(カバー写真は、文中引用している「Bloomberg」記事のものです)
某所からの依頼で『ビジネスマンのためのエネルギー基礎講座』の準備を始めている。
あれやこれや色々考えているが、何が必須項目だろうか?
やはり石油開発のイロハからだろうな。
日本では「シェールガス」という商品が存在していると思い込まれている。だが、そんなものは存在していない。
もっとも有名な先物市場「NYMEX(New York Mercantile)」で取引されている天然ガスは「Henry Hub Natural Gas」というものだ。文字通り「ヘンリーハブ」というところで受け渡しされる天然ガスである。「シェール」の「シェ」の字もない。
このようなことも石油開発のイロハを理解していれば、すぐに飲み込めることだろう。
と思っていたら、今朝(2024年5月6日)、興味深いニュースに遭遇した。
「サウジアラムコ」が6月価格を顧客に通知したのだが、次のように5月価格対比、大幅な値上げとなっているというニュースである(*1)。
このニュースを見ていて、これもビジネスマンとして知っておくべき基礎事項だろうな、と思いついたことがある。
説明して見よう。
筆者が気付いたのは、OPEC関連取材では定評のある「Energy Intelligence」のAmena Bakr記者が本件についてポストしていた、次の全世界向けOSP(公式販売価格)の表を見ていてのことだ。
ご存じの方は読み飛ばしていただきたいが、「サウジアラムコ」のOSPは地域ごとに異なる指標を用い、その指標価格に油種ごとに異なるDifferentials(プレミアムorディスカウント)を加味するフォーミュラになっている。
販売量が最大で、一般的になじみの深いアラブ・ライト(AL)原油のアジア向けを例にとると、オマーン原油とドバイ原油の平均価格に、5月は2ドルのプレミアムだったが6月は90セント値上げして2.90ドルのプレミアムになっている、という具合だ。
ちなみに北米向けは「ASCI」(Argus Sour Crude Index)という、業界紙「Argus」が公表しているメキシコ湾周辺で生産されているサワー原油(中重質油)のIndexを指標としており、北西欧州向けは「ICE」(Intercontinental Exchange)で取引されているブレント原油を指標としている。
なお北米向けは、長い間「NYMEX」で取引されている「WTI」を指標としていたが、「WTI」は超軽質なので相応しくないと2010年1月から現行の「ASCI」に変更して、今日を迎えているという経緯がある。
筆者が気付いたのは、普段はじっくり眺めることのない北米向けリストを見ていてのことである。
何とアラブ・ライト(AL)原油より重い、アラブ・メディアム(AM)原油やアラブ・ヘビー(AH)原油の方が高くなっているのだ。
6月プレミアム
北米向け アジア向け
AL +4.75 +2.90
AM +5.45 +2.35
AH +5.10 +1.60
原油価格の基本は、軽い原油の方が重い原油より高い、というものだ。なぜなら精製して生産される石油製品が、軽い原油の方が販売価格の高いガソリンなどを多く生産できるからだ。
これが経済原則である。
だが北米向けはそうなっていない。
なぜだろうか?
筆者の理解はこうだ。
歴史的経緯もあり北米の精製システムは、中重質原油を精製する前提で装置が建設されている。
時代の流れとともに、ガソリンなど軽い製品の需要が多くなってきたため、中重質原油を精製しているだけでは間に合わなくなってしまった。そこで精製会社は、重油などを分解してガソリンなど軽質の製品をたくさん製造できるように巨額の投資を行ってきた。いわば重装備にしているのだ。
つまり現在北米の精製システムは、中重質油を精製して、巨額の投資を行って建設した分解設備などを駆使して、軽い製品をたくさん生産できるようになっているのである。
ところが「シェール革命」により、従来は経済的に生産することが困難だったシェール層などからの原油(シェールオイル)の生産が盛んになってきた。
シェールオイルは超軽質原油である。現在の重装備な北米精製システムには合致していない。もちろんシェールオイルだけでなく複数の原油をブレンドして精製装置に回すのだが、ミスマッチなのである。
だからシェールオイルを輸出して、不足している中重質原油をカナダやメキシコなどから輸入しているのだ。
たとえば最新のEIA週報(Weekly Petroleum Status Report)によると、2024年4月26日までの1週間は次のようになっている(*2)。
原油生産量 1,310万BD
輸入量 677万BD
輸出量 392万BD
純輸入量 285万BD
製品輸入量 229万BD
輸出量 640万BD
純輸出量 411万BD
石油輸入量 906万BD
輸出量 1,032万BD
純輸出量 126万BD
一時は500万BDほどあったが昨今は330万BD程度に縮小している日本の石油消費量実態から見ると、膨大な量の原油と石油製品を恒常的に輸出入しているのである。
このような事情があるので、少量だが輸入されているサウジ原油の場合、重いAMやAH原油の方が軽いAL原油より高いという、世の中一般の常識とは合致しない仕組みになっているのではないだろうか。
理解の一助として、興味深い表をご紹介しておこう。
これは「OPEC月報」2024年4月号の、アメリカの石油生産の詳細を示したものである。
アメリカの石油消費量はほぼ2,000万BD。世界全体の約2割である。
2019年9月以降、純輸出国となったアメリカの国産石油は、2024年4月段階で添付の表のようになっている。
真ん中にある「2024年の実績+予測」の欄を例にとって説明すると、次のような状態である。
「Tight crude」とあるのがシェールオイルの生産量(868万BD)。
「Gulf of Mexico crude」とはメキシコ湾で生産されている原油(190万BD)。
「Conventional crude oil」とは、在来型の原油生産量で「シェールオイル」ではない、という意味だ(265 万BD)。
これら原油小計が1,323万BDである。
サウジやロシアと競うようにして生産されていると報道で目にする「原油」とは、このことを指している。
だが、これでは2,000万BDの消費を満たすことはできない。とても「純輸出国」とは言えない。
どこかに秘密があるはずだ。
そこで登場するのが、その下の欄にある「NGLs」である。
「NGL」とは「Natural Gas Liquid」の略で、通常「天然ガス液」と訳されている。
簡単に言うと、高温高圧の地下ではガス状で存在しているが、常温常圧の地上では液体状になっているというものだ。
品質は「シェールオイル」に類似しており、いわば超軽質原油である。
2024年、アメリカでは「非在来型」、すなわちシェールガスの付随として産出されるNGLが546万BD、「在来型」、すなわち従来の天然ガスの付随として産出されるものが109万BDあり、NGLs合計で655万BDに上るのである。膨大な量だ。
他にBio Fuelsやプロセス・ゲインと呼ばれるものなどが157万BDあり、合計石油生産量は2,134万BDになると見込まれている、という訳だ。
このように、シェールオイルとNGLs合計が1,523万BDと、総石油生産量の7割以上を占めているのがアメリカの現実なのである。
精製設備が中重質油前提となっているが、需要も国産原油も超軽質油。
これがアメリカ石油産業の構造なのである。
これは一朝一夕では解決できる矛盾ではない。
かくてアメリカも、自由で開かれた国際貿易が行われる世界が望ましい、という訳だ。
この面では、エネルギー資源を持たざるわが国とアメリカの利害は一致しているのではないだろうか。
*1 Saudi Arabia Hikes Oil Selling Prices for All Grades to Asia (yahoo.com)