(カバー写真は、文中紹介している「FT」3月23日記事=revise版=のものです)
嫌な感じがする。
向こう2か月間、100万BDものカザフスタン原油が輸出不能になるかもしれない、というのだ。黒海の露積出港ノボルシスクでは、すでに操業を停止しているらしい。
東京時間2022年3月23日午前5時ごろに掲載された「フィナンシャル・タイムズ」(FT)の記事「Russian chokes major oil pipeline in further threat to global oil supplies」(*1) には次の通り報じられている。
・露国営タス通信が伝えたところによると、3月22日(火)エネルギー副大臣が声明を発表、折からの嵐で黒海ノボルシスク港の積出設備が被害を受け、修復に時間がかかるため最長で向こう2か月間、カザフスタン原油の輸出が止まるかもしれない、とのことだ。
・カスピ海北部の大油田テンギスからの1500㎞のパイプラインは「CPC」(Caspian Pipeline Consortium)が運営しているもので、株主にはロシア政府(24%)、シェブロン(15%)、エクソンモービル(エクソン、7%、原文ママ)、露国営石油ロスネフチとシェルの合弁会社(7.5%)などがいる。
・だが、西側パートナーはまだ誰も現場を調査できていない。
・能力140万BDでおおよそ100万BDを輸送している「CPC」パイプラインは、カザフスタン原油に加え、経路にあるロシア油田からの原油も約1割混載している。
ご存じの通り、ロシアがウクライナに侵略したことに対する経済制裁の一環として米国は2022年3月8日、ロシア産の原油及び石油製品(併せて「石油」)の輸入を全面的に禁止した。英国が後を追い、2022年末までに同輸入をゼロにすることを決定した。EUは、加盟国の中に米国同様全面禁止を主張する国もあればロシア産石油への依存度の高い国もあり、統一した対応に苦慮している。だが欧州では、政府の方針が出る前から世論の反発は強く、船会社、保険会社等もロシア産石油の引き取りには及び腰で「self-sanctioning」(自粛)するところも多く、大幅に値引きしなければ売れない市場環境となっている。
実務的には、ロシアがウクライナに軍事侵略を始めた2月24日以前に、契約に基づき3月の船積み計画は確定していたため、大幅な引き取り減少が起こるのは4月以降と見られていた。
かかる状況を踏まえ「IEA」(国際エネルギー機関)は「Oil Market Report」(月報)2022年3月号の中で、ロシア産石油の輸出量は4月以降約300万BD減少するだろう、としている。
市場は、ロシアからの石油供給が300万BD程度落ち込むかもしれないという恐れを織り込み、高騰した。そこに、さらに100万BD減少のリスクである。
過去1か月間のブレント原油価格推移
出所:「FT」2022年3月23日現在
まず、本当に「CPC」パイプラインの操業が2か月間も停止してしまうのだろうか。
シェブロンとエクソンは「CPC」の株主でもあり、大油田テンギスのそれぞれ50%、25%の権益保持者である(残りの25%はカザフスタン国営石油、カザムナイガスが保有)。したがって、積出現場の「実態」調査に乗り出すであろう。
まずは調査結果が判明するまで待つしかない。
だが、もし事実で、2か月と言わずとも1か月でも修復に時間がかかるとすると、市況への影響は大きいものがあるとみるべきだろう。
それよりも、3月31日に予定されている「OPEC+」閣僚会合で、5月以降の生産政策をどのように定めるのか、定められるのかが注目される。
「OPEC+」の「OPEC」側リーダーであるサウジアラビア(サウジ)は3月21日、前日にイエメン・フーシ派の攻撃により西海岸ジェッダの石油製品供給施設が炎上する被害を受けたこともあり、「もはや石油市場に供給不足が生じても責任を負うことはできない」との声明を発表した(「FT」2022年3月21日「Saudi Arabia ‘will not bear responsibility’ for global oil shortages」*2)。
この声明は、米国がいくら増産を要請しても、イランがバックについているフーシ派をテロ組織と認定し、サウジやUAEが要求している両国のフーシ派との戦いに支援・協力しない限り応ずることはない、との意思表明だろう。
両国はこれまで「OPEC+」の枠組みに沿った石油政策を遵守することを繰り返し表明してきた。「枠」通りの生産ができない加盟国があるため、「OPEC+」として毎月40万BDの減産緩和=増産が実行できていないのは事実で。それが油価高騰の一因となっているのも明らかだ。だが両国は、現在の油価高騰は投機筋の思惑買いに地政学プレミアムが上乗せされたものとして追加増産に応じていないのだが、その基本姿勢を改めて表明したものと見られる。
また、ロシアのウクライナ侵攻についてサウジとUAEは、欧米とは明らかに一線を画し、ロシア非難の側には立っていない。
2月25日の国連安保理におけるロシア非難決議において非常任理事国のUAEは、中国やインドと同様「棄権」した。
3月2日の国連総会の非難決議においては、UAEはサウジと共に賛成票を投じているが、サウジのムハンマド皇太子は3月17日、岸田首相との電話協議の場で「OPEC+」の枠組み維持の重要性を強調したと報じられている。
やはり問題となってくるのが「OPEC+」の枠組みそのものだろう。
現在の協調減産は2022年4月まで有効である。5月以降の生産政策は3月31日の次回会合で協議し、定めることになっている。現行の「毎月40万BDずつ減産緩和=増産」方針を決めた昨年7月、UAEから強い要請のあった基準生産量の改定については合意している。したがって課題は、5月以降の減産水準をどうするのか、であろう。
2020年4月の970万BD協調減産は、残り200万BD強、従来方針であれば計算上、2022年9月には解消される予定となっている。だが、ナイジェリアやアンゴラなど「枠」以下の生産しかできていない国も多く、2022年2月段階で70万BD弱の「枠」未達であった。
そこにロシアの300万BD減産の可能性である。
そして3月23日の朝流れている、カザフスタンの100万BD生産減のリスクが加わる。
さらに忘れてはならないのが、基準生産量が5月以降、143.2万BD上方修正されていることである。
これらを合算すると、現行生産水準より400万BD以上(200+70+143.2)の減産緩和=増産が必要な上に、ロシアとカザフスタンの生産減合計が400万BDほどに上るリスクがある、という現実である。
いやはや。
「OPEC+」の枠組みは崩壊し、「OPEC」が主導して高油価安定化を目指していくのだろうか。
それとも、油価は世界経済が維持できない水準にまで上昇し、第三次オイルショック、スタグフレーションに見舞われることになるのだろうか。
(3月23日夜半脱稿)
*1 Russia chokes major oil pipeline in further threat to global supplies | Financial Times (ft.com)
*2 Saudi Arabia ‘will not bear responsibility’ for global oil shortages | Financial Times (ft.com)