下北沢の本多劇場で林遣都主演、倉持裕作・演出の不思議な幻想譚「帰れない男~ 慰留と斡旋の攻防〜」を観た。

巷で評判になっていたのでぎりぎり千秋楽のチケットを入手して観に行ったのだが、これがあっぱれな完成度で思わず上手い!とうなりたくなるような出来だった。

 

******* 演劇サイト より******

思い返すと、その屋敷は確かに立派な門構えではあったが、迷子になるほど中が広大だったとは、男(林遣都)は思いもしなかった。
 男は、気まぐれに親切にした若い女(藤間爽子)に招かれそこへ来た。最初、女はこの屋敷の女中かと思っていたら、実は主人(山崎一)の女房だった。年の離れた亭主を持つと、若くともこんなアンバランスなムードを身にまとうようになるのかと、男は勝手に納得する。
 屋敷の中は薄暗い上、廊下も恐ろしく長く、部屋の数も分からなかった。
 数日経って、友人(柄本時生)が連れ戻しに来たが、男は「帰ろうにも出口にたどり着けないんだ」などと困った顔をする。

 中庭を挟んだ向かいの広間で、夜ごと催される誰かの宴。その幻想的に揺らめく人影をぼんやり眺める女に、男は次第に惹かれていく。男を躊躇させるのは、留守がちで、まるで自分の妻を斡旋するかのような、主人の謎の振る舞い。
 引き留めるわけではないが、時折、何やら共謀をほのめかすような女と、その主人との間で、男は次第に正気を失っていく……。

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上記のあらすじにあるように、なんとも不思議なサスペンスで、登場人物たちの私生活—得に夫婦関係、彼らの本心がわからないまま、表面上の日常の時間が過ぎていく。

最初は”ご迷惑になるので。。”と家から出ようとしていた男だが、その一方でなにやら自宅に帰りたくない、いやそもそも自宅の存在を忘れたいようなそぶりも見せ始める。

また、若い女主人—藤間爽子が怪演、その佇まいだけで彼女の人生を語っているよう—の方も、なにやら内に隠しきれない何かを抱えているようだ。

そんな二人の内にあるものが突き動かされ、徐々にゆっくりと二人の距離を縮めていくのだが、時は昭和の初め、、今どきの男女のように携帯で秘密に思いを伝えるなどということもなく、また屋敷に常駐している女中(佐藤直子ーこちらの演技も素晴らしかった)、そして主人の住み込みの書生(新名基浩)が終始周りでうろちょろしているため、思いを言葉にすることもなく、時だけが過ぎていく。

屋敷の主人は若妻が抱えている何かに気づきながらも、年を重ねた大人であり人生の成功者である余裕の態度を崩すことはできず、気づかないふり、、いやむしろ意図的に気づかないよう努めている。

 

ーーー とこのように、それぞれの本当の思いが言葉として語られることなく、言葉にならないセリフ—幻想譚らしく、その語られない部分に関しては観客が想像するしかない—が舞台上で充満していく。

その充満していくスピードまでもが計算され尽くしているところがこの戯曲の美しいところだ。

 

サスペンスとして綿密に計算された美しい戯曲に、精鋭されたキャストたちの笑いを含めての見事な演技、屋敷と中庭、そして向こう側の障子に影が映る居間といった美術のからくりを含め、この心理サスペンスとそこに盛り込まれたコメディをみごとにまとめあげた倉持の演出。この強弱の妙がバランス良く成り立っていて作品として非のうちようがない。

 

楽日のカーテンコールで作・演出の倉持に大きな拍手が送られていたことがそれを証明していた。


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