873 「ブーチン劇場ウクライナの場」は「IEA」が演出? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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(カバー写真は、IEA事務局長です) 

 

 2022年の原油価格動向は、まさに「プーチン劇場ウクライナの場」と呼ぶにふさわしいものだった。原油価格動向は、まさに「プーチン劇場ウクライナの場」と呼ぶにふさわしいものだった。

 ファンダメンタルズ(需給バランス)に大きな変化はなかったものの、「プーチンの戦争」で供給が大幅に減少するだろうとの将来予測が油価を押し上げた。だが、年末になると欧米および中国の景気鈍化から需要の増加がさほどのことではなさそうだ、と押し下げ、終わってみれば油価は年初価格に戻った、といえる。

 添付の価格推移から見られる春から夏にかけての油価高騰は、誰の、どんな予測が原因だったのだろうか?

 

2022年ブレント価格推移

 

出所:「Financial Times」

 

 皆さんはご記憶だろうか?

 2月24日にロシアがウクライナに全面的に侵攻してから初めてとなる「IEA月報2022年3月号」(Oil Market Report March 2022)の中で、「IEA」(国際エネルギー機関)が「4月からロシアの石油供給が3百万BD減少するかもしれない」(*1)と報じたことを。

 筆者は、これが2022年の「プーチン劇場ウクライナの場」を演出することになったのではないか、と考えている。

 

 先進国機構「OECD」(経済協力開発機構)加盟国をメンバーとする「IEA」は、現代において最も権威あるエネルギー機関だ。

 その「IEA」が「プーチンの戦争」勃発直後に「300万BD減産」を予測し、その後も何度も「減産」予測を繰り返してきた。EUは、脱ロシア依存を進めるため、8月から石炭を、12月5日から原油を、そして2023年2月5日から石油製品の禁輸を決めたのだが、実際の制裁がまだ“始まっていない”段階で、大幅減産=供給減少を予測し続けたのだ。

 これが、前述したような原油価格に「地政学プレミアム」を上乗せし、2022年の油価高騰を引っ張ってきたのではないだろうか。

 

 比較してみよう。

 たとえば、ロシアの侵攻直後の3月初旬、英国の「Oxford Institute for Energy Studies」(OIES)は、「Russia-Ukraine crisis : Implications for global oil markets」と題する分析記事を発表した(*2)。

 この記事の中に次のグラフが掲載されている。

 

 

 これは、黒色実線がベースケース。ウクライナ国境にロシアの大軍が陣取ったままだが、2021年階から高まっている緊張が拡大しなかったら、という場合のケースである。

 赤色実線が、ロシアの生産量が320万BD減産となるケース。

 そして赤色点線が「OIES」が認識している2021年のロシア原油輸出量の半量、420万BDが減産となるケースである。

 

 ここから読み取れるのは、ロシアの大幅減産があっても油価は130ドルを超えない、ということと、いわゆる地政学プレミアムがさらに(軍事的緊張に加え)30~35ドル上乗せされている、ということだ。

 ベースケースでは、油価は75~85ドルで推移すると見られているため、もし地政学プレミアムが無かったとしたら、ファンダメンタルズ(需給バランス)がもたらす油価は75~85ドルから何ドルかマイナスしたものとなる、と読むことができるのではないだろうか。

 

 では、なぜ「IEA」はこのような悲観的な予測を発表したのだろうか。

 

 じつは、同じ「IEA」は3月3日、ヨーロッパは1年以内にロシアへのガス依存を3分の1、約50BCM(500億立米≒LNG約3,700万トン)減らせるとし、10項目の実行案を提示している(*3)。

さらに、前述した「月報3月号」とほぼ同じタイミングで、4か月以内で270万BDの石油消費を減少させることができる、との実行案も提示しているのだ(*4)。

 つまり、ロシアからの原油・天然ガスの大幅供給減少には、このような対策が有効だ、としているのだ。

 

 紙幅に制限があり詳細に論ずることは避けるが、これら一連の「IEA 」の発表は、筆者の目には「プーチンの戦争」を好機ととらえ「2050年ネットゼロ工程表」(工程表)実現に弾みをつけようとしているものとしか見えない。

 

 たとえば、石油消費削減の10項目の実行案は、在宅勤務の推進、都市部でのノーカーデー、公共交通の利用拡大、カーシェアリングなど「人々の行動変容」を促そうとしている、と読める。

 さらに、ガスの脱ロシア依存10項目の提案は、ロシアと新たな契約を締結しない、ロシア供給を代替ソースに置き換えるなど意味不明なものに続き、風力・太陽光プロジェクトを推進するとか、各家庭・事務所での暖房設定温度を引き下げるなどとなっている。

 

 わが国においては、これら「IEA」の提言がまともに取り上げられることはなかったし、EU各国で採用したのは「ガス在庫率」の最低水準を義務付けることだけだったように見える。

 つまり「IEA」加盟国政府の対応も、けしてまともなものではなかったようだ。

 

 結局「IEA」が「プーチン劇場ウクライナの場」を演出したが、人々はエネルギー価格の高騰に右往左往するだけで、演出者の意図通りに踊ることはなかった、といえるのではないだろうか。

 

 いやはや、である。

 

 ところで、巷間「エネルギー危機」と呼ばれているが、じつは石油価格はさほど上がっていないのだ。  

 高騰したまま高値安定しているのはガス価格であり、「Marginal Pricing」(限界価格決定方式)にもとづき、高値のガス価が直接反映される欧州の電力価格である。

 だから筆者は、2021年以降発生しているのは「ガス危機」だ、というようにしている。

 

 筆者の主張を裏付けるグラフをいくつか紹介しておこう。

 

北海ブレント原油実質価格(1990~2022)推移

 

 

出所:ReutersJohn Kemp『Global petroleum price cycle』2022127

 

欧州スポットガス(TTF)価格(2018~2022年)推移

 

出所:「Trading Economics」

 

欧州電力(2020~2022)価格推移

 

出所:「Statista」

 

 かくて2022年原油価格動向に関する「振り返り」は終わった。

 

 さて、と。

 難しい2023年予測を書き始めなければ!

 

*1.Oil Market Report - March 2022 – Analysis - IEA

 

*2 Microsoft Word - OIES Comment-Ukraine Crisis - Implications for global oil markets-March2_fnl.docx (stackpathcdn.com)

 

*3 A 10-Point Plan to Reduce the European Union’s Reliance on Russian Natural Gas – Analysis - IEA

 

*4 A 10-Point Plan to Cut Oil Use – Analysis - IEA