岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

 本欄(「岩瀬昇のエネルギーブログ(エネブロ)」)「#975」(*1)および「#976」(*2)でご紹介した『石油が国家をつくるとき:天然資源と脱植民地化』(2025年1月27日、慶應義塾大学出版会)の著者、向山直佑氏が『天然資源と政治体制-「資源の呪い」研究の展開と展望』という小論を「アジア経済」LIX-4(2018.12)に寄稿されているのを発見し、読んで見た。

 同論文の「要約」が問題の所在と議論の将来方向を示唆しているので、煩を厭わず全文紹介しておこう。

 

〈石油をはじめとする天然資源が民主主義を阻害するという「資源の呪い」に関する研究は、石油と民主主義の間に負の相関関係を見出す「資源の呪い」肯定論に対し、それに真っ向から否定する否定論、そして「呪い」は特定の場合にしか成り立たないとする条件論が修正を迫るという形で展開してきた。最近の研究では、「資源の呪い」には時間的・空間的な限定が付されるようになっており、これは一方で理論の精緻化に結びつくものではあるが、他方で歴史的、あるいは国際的な要因の軽視に繋がる危険性を孕んでいる。植民地支配から脱植民地化に至る期間にまで遡って分析の対象とし、かつ国際関係の影響に注目しつつ研究することで、資源と政治体制の間の因果関係のより的確な理解に近づくことができる可能性がある。〉

 

 これは今回に限った話ではないが、この「要約」を読んでも学者先生と同じ土俵で議論することは筆者の能力を超えていると実感させられている。

 

 だが、学者先生が依って立っている地平線のありかは認識しておく必要がある。そこで本論考の中で向山氏が 

 

〈政治体制をめぐる「資源の呪い」研究の実質的な生みの親は、ロスだといってよい〉

 

と指摘しているので、Michael L. Rossの書籍 “2012. The oil Curse : How Petroleum Wealth Shapes the Development of Nations” (Princeton University Press)の翻訳本『石油の呪い‐国家の発展経路はいかに決定されるか‐』(吉田書店 2017年)を読んで勉強してみた。

 

 学者先生は、数多くの事例からある現象を説明できる体系的な論理を、最初は仮説として、そして数多くの検証を経たうえで理論として提出する。それらの事例の出所が明確であり、事例の再現性が確認でき、そしてその理論がより多くの学者先生から支持されて初めて学説と呼ばれるものになる。

 つまり、歴史的経緯や文化的背景、あるいは時代の影響下にある諸々の事象の、より本質的な、共通の核となる事実を理論として抽出しているため、現実から事象を眺めている筆者のような人間には、この理論は本当に正しいのだろうか、と首を傾げることが多々ある。また、では具体的な現実Aはその「理論」通りにBという結果になるのだろうか、と考え込むことが多い、というわけだ。

 

 たとえば向山本『石油が国家を作るとき』の読後感を記した前述「エネブロ#975、#976」では

 

向山理論で考えると「クルド自治区」の将来はどのように展望できるのかという課題〉

 

を検討することを自らに「宿題」として課している。

 

 そしていま読み終えて「ロス理論」はガイアナの将来にどのような影響をあたえるだろうか、と考えている。

 

 ちなみにここで「ロス理論」としているのは、筆者の大雑把なまとめでは次のようなことである。

             

 「石油(に代表される資源)の呪い」は、民主主義の疎外と経済発展の停滞に顕れる。ロスは、民主主義が発展しない一つの証左が女性の社会進出度合いの低さであり、それが経済発展の足かせにもなっている、と指摘している。

 また、産油国の経済の根幹をなす石油収入にはそもそも、次の4つの特性があり、その特性そのものに民主主義の疎外と経済発展の停滞をもたらす要因があるとする。すなわち「規模」であり、「発生源」であり、「安定性」(むしろ不安定性)であり、「隠匿性」である、と。

 これらを一つひとつ分析した上で「石油に関する良い知らせと悪い知らせ」と題した第7章で、「石油の呪い」を免れるために産油国は、次のことをすべきだと提言している。

 

1. 石油収入の規模を縮小する

2. 発生源を変更する

3. 安定化を図る

4. 隠匿性を排除する

 

 石油収入の規模を縮小する、というのは、当座必要な資金以上に資金を得ることになる石油生産を拡大することを控え、将来に回すべきだ、という意味だ。

 発生源を変更する、とは、現在の石油収入は政府の恣意性が強い国営石油からのものだから、たとえば民営化することなどで政府の恣意性を排除すべきだ、としている。

 また安定化を図るには、多くの国で行っているように基金を設立し、本来の目的通りに管理運営すべし、としている。だが現実には、為政者は「抜け道」を見つけ出し、必要な時期に必要な資金を運用できていない、と批判している。

 そして隠匿性については、NGOが監督できる社会を醸成すること、つまり民主主義の発展に依存せざるを得ないと認識している。

 

 だが、と筆者は思う。果たしてこれらは”現実的”な解決策だろうか、と。

 

 これはロス本がおそらく見落としている、「ハイリスク、ハイリターン」が石油開発事業の特質だ、という点に関係している。

 

 読者の皆さんはご承知のことだろうが、石油開発には「探鉱」「開発」「生産」という3段階がある。

 「探鉱」というのは、地下に目指す石油・ガスが賦存しているかどうかを見極める段階だ。当たれば大儲けできるが当たらなければ「全損」になる。最近でこそ技術の進展により成功確率は高くなっているが、かつては「千三つ」、千本掘って当たるのは3本、とまで呼ばれた事業だ。だからハイリターンが期待できなければ投資を呼び込むことはできない。まさに「ハイリスク、ハイリターン」の事業なのである。

 ロス本は、すべてが「開発」「生産」段階という前提で書かれているのではないだろうか。

 

 「千三つ」の石油開発事業に投資をしてくる石油会社は、最初の投資決断をするときから、ビジネスサイクル全般を見渡して経済計算を行い、政府と交渉して契約を締結する。すでに生産事業が行われている産油国なら、将来の開発生産事業がどうなるかを予測できる「石油法」が存在している。もし、まだまったく生産事業が行われていない「将来」の産油国との契約の場合は、開発生産事業に移行した後の経済性が確保できるような契約文言を盛り込むはずである。つまり、いずれにしても投資家(石油会社)は、最初の段階からビジネスサイクル全般を織り込んで経済計算を行い、その上で投資決断を行うのである。

 このような実態を承知していれば、事業が開始した後に石油収入の規模を縮小する、ということは現実的ではないと理解できるであろう。

 

 次の石油収入の発生源を国営石油から、たとえば民営化して違う主体に変更する、などの方策も現実的ではない。すでに生産事業が始まっていたら、かかる経営主体の変更は混乱をもたらすだけだろう。汚職、腐敗の材料を提供するようなものだ。

 

 そして最後の石油収入の安定化を図るために基金を設立し、透明性を持って管理・運営するという策も、時の為政者の恣意性を排除できるほどの成熟した民主主義社会ならいざしらず、これから発展し、民主化を目指す段階の国家には、排除するのは至難の業である。

 

 ここ数年、ガイアナが石油の呪いから免れられるかどうかが筆者の関心事になっている。

 「エネブロ」でも『#963 ガイアナ:制限の呪いから逃れらるか?』(2025年3月15日、*3)、『#973 南米の新興産油国ガイアナ「資源の呪い」を免れうるか?』(2025年8月31日、*4)を書いている。

 

 ガイアナの将来を考えるには「#973」で紹介しているニック・バトラー(当時、FTへの定期寄稿者)の次の提言(*5)が有益ではないだろうか?

 

・Depletion Policyを採用し、ゆったりゆっくり開発生産を進め、「レンティア国家」にならないようにインフラ整備から始めること

・将来に備え国家投資基金(SWF)を設立し、石油収入から積み立てておくこと

・将来は外国人に頼ることなく、自国民で政治経済を運営できるよう自国民の能力・手腕向上に資すること

・エクソンなど大手国際石油が国家建設を支援すること

 

 この提言は生産開始前の2018年2月になされたものだ。原油発見が2015年、生産開始が2019年12月なので、ほぼ2年前にあたる。

 したがって、最初の「Depletion Policy採用」はロスが指摘していることでもあるが、エクソンの開発計画に対してガイアナ政府が注文をつけることが可能な時期だったと思われる。

 もっともPSA(Products Sharing Agreement=現在、最も普遍的な石油開発契約)では生産開始から数年間は「コスト回収」として石油会社が大半の収入を確保するのが通例なので、この段階で政府側が「Depletion Policy」採用を提言するのは政治的に難しかったかもしれない。

 

 国家投資基金(SWF)については「エネブロ」を書いた時点では確認できていなかったが、「岩瀬昇のYoutube のびパパエネルギーチャンネル『岩瀬昇のエネルギー基礎講座 #63 ガイアナ:資源の呪いを免れる?』(*6)の中で詳細に説明しているように、2019年にNRF(Natural Resource Fund)を設立しており、2025年3月段階で残高33.3億㌦(約5千億円)になっている。今後、順調に、健全に管理・運営されていくかどうか、要注視である。

 

 

 

 自国民のレベル向上、一言でいえば教育に資金も労力も割くことはきわめて重要なことだ。

 サウジは石油会社を国営化した後、数十年を経てサウジ人が経営のトップに座るまでにレベル向上に成功している。大事なことは「時間がかかる」ことを念頭に、地道に、だが着実に進めて行くことだろう。

 

 そして最後の大手国際石油の「協力」については、当面、未着手のガス(原油随伴の天然ガスが膨大にある)を生産し、ガス火力発電所を建設するというパッケージ・プロジェクトを事業化できるかどうかがカギを握っているのではないだろうか。

 

 先ごろの選挙で、エクソンとの協力を前提とする与党が再度政権を担うことになったので、今後の進展が楽しみである。

 

*1 岩瀬昇のエネルギーブログ #975 向山直佑著『石油が国家を作るとき』を読んで | 岩瀬昇のエネルギーブログ

*2 岩瀬昇のエネルギーブログ#976 追補:向山直佑著『石油が国家を作るとき』を読んで | 岩瀬昇のエネルギーブログ

*3 岩瀬昇のエネルギーブログ #963 ガイアナ:資源の呪いから逃れられるか? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

*4 岩瀬昇のエネルギーブログ #973 南米の新興産油国ガイアナ 「資源の呪い」を免れうるか? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

*5 How Guyana can avoid the curse of oil

*6 のびパパエネルギーチャンネル#63ガイアナ:資源の呪いを免れる? - YouTube