The Zone of Interest(関心領域)

 

 

ワーニャ (c) Marc Brenner

 

最近観たこちら二本の映画も大当たりだったのでちょこっとだけ話します。

 

まずはカンヌ映画祭グランプリ受賞、その他にも多くの賞を受賞して今話題沸騰の映画「The Zone of Interest (関心領域)」

話題作とあって、映画館の席もかなり埋まっていた。

監督はジャミロクワイの傑作MV「ヴァーチャル・インサニティ」を手がけたジョナサン・グレイザー。

 

ストーリーをご存知の方も多いと思うが、一言で言ってしまえば、第二次世界大戦下でヒトラー率いる第三帝国が主にユダヤ人を収容するために建設したポーランドにある強制収容所アウシュビッツの隣に住んでいたナチスの高官ルドルフ・ヘス一家の日常を映した映画ということになるのだが、そこに映っていないものを観客の頭に想像させることで初めて完成、その恐ろしさが何倍にも膨れ上がって観客の頭に残る、というとてもクレバー(利口)な映画。

 

上記の宣伝写真にあるような緑と花があふれる牧歌的な邸宅に住むヘス一家。きちんと整った身なりの子供たちは庭のプールで、そして時には近くの小川で水遊び、ドイツの夫人らしい質実剛健でしっかり者のヘス夫人はお気に入りの庭で家庭菜園に勤しんでいる。決して華美ではない、実用的で丈夫な調度品で清潔に保たれた(もちろん使用人が何人か住み込みでいる)家屋の鍵を夜中に一つ一つ閉めて回るのは一家の主人、ナチスの重鎮ヘスの役目だ。

 

私たちがスクリーンに見るのはそんな彼らの几帳面で完璧にきちんとした生活の様子。

 

しかしながら、その画面の奥には風景の一部としてガス室からの黒い煙が延々とたなびいていて、その手前には邸宅の壁と並行して作られている鉄条網の強制収容所のレンガ塀が見てとれる。さらに、BGMとして年がら年中、壁の中で行われている蛮行を(見なくても)知る機関銃の銃声、逃げ惑う人の叫び声が聞こえてくる。

 

まさにスープが冷めないどころかすぐ隣で昼夜を問わず行われている(映画の中でいかに効率よく、収監している人たちを多く焼却するかについて焼却システムの会社の人たちと話あっているシーンもある)ことからは意図的に、もしくは習慣として無視することに慣れてしまったのか、、、そちらのことからは目を逸らし、自らの将来プラン、欲望を叶えようと生きるヘス一家の人々。

 

血も虐殺もみせず淡々と彼らの日々の営みが続く中、あちらこちらに仕込まれた彼らのちょっとした本音—(ネタバレ注意)妻がユダヤ系の使用人に苛立ちを見せ、あんたなんか主人に頼んでいつでも塀のあちらへ送り込んでやる、、と話したり、ヘスがナチスの祝勝パーティーに参加した際にそこの建物を使って人を焼却するとしたらどのくらいの効果をあげられるか空想してみたり—に背筋が凍る思いをする。

この物語を観て、終盤に挿入されれている今のアウシュビッツの映像もかなりの怖さを肌感覚で感じさせる。

 

想像を拒絶した無関心な人々とは、、今のわれわれに鋭く問いかけてくる。

 

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「ワーニャ」

 

英国で上演された舞台作品を映像で観るNTライブで、こちらも超話題作となっている映画。

アイルランド人俳優アンドリュー・スコットがチェーホフの「ワーニャ伯父さん」をベースに日本でもファンが多い英国人劇作家サイモン・スティーヴンスが英語版として脚色した脚本を一人で演じている。

 

****** NTライブ HPより ********

アイヴァン(ワーニャ)は、一族の財産と事業を管理することに人生を費やしてきたが、その努力はほとんど顧みられることがなかった・・・。

アンドリュー・スコットは本作で、映画監督アレクサンダーと彼の2番目の妻ヘレナ、アレクサンダーの娘ソニア、乳母モーリーン、恋敵の田舎医者マイケル、乳母マリア、そして祖母エリザベスと不動産管理人リアム、そして主人公を演じる。

デューク・オブ・ヨーク劇場での上演を撮影

 

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ここにあるようにチェーホフのロシア名は英語名に(例えばワーニャ伯父さんの”イワン”が”アイヴァン”に医者の”ミハイル”は”マイケル”になっている)変えられ、より身近な人物として演じられる今作。

 

舞台の中央に部屋に入ってくるドアがあり、そのドアを通った瞬間、またそのドアのある狭い壁に隠れた瞬間にアンドリュー・スコットは見事に違う役となって現れる。

極端に声色を変えたり、衣装を変えたり、つけ髭をつけたりするわけではないのだが、確実にソニア(ソーニャ)として女性の悩みを打ち明けていたと思ったら、ドアを通った瞬間に傲慢な初老の映画監督アレクサンダー(アレクサンドル)として現れ持論を主張する。

 

この次々と役が変わる一人芝居の構成を潤滑にしているのはサイモンのセリフ選びと言葉選びであることは間違いない。

でもって、何と言っても男でも女でも、いつの世にもそこここにいる、生きるのに下手なロシアの人々を一人で演じ分け、演じ通してしまったアンドリュー・スコットがもの凄い!!

 

もちろんチェーホフの原作が素晴らしいことは言わずもがななのだが。

 

これが出来てしまう英国演劇界、やっぱり目指すところだな、と痛感した。

 

演出は英国人のサム・イエーツ。