#759 茂木外相中東歴訪:石油市場に与える影響は | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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「岩瀬昇のエネルギーブログ」第759弾

 

 茂木外相が8月15日から24日まで、中東を歴訪する。しかも、政治的に対立している多く国々を、同時にほぼ漏れなく廻る予定だ。

 添付の外務省情報によると、エジプト、パレスチナ、イスラエル、ヨルダン、トルコ、イラン、カタールを訪問、「平和と繁栄へのコミットメントを改めて表明」し、「法の支配に基づく国際秩序の重要性、新型コロナ対策、地域の安定に向けた連携等について議論」するとのことだ(「外務省」令和3年8月10日「茂木外務大臣の中東訪問」茂木外務大臣の中東訪問|外務省 (mofa.go.jp)

 今回訪問の意義および課題については、東京大学先端研池内恵教授が「アラブ世界を代表する日刊紙シャフルアウサト」に寄稿された添付コラムが詳しく、網羅的だ。ぜひ、ご一読願いたい(2021年8月13日「Japan Walking a Middle Eastern Tight Rope」satoshi ikeuchi - Twitter検索 / Twitter

 

 筆者の関心は、では石油市場にどのような影響を与えるのだろうか、という点にある。

 

 石油供給の面では、日本が今でも中東に多くを依存していることについては、読者の皆さんもご存知だろう。

 では、どの程度の依存度なのだろうか。

 手元にある「BP統計集2021」(Statistical Review of World Energy 2021 70th edition)によると、2020年実績では次のように「原油9割、石油製品3割、石油合計75%」となっている(単位:100万トン、%)。

        輸入量 中東から 中東依存率

  原油        123.5    111.5      90.3

  石油製品     40.1     11.7      29.2

  石油合計    163.6    123.2      75.4

 

 このように原油で9割、石油製品を含めた石油合計で75%を依存している中東が、日本のエネルギー供給にとってきわめて重要なことは論を待たないだろう。

 

 長期的には「2050年排出ネットゼロ」に向けて「脱炭素化」が進んだとしても、クリーン・エネルギーとして期待されている水素やアンモニアの供給源、あるいは「ネットゼロ実現の切り札」と「IEA」(国際エネルギー機関)も重要視している「CCS」(二酸化炭素回収貯蔵)の「適地」としても中東は極めて重要なのだ。

 

 短期的には、イラン原油の市場復帰がいつになるか、という点に関心がある。

 

 バイデン政権はこのほど、油価を下押ししようと「OPECプラス」に増産を要請した。

油価が高値安定し、経済全体のインフレ基調が強まる中、ガソリン小売価格がこれ以上高くなっては来年の中間選挙戦略に悪影響を与えかねないからだ。

 この突然の「要請」は、カナダからの「Keystone XLパイプライン」の建設を差し止め、連邦管轄地におけるシェール油ガス田「新規リース入札の中断」を行っていることと矛盾している、あるいは公約である「脱炭素化」を推進するために1兆ドルのインフラ建設予算に加え、3.5兆ドルの予算案承認を求めていることとも適合していない、との批判が上がっている。すなわち、化石燃料推進派からも非難され、環境保護派からも「クリーン・エネルギー化」を反故にする動きではないのか、と糾弾されているのだ。

またぞろ「NOPEC法案」(OPECが談合して油価を高くしているのは独禁法違反だ、という内容)が議論の俎上に上がりかねない、との指摘もある。

(『フィナンシャル・タイムズ』2021年8月12日「Biden to OPEC : Drill, baby, drill」Biden to Opec: Drill, baby, drill | Financial Times (ft.com)

 

 筆者は予てより、米国が油価を引き下げたいなら「イラン原油の輸出再開」につながる政策を採用するのが得策だ、と考えているが、「国益」というものはさほど簡単な一次方程式ではないのだろう(たとえば「新潮社フォーサイト 岩瀬昇のエネルギーブログ」2019年6月10日『安倍首相「イラン訪問」これしかない「手土産」』安倍首相「イラン訪問」のこれしかない「手土産」:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)

 

 「イラン原油の輸出再開」を実現するためには、ウィーンで中断している「核合意」を巡る米イ間の間接協議を進めることが必須だ。紆余曲折はあるが、イランに保守強硬派ライシ大統領が誕生したことにより交渉は中座している。これからいつ、どのようにして第7次ラウンドの交渉が始まるのか、注目を集めているところだ。

 

 このような環境下、米国が新たに経済制裁を科した、これが「イラン原油輸出再開」を妨げるのではないか、というニュースが流れている。

 業界紙「S&P Global Platts(プラッツ)によると、2020年に3回、イラン原油を船積みしたオマーン人企業家、傘下の複数の企業、および「VLCC」(Very Large Crude Carrier)「Oman Pride」号が制裁の対象だ、という。

いわゆる「二次制裁」といわれるこれらの制裁により、対象となった関係者・企業等は米国内の資産を凍結され、米国内での事業活動ができなくなる。米ドル決済もできなくなる。だが、すでに同様の制裁を受けている多くの中国企業・企業家同様、米国内で活動していない場合には、実質的影響はほぼないのだ。

 したがって、きわめてシンボリックな、いや政治的な影響しかない、ともいえる。

 

 今回のオマーン企業等への制裁は、ウィーンにおける米イ間接交渉に影響を与えることになるだろう。

 ライシ新大統領は、これまで「交渉推進派」と見られていたザリーフ外相の後任に、反米強硬派のアブドラヒアン元外務次官を任命したばかりだ(「ロイター」2021年8月12日「Iran’s Raisi names anti-Western hardliner as new foreign minister」Iran's Raisi names anti-Western hardliner as new foreign minister | Reuters。前述した「外務省」の情報では、茂木外相がイランで面談する相手は明記されていないが、おそらくアブドラヒアン外相になるのだろう。同外相が、ウィーンにおいて西側と前向きな姿勢で交渉に臨むように仕向けられれば、茂木外相の「大手柄」と言えるのではないだろうか。いずれにせよ、新外相がウィーン協議にどのような態度で臨んで来るのか、興味津々である。

 

 では、当該「プラッツ」記事の要点を、筆者の興味関心にしたがい要点を絞り込んで、次のように紹介しておこう。

 8月13日に掲載された記事で「US sanctions VLCC, Omani oil broker in latest sign of trouble for Iran nuclear talks」というタイトルである。

 

US sanctions VLCC, Omani oil broker in latest sign of trouble for Iran nuclear talks | S&P Global Platts (spglobal.com)

 

・米財務省は8月13日、オマーン人企業家と超大型タンカー「Oman Pride」号を、イラン原油輸出に関与したとして経済制裁の対象とした。これは、中座しているイランとの核合意交渉の妨げになるだろう。

・米財務省によると、オマーン国籍の企業家アル・ハブシは、イラン革命防衛隊の関与をごまかすために、船舶自動識別装置(AIS)を不正に操作し、船積書類を改竄し、わいろを支払ったとのことだ。

・米財務省はさらに超大型タンカー「Oman Pride」号も制裁対象とした。同船は2000年7月、8月および10月にイラン原油を船積みしていたことが衛星画像で船腹の動静をチェックしている「Kpler」社のデータで判明している。なお同船は8月13日現在、オマーン沖にいる。

・制裁対象にはアル・ハブシの所有するオマーン在の「Nimr International CLC」、ドバイ在の「Bravery Maritime」およびルーマニア在の「Nimr International SRL」が含まれている。

・イランの核開発を中座させることを目的とした「JCPOA」(Joint Comprehensive Plan of Action=包括的共同行為計画)への回帰と、米国によるイラン原油等への制裁を解除を目指して行われているウィーンでの協議は、イランに保守強硬派ライシ大統領が当選したことにより頓挫しているが、8月5日の就任式典が済めば再開するものと見られていた。だが、いまだスケジュールは確定していない。

・今回の新たな制裁により、遅くも来年夏までには本格化すると見られていたイラン原油約150万BDの輸出再開に暗雲が立ち込めている、と「プラッツ」のポール・シェルドンは指摘している。

・イランは2021年7月、2019年4月いらい最多の252万BDの原油生産を行っている。

・西側諸国は、最近オマーン湾で起こったタンカー攻撃事件についてイランを非難しているが、イランは関与を否定している。

・米国務省は7月中旬、核協議再開と制裁解除に関する協議をイランと再開する用意があると発言していた。

 

(2021年8月14日脱稿)