日生劇場で香取慎吾主演の音楽劇「テラヤマキャバレー」を観た。

 

********* 演劇サイト より *********

 

寺山修司が亡くなる前夜から始まります。寺山修司47歳、死を迎えるその瞬間何を思ったのか?自身の死をも劇化し人々に何かを残そうとした寺山修司。まだ残したい言葉がある、胸躍るようなスペクタクルが作りたい、人生という物語を完結させたくない、死を目前にしても、作品を創ることへの熱い思いは消えませんでした。
寺山の前に「死」という登場人物が現れ、「死」と寺山の間で取引が交わされます。「日が昇るまでに、私(死)を感動させられる作品を作る猶予をあげよう」。寺山の残された命はいかに?最後に作りたい作品は完成するのか?「死」を感動させるため、また寺山自身も満足するまで、寺山最後の作品を命がけで作ろうとする個性あふれる劇団員たちと共に作り上げた作品とは?

 

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英語のプレビューはこちら;

 
日本演劇界の至宝寺山修司没後40周年ということで、昨年から今年にかけては寺山作品上演、寺山オマージュ作品が目白押し。
 
そんな中、おそらくこの作品の発案者の一人であった今作で演出を担当している英国人演出家デヴィッド・ルヴォーははっきりと「この作品は、寺山を「再現」することが目的ではありません」と語っている。
 
パンフレットの中でルヴォーは彼が19歳の時にロンドンで寺山の天井桟敷の「奴婢訓」の舞台を観たのだが、その衝撃を一生忘れることはない、と書いている。
そう、この作品は日本とのつながりが深く、日本でも日本人俳優と何本も作品を作ってきたルヴォーから自身に多大な影響を与えた寺山に捧げる感謝をこめたお返しのステージなのだ。(脚本は「ゆうめい」の池田亮)
 
寺山(香取慎吾)が47歳で(!!)亡くなった1983年5月4日の前日、彼の前に現れたあの世からの使い(凪七瑠海)は寺山に最後のステージを作り上げるため時間の猶予を与える。キャバレーでスタンバっている劇団員たちと一緒にリハーサルに挑む寺山。
 
自由奔放な劇団員たちを時に叱咤しながら、寺山ワールドを展開していく死を目前に控えた芸術家。寺山の詩がのった楽曲が次々と披露されていく。
 
この日比谷の日生劇場でのスケールの大きなエンターテイメント舞台、何と言っても(元)SMAP香取慎吾のパフォーマーとしてのカリスマ性がこの舞台を最初から最後まで眩いほどに光を放っている。
 
それはもちろん、若き日に寺山の祝祭性に目を見開いた、そしてその後何十年も日英の演劇界のトップを走ってきたルヴォーの演出があればこそだ。
 
香取は華やかさだけでなく、その舞台上でのごくごく自然な佇まい、台詞術も見事で、演じているというよりもまるでその場を生きているよう、歌が力強いのにも驚いた。
 
全体的に今回の俳優陣の歌唱は見事で、多彩な歌声を楽しめた。
 
あと、やはり目についたのが舞台の申し子、成河の存在。この人も、まるでそこに生きているような彼の自然でリアルな一挙手一投足ゆえに、ついつい群衆の中でも彼の姿を追いかけてしまう。どこにいても、どんな瞬間でも彼の演技は魅力的だ。
 
そんな芸達者が揃ったエンタメ舞台、SMAPってやっぱりすごい!!
ルヴォーもすごい!!、そして成河も、伊礼彼方、平間壮一、花王おさむ、横山賀三、村川絵梨も、、日比谷で豪華なエンタメをご堪能あれ。