岩瀬昇のエネルギーブログ 9.Mirai(ミライ)の未来は? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

岩瀬昇のエネルギーブログ

エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

岩瀬昇のエネルギーブログ 9.Mirai(ミライ)の未来は?

トヨタ自動車が新型燃料電池車「Mirai(ミライ)」を1215日に発売すると発表した。価格は7236000円。エコカー減税等に加え、次世代自動車振興センターから最大202万円の補助金が出るので、購入者が負担するのは520万円程度になる見込みだ。

さて、Mirai(ミライ)に未来はあるのだろうか?

Mirai(ミライ)は水素ステーションで充填した水素を酸素と反応させて発電し、モーターを回転させて走行する車である。原理は弊著「石油の『埋蔵量』は誰が決めるのか? エネルギー情報学」(文春新書)の中で「水素エネルギーの可能性」として紹介した通りだ。トヨタによると、満タン(?)にして650km走行可能とのこと。  

一方で、ガス販売の大手、岩谷産業は1114日、自社水素ステーションで販売する燃料電池車向けの水素価格をキログラム(kg)あたり1,100円にすると発表した。

詳細は発表されていないが、Mirai(ミライ)は満タンにして5kgの水素が入ると言われている。

もし、そうであれば、5,500円で650km走行可能ということになる。もちろん、市中を運転する場合、カタログ通りの走行性能は期待出来ないとしても、相当安い。資源エネルギー庁が今年6月に発表した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」で示した価格目標、すなわち、2015年には「ガソリン車の燃料代と同等以下」、2020年には「ハイブリッド車の燃料代と同等以下」という目標を5年前倒しで実現出来ることになる。

では、万々歳か、というと、実は大きな問題が残っている。

その一つは水素ステーションだ。

皆さんもあまり見かけたことがないだろう。それもそのはず、今年6月時点で全国に19箇所しか存在していないのだ。日本最大のエネルギー会社であるJX日鉱日石エネルギーですら、福岡・北九州、横浜および東京・杉並の三箇所にしか保有していない。筆者が10年ほど前、タイのエネルギー大臣をご案内した昭和シェル石油の有明・水素ステーションは、2003年の開業以来、6年半かけて3,000台の燃料電池車に水素充填を行ったとお祝いをしたくらいだ。6年半で3,000台、というのは、1日に一台強の割合だ。民間のガソリンスタンドだったら経営は成り立たない。現状はあくまでも行政の支援を受けての実証実験目的の存在に過ぎないのだ。

トヨタのMirai(ミライ)発売の動きを見て、資源エネルギー庁は燃料電池車の普及を後押しするため、水素ステーションの設置認可基準を緩和する方針だ。だが、燃料電池車の価格を引き下げるためには大量生産が必要だが、大量生産するためには購入する人が増えなければならない。購入する側から見れば、水素ステーションが普及しなければ使い勝手が悪い。一方、一箇所1億円以上かかる水素ステーションを建設するには需要が見込まれなければならない。・・・

ここには「鶏と卵」の関係が存在する。

また、水素はガソリン以上に「危険」な面があるため、ユーザーが、社会が、この「危険」を十分に認知する必要がある。そうでなければあちらこちらで事故が発生し、社会問題となり、燃料電池車普及の足を引っ張ることになる。

ガソリン車が100年の歴史・経験を経て今日になっている現実を考え、啓蒙活動を含め、ある程度時間がかかるものと考えておいた方がいいだろう。

トヨタは、当面、水素ステーションの存在する地域で販売を開始する、としている。

そしてさらに忘れてならないのは、燃料電池車はけっして究極のエコカーではない、という事実だ。

確かに燃料電池車そのものはCO2を排気しないが、水素を製造する過程で大量のCO2を排出する。水素を製造するには水の電気分解という方法があるが、これは大量の電気を必要とするため価格競争力がない。また発電する際に相当程度化石燃料を使用するのは皆さんがご存知のとおりだ。水素製造は、やはり石油や天然ガスなどの化石燃料を原料とする方法が当面経済的だ。

一方、街のあちらこちらでCO2を排気するより、水素製造工場でまとめて排気する方が対処しやすい。たとえばCCS(炭素回収貯蔵)技術を応用してCO2を回収するには、やはり大規模にやらなければ効率が悪いのは事実だ。車の排気ガスを集めて、それを一箇所に貯蔵し、それから地中に閉じ込める、などということは現実的ではない。

従って、政策として燃料電池車の普及は望ましい選択だろう。

諸々の条件を考慮すると、Mirai(ミライ)の未来はぜひ明るいものであって欲しい。