シアタートラムで小野寺修二率いるマイムカンパニー、カンパニーデラシネラの新作舞台「the Sun」を観た。

 

 

******** 演劇サイト より ******

 

アルベール・カミュ未完小説をモチーフに、尊厳と誇りと家族についての物語

アルベール・カミュのエッセイに、こんなくだりがあります。「私は所有ということを知らない…(中略)…あり余りはじめるやいなや消滅するあの自由に貪欲なのだ…(中略)…私はなにも羨望しない。それは私の権利である」そしてカミュは「太陽は私に、歴史がすべてではないことを教えてくれた」と言います。

カミュの反語的姿勢を考えると、何周もした「羨望しない」と感じますが、僕自身、持たないことからくる自由、ということに実感があります。金銭面だけではない所有、例えば際限なく求める情報、際限なく求める快適さ、人と横並びたい心境、そしてそこから離れるには?立ち止まることと沈黙にヒントがあると思っています。一度止まる。

カミュの母親は、ろう者だったそうです。家族を描くカミュの視線。その心に通底する信念。カミュはいつか書く作品の中心に据えたいこととして次をあげます。「一人の母親の素晴らしい沈黙と、この沈黙に釣合う愛や正義を見出すための一人の男の努力」

今回のデラシネラ新作『the sun』で描くのは、アルベール・カミュの自伝と言われる未完小説をモチーフとした、尊厳と誇りと家族についての物語です。

(アルベール・カミュの文章抜粋は全て『裏と表(訳:高畠正明)』より)

 

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アルジェリアで生まれ、幼少期をそこで過ごしたカミュの物語であるので、舞台上に造られた白い壁の塔のような家屋、トルコ帽を被った男性にベールやショールを羽織った女性、、とアルジェリアの風土、文化が感じられる作りになっている。

 

そこで、カミュ少(青)年の日常、ろう者である母親との日々が綴られる。

思い出の断片であるため、一つのストーリーのようなものはない。

———なので、カミュのことをウィキなどで調べておいた方が、あ、これはあのエピソードだな、などとさらに楽しめるはず。

 

今回の舞台で(ある意味)思いがけず、でも確実に見どころだったのが、ステージ上でライブ演奏、または歌唱で音楽面を担当していた桂小すみ。始めは三味線演奏者として、時に唄(セリフ)もつけて登場していたのだが、次々と、太鼓や笛、鐘などの鳴り物演奏、オペラ歌唱、、、などなど、ふと気がつくと楽器を変えてどんな場面でもそれに適した音を出していた。

当日パンフによると国費派遣でウィーン国立音楽大学ミュージカル専攻科を卒業しているのだそう。その後音曲師(落語の間に寄席で三味線を用いて唄の芸を披露する芸人)となり、数々の賞に輝いているそうで、その多才ぶりに目を見張った。

 

 

べティーズビューティー