如何なものか?

 

25.P-237:

 ×「インドは、…対ロ姿勢については違ったスタンスで、制裁開始後にロシア産エネルギーの輸入を増やしています。」

 

 天然ガスの輸入は増えていない。

 × エネルギー

 ○   石油

では?

 

 以上、要点をまとめるべきだとの議論もあるかと思うが、時間がないので備忘録を兼ねてこのままとしておく。

 

 長文をお読みいただき、ありがとうございます。

 

*1 873 「ブーチン劇場ウクライナの場」は「IEA」が演出? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

*2 #799「国家安全保障戦略」に「エネルギー」を忘れないで! | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

*3 第201回国会 参議院 資源エネルギーに関する調査会 第1号 令和2年2月12日 | テキスト表示 | 国会会議録検索システム シンプル表示 (ndl.go.jp)

*4 イランHP目次(案) (ieej.or.jp)