東京芸術劇場シアターイーストで彩の国さいたま芸術劇場が2022年に劇団はえぎわのノゾエ征爾を招いて若い演劇人、俳優を対象に行ったワークショップから創作した「マクベス」を観た。台本・演出はノゾエ征爾。

 

(演劇関係者に限らず)若い人でシェイクスピアを敬遠している人、興味はあるけれど大作舞台ゆえ観る機会があまりない、と言う人、、、100分にぎゅっと凝縮、それでも中身は濃いままのこの舞台をぜひぜひ観て欲しい。

シェイクスピア戯曲も楽しめるし、演劇というものの創造性も楽しめること請け合い!!

 

具体的な舞台セット、大道具などはなく、その代わりにずらっと舞台に並べられた木の椅子が美術としても、またその椅子を床に打ち付けて鳴らすことで音響効果も生み出している。その椅子が奏でる規則的なリズム、そして同サイズのシンプルな木製の椅子が作り出す変幻自在の演出は個人的にも大好きな山崎清介率いるイエローヘルメッツ—旧”子供のためのシェイクスピアシリーズ”(https://www.gmbh0802.com/)の基本演出方針を彷彿とさせる。

子供も楽しめるシェイクスピア、は当然大人も大いに楽しめる。

 

スタイルが確立されていることで流れるように進むシェイクスピア劇の上演は意表をついた若い感覚の音楽使用も含め、新鮮でワクワクするものだった。

 

もちろんシェイクスピアの戯曲は文学として素晴らしく、一つ一つの言葉も重要なのだが、時として、、特に日本での上演においてはその細やかな英国の情報が整理をする段階で混乱をもたらし、劇の本当の面白さまで辿り着けなくさせてしまうことも。

得に初見の人にはなかなかにハードルの高い観劇となることもあり、理解をあきらめついには眠りを誘ってしまうこともある。

 

そんな意味においても、このような良い意味で”わかりやすい”シェイクスピア劇上演も(日本でとくに)十二分に意義があるものだと思える。もちろんこれを観たあとに、もっと知りたい、、となって戯曲を読むも良し、フルバージョンの舞台を観るも良しなのだから。

 

ノゾエの台本は100分という上演時間からしても、松岡和子の翻訳版から抜粋しているものなのだが、物語を理解するのに足りないところはなく、むしろ松岡翻訳の美しい文章をピックアップして強調し、もしかしたらフルバージョンの中では埋もれてしまいかねないシェイクスピア(=松岡訳)の素晴らしさを見事に伝えている点でも一見の価値あり。

 

週末まで池袋で上演しているので、ぜひシェイクスピアを日本ならではの別の方法で楽しんでほしい。