「NHKおはBiz」は2022年11月25日、『ダニエル・ヤーギン氏に聞くエネルギー情勢 日本がとるべき戦略とは』と題して、喫緊のエネルギー問題に対する斯界の雄の分析並びにアドバイスを報じていた(*1)。
Webに掲載されている動画を見、インタビュー書下ろしを読んで気になったことをまとめておきたい。
本稿は「動員」先生がこの番組を見て「おっ、このヤーギンというのは岩瀬さんの本に出てきた人だぬ」とツイートされていたのがきっかけだ。
さっそく引用ツイートで次のようにコメントしておいたが、本稿は前述のとおり「動画」「インタビュー書下ろし」を見て/読んでの追記である。
〈入稿直前の5作目にも出てきます。
ヤーギンは『新しい世界の資源地図』で「ノルドストリーム2への米国の懸念は不要、なぜならEUのガス市場は変貌し、すでにコモデティ化しているから」と誤認しています。論拠としているEU資料原文によると「LNG受入基地を建設し、EU内をパイプラインで繋ぎ、大手国際石油などとの関係をよくしたら、EUのガス市場はコモデティ化する」としているだけですので、ヤーギンも誤認している、と指摘させていただきました。 12月19日発刊予定(アマゾンで予約可)ですので、お読みいただければ幸甚です。 あ、NHK放送内容にもコメントしなくっちゃ。〉
1.まず、NHK書下ろしのみならず世の中で誤解されているのは、石油とガスとは「似て非なるエネルギー」なのだが、一緒にされているという点。
石油は常温常圧で液体だが、ガスは気体、という物理的特性の違いから、ガスは特別なインフラがなければ輸送・貯蔵に困難をきたす。したがってガスには、LNG製造基地・LNGタンカー・再気化装置、あるいは長距離パイプラインなど、初期投資が巨額なインフラを用意しなければならない、という制約があるのだ。
故にガス市場は長いあいだ、北米、欧州、東アジアに三極化されていた。添付するガス価格推移グラフをご覧になればご理解いただけるだろう。
出所:「BP統計集2022」(Statistical Review of World Energy 2022)
現在は、FSRU(浮体式ガス貯蔵再気化装置=多くは中古LNG船を改造して建造する)の登場・普及によりガスも「コモデティ化の入り口」に立っている、といえるが、既に「コモデティ化」している石油の域には達していない。したがって、石油とは別のエネルギーと認識し、石油とは異なる安全保障対策対応が必要なのだ。
混同していることの代表が「エネルギー価格の上昇」という文言だ。
次の二つのグラフが示すように、最近の原油価格は1~2年前と比べるとさほど実はさほど上がっていない。
これは、10月初めの「OPECプラス」閣僚会合後の記者会見で、サウジのエネルギー大臣アブドラアジーズ王子がスライドを用意して、記者団に説明していたとおりだ。
2010年代半ばは「100ドル時代」だったので、最近の価格推移も「いつか来た道」に過ぎないのだ。
WTI価格推移(2012~2022)
出所:「Financial Times」2022年11月24日
さらに、筆者が信頼しているエネルギー記者「ロイター」のジョン・ケンプは、2021年10月段階で次のようなグラフを紹介している。インフレ率を織り込んで、1990年以降のブレント価格を現在価格に読み替えると、このグラフのようになる、という。つまり、昨今の100ドルは、決して歴史上はじめてのことではない。世界景気は100ドル時代も成長していた、ということだ。
つまり、現在のインフレを助長しているのは、エネルギーで言えば石炭であり天然ガスなのである。
現在価格に読み替えたブレント価格推移(1990~2021)
このように「エネルギー価格」上昇、といって、石油もガスと同じように高騰している、という認識は誤りなのである。
だが、欧州ガス価格は最近、非常に高くなっている。
次のグラフからも読み取れるように、ガス価は長いあいだ「低位安定」(油価30~40ドル/バレル相当)していたが、2021年秋から急騰し、一時油価600ドル/バレル相当に上昇し、最近は230ドル/バレル相当にまで落ち込んでいる。
つまり、ガス価格は確かに非常に高くなっているのだ。
欧州ガス(TTF)価格推移 (2013~2022)
出所:「Trading Economics」(筆者注:€/MWH x $/€ ÷ 3.2 =$/MMBTUになります)
このように石油とガスとでは、全く異なった値動きをしている。両者にアービトラージは働いていない。
つまり、エネルギー問題を考えるとき、石油とガスとは別物として認識し、それぞれに相応しい対策を講じる必要がある、ということだ。
あえて付言すると、生ガス(気体のガス)は施設(枯渇した油ガス田、それに似た地層、あるいは岩塩ドームなど)があれば「在庫」できるが、LNGは外気温との差により一日あたり0.1%程度、気化してしまうため「在庫」も「運転(操業)在庫」しか持てず、ましてや「備蓄」は不可能なのだ。
ちなみに日本には、生ガスを在庫できる「施設」はほぼ皆無だ。
いま思うに、199年代末、ボストンのホテルの一室で、某電力会社のLNG担当幹部の方が漏らしておられた次の言葉は、至言ではないだろうか。
〈LNGとは、産地と消費地をLNGタンカーというパイプラインでつながっているようなものなのだ〉
2.次に「エネルギーミックス」について。
文脈からは、質問者のNHK神子田キャスターもヤーギンと同じ理解、すなわちすべての一次エネルギーの「エネルギーミックス」と理解しているものと読み取れるが、日本では往々にして発電の燃料、すなわち電源燃料だけの「エネルギーミックス」として議論が展開されがちだ。
一次エネルギーの中で、電力用エネルギーは「投入ベース」で約40%、「消費ベース」では25%程度に過ぎない。これは資源エネルギー庁が発表している「エネルギー白書」の中の『わが国のエネルギーバランスフロー概要』と題されたグラフからも読み取れる事実だ。
出所:「エネルギー白書2021年版」(*2)
この事実も確と認識しておく必要があるだろう。
3.そして、日本がロシアからLNGを引き取り続けていることに関する質疑について。
EUが、2022年末/23年初からの露石油制裁について合意したとき、フォンデルライエンEC委員長は開始時期の遅れの理由について、次のように発言している(*3)。
この言葉こそが、この質問に対する回答だろう。
〈我々の経済が強靭でなければ、ウクライナを支援することはできないのだ〉
4.さらに「脱炭素化」に関する質疑の中で触れられた「COP’27」で合意された「損失と被害基金」については、「エネブロ#871」 『COP27「気候変動の責任」先進国が認めた?』を参照されたい(*4)。卑見を述べてあります。
こうやって、コメントしながら書下ろしを読んでいると、ほとんどが12月19日発刊予定の5作目で取り上げている問題ばかりだ。
僕が最初に作った章立ては
第一章「プーチンの戦争」で世界は激変した
第二章 露呈していた欧州エネルギー戦略の誤謬
第三章 シェール革命の国アメリカの思惑
第四章 エネルギー百年の計を実践する中国
第五章 蘇るサウジアラビア
第六章 グリーン政策の光と影
第七章 「持たざる国」日本の選択
だったが、編集会議でどのような「改善」がなされているのだろうか。
なお、アマゾンには、すでに『教養としてのエネルギー未来年表(仮)』として掲載されており、予約もできるようになっているそうだ(*5)。章立て、小見出し等、すべて編集会議にお任せだが、最新案では『武器としてのエネルギー地政学 2030年、石油・ガス・脱炭素覇権の行方』が浮上しているそうだ。
何でもいいけど、売れるといいな。
*1 ダニエル・ヤーギン氏に聞くエネルギー情勢 日本がとるべき戦略は (nhk.or.jp)
*2 令和2年度エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2021)PDF版|資源エネルギー庁 (meti.go.jp)
*3 Speech by the President on the Russian war in Ukraine (europa.eu)
*4 #871 COP27「気候変動の責任」先進国が認めた? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)