公式HPがなかなか重たいので、こちらでも情報を

出来る限りお伝え致します(不定期ですが・・・笑)


(木曜日)

公式練習Aグループ

・1位 F.C.C. TSR ZIP-FM Racing Team 辻村猛/伊藤真一組

・2位 セブンスターホンダ7 清成龍一/宇川徹組

.3位 YSP&PRESTOレーシング 中冨 伸一/吉川 和多留組

 ・

・6位 セブンスターホンダ11 

 Chris VERMEULEN/藤原 克昭組

 ・

・11位 ホンダドリーム・チーム桜井ホンダ71 

 生見 友希雄/鎌田 学/清成 健一組


 出てるし>学 (*^ヮ')b


公式練習Bグループ

・1位 ヨシムラスズキJOMO with SRIXON 渡辺篤/加賀山就臣組

・2位 F.C.C. TSR DyDo MIU Racing 出口 修/手島 雄介組

・3位 CASTROL-The0123-SUZUKI Team 

 北川 圭一/Vincent PHILIPPE/Matthieu LAGRIVE組


9秒台は辻村・伊藤組だけのようです。恒例の「予選だけ組」になって

欲しくはないです。

登別ラーメン

(北海道人の私にとって「鈴鹿の謎」)


もう多くの人は今週末の決勝に向けて、鈴鹿入りしている

のでしょうねぇ・・・・・(羨望)


8耐公式HPもこの時間からアクセス制限がかかっていて

いよいよ本番という印象です。

http://www.suzukacircuit.co.jp/8tai/


現地に行けず・・・の方々(私を含め)

多くはスカパーの完全生中継をご覧になるか、

http://www.skyperfectv.co.jp/sports/motor/

インターネット配信か

http://8tai.yahoo.co.jp/


この辺での観戦になるのでしょう。

ちなみにこの土日、私の住む札幌は雨模様なので、

「ビールを飲みながら」という感じではなく、じっくり

しっかり観戦できるかなぁと思っています。


最も残念なのは、我が旧友「鎌田学」のエントリーが

今日まで見あたらないこと。強運の学ですから、まだ

何があるかわからないかな?とは思っています。


現地へ行かれる皆さんは、くれぐれも事故などないように

私の分まで楽しんできてください!


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「鈴鹿の謎」


それは1999年に現地を訪れたときに見つけた

ラーメン屋の看板です。


「登別ラーメン???」 なんじゃそりゃ???(笑)


そんなもの、少なくとも北海道登別にはないぞ。

札幌や旭川、上川、函館あたりは聞いたことがあるけど


今もこの店あるのかな?

今となっては喰って見るべきだったと後悔。


今も店はあるか?食べたらこうだったという情報

切に希望します(^^)/

昨日は「加藤大治郎」との一期一会の話題を書きました。


加藤大治郎は逝ってしまいましたが、1999年の8耐へ

行った時には、彼が亡くなるなんて夢にも思って

いませんでしたから、正直「加藤大治郎と会いに」と

言う感覚は皆無でした。


どちらかというと、この年、ホンダから

「ドリームチーム100」としてエントリーしてきた

フレディー・スペンサーとジョン・コシンスキーのペア

に私の思い入れはあったと記憶している。


フレディー・スペンサーと言えば、私がバイクに興味を

持ち出し、WGPという選手権の存在を知ったのが

1980年頃。


勿論私のヘルメットはアライのスペンサーレプリカ。

ダイネーゼのツナギもあこがれだった。


当時ホンダは2ストローク全盛の時代にNRという4スト

にチャレンジをしていた時期で全く成績は振るわず、

スズキの黄金時代であった。


そこにケニー・ロバーツがアメリカからひょこっとやって

来て、ヤマハと共に3年連続のチャンピオンを決めた。


この事態にやっと重い腰を上げたのがホンダであった。

2ストローク3気筒(ここで3気筒なのがホンダですよね)

の新型開発マシン「NS」を1982年シーズンより投入。

その時にアメリカから連れてきたのが、若干20歳の

フレディー・スペンサーであった。


この年ベルギーで初優勝を飾り、翌1983年シーズンは

同じアメリカ人のケニー・ロバーツと歴史に語られる

戦いを繰り広げる。


12戦中ケニー6勝、スペンサー6勝というまさしく死闘の

中、わずかなポイント差でスペンサーはタイトルを獲得する。


その当時からホンダファンであった私は、この結果に

一喜一憂ハラハラドキドキしていたことを昨日のように

思い出す。


その彼ともしかしたら会えるかも・・・

それが私にとって1999年8耐の最重要ポイントであった。


その目標はあっさり達成される。


金曜日に鈴鹿のオートキャンプ場へ設営を終え、本コース

に向かい、パドックへの地下通路を通り、上がった瞬間・・・・・


私の前を、数人のスタッフと共に横切った群れの中に、

ひときわ長身の彼がいた。

勿論話しかけることなどできなかったし、写真すら撮る寸秒の

タイミングもなかった。


まさに不意打ち遭遇である。


瞬間凍り付いたように足が止まった自分を覚えている。

本当に感動で鳥肌が立った。不思議な感覚だった。


これがスペンサーとの今のところ「一期一会」だ。


結局彼は練習走行で転倒し負傷。予選も挨拶程度に

周回しただけで、本戦は武田雄一にバトンを渡すこととなった。


この時彼の走りを見れたらどうだったろうか?

そんな野暮なお話はなしです。

この瞬間の事を私は宝のように大事に記憶している。

ただそれだけである。


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スペンサーと共にレースをリアルタイムで見てきた私には

ニッキー・ヘイデンの登場は、私にスペンサーを思い出させた

事は言うまでもない。

まさしく私にとっては「同じ」と言っても過言ではない。

そして、スペンサーと同じように思い入れがある選手だ。


スペンサーほど鮮烈で華々しい活躍を残している訳では

ないが、ニッキーのアメリカGP優勝は、とても感動的であった。


そんな彼にも会えるように、鈴鹿8耐はmotoGPと同日開催

というスケジュールに関し、何とか再考願いたいというのが

私の思いであり願いでもある。


メランドリや玉田、ヘイデン、バロスが走り、国内勢とガチンコ

する8耐をまた見たいと思うのは私だけではないはず。


桜井ホンダ71号車 キャンプ場

(上:1999年8耐71号車・加藤大治郎/玉田誠組

 下:当時のオートキャンプ場の様子)


1999年7月・・・

85年に8耐を知ってから14年後に、遂に「聖地」鈴鹿に

たどり着いた。


正直、観覧車を見たときには言葉に表せない高揚が

ありました。これは何と表現して良いか、言葉が

見つかりません。


金曜の深夜に現地付近に到着。夜は付近の駐車帯で

過ごし、金曜のゲートオープンとともにオートキャンプ場

入りした。


とにかく暑い。

北海道人には耐え難き暑さである。

ビール大好きの私でも、脱水症状状態に近い物があり、

アイソトニック系か水しか受け付けない状況だったのを

思い出す。


このオートキャンプ場で私は加藤大治郎と接近遭遇した。


土曜日と日曜日の早朝のことである。


6時頃から朝食の用意をしていた私は、このキャンプ場内

をジョギング程度の走りで周回する集団を見た。

私が火を起こしている真横を通過する集団・・・それは

HRCのライダー達であった。


土曜日は「あれあれあれ・・・」と思っている間に通り過ぎて

しまったから、声すらかけられませんでしたが、日曜は

ほぼ待ち伏せ状態。


予定通り同じ時刻にやってきたジョギング軍団。

その集団に「おはようございます!」と声をかけると、返事が

あったのは辻本聡さんだけだった(笑)


土日ともに一番最後にやってくるのが、加藤大治郎だった。

しかも同伴はたぶんお母さんだったようだ。


とても眠そうな表情が印象に残っている彼にも声を

かけた。「大ちゃん、頑張ってな!」

こちらを「誰だ?」って表情で見つめる大ちゃん・・・

挨拶を返してくれたのはお母さんの方だった。


これが彼との一期一会の接近遭遇となる事を私は全く

予期できてはいなかった。


今もHRCの連中はここを朝トレに使っているのだろうか?

オートキャンプ場利用者は寝坊禁物だ。


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今年もインターネット中継があるようだ。

詳しくはこちら↓↓↓

http://8tai.yahoo.co.jp/

1999-8耐1

(1999年鈴鹿8耐にて:ヨシムラ時代の鎌田学と)


ブログってのは、ちょっと油断すると全く書けなくなることが

よくわかった。


1日休むとあっという間に「怠け者」体質が出てしまって、

気づいたら一ヶ月。


何が復活の原動力になったかというと、更新もされていない

私のブログに、必ず10数人が訪れていることであった。


本当に皆さん、ご期待を裏切ってごめんなさい。

今日を持って「怠け者」の自分を封印します。

懲りずに来てくださった方、本当にありがとう。

今度「怠け者」になっていたら見放してください。


そんなわけで、私にとって「特別」なレース

鈴鹿8耐が今週末決勝を迎えます。

今年は宿泊先を確保できなかったので無念のDNQ

ですが、週末はスカパーに張り付く予定です。


まさしく「ホンダが落としてはならないレース」8耐!

勝つ物と信じて、今年も8時間併走します。


筋書きのないドラマを心から期待して・・・・


(念願の8耐生観戦は、初めて8耐を知ってから

 14年後の1999年であった。そこには、大治郎も

 バロスも岡田もスペンサーも宇川も・・・・・そして

 旧友鎌田学もいた)


To be continued