吉祥寺シアターでオフィスコットーネの「兵卒タナカ」を観た。

 

前オフィスコットーネ代表の亡き綿貫凛さんが上演を熱望していた戯曲だそうで、タイトルに日本人の名前「タナカ」があるように(原題 Der Soldat(軍人))ある一兵士タナカ(平埜生成)が戦争という非常事態における現実=国家戦略のもとで価値をつけられて使われる市民、その延長線上で見捨てられる戦力外の人々を目の当たりにし、それによる家族の悲劇に立ち会ったことで自らも裁判にかけられ、罰を受けながら辿り着いた真実への道のりを描いた大作だ。

 

****** 演劇サイト より ******

 

「陛下があやまるべきであります」――
貧しい農家の出身である兵卒タナカは、休暇をとり、戦友ワダとともに実家を訪れる。軍人となった息子が帰ってくることを一家は喜び、贅の限りを尽くして迎え入れるが、村は不作が続き、大飢饉のまっただ中にあった。
自身の軍人という身分が、もっとも身近な存在の犠牲により成り立っている現実を突き付けられたとき、タナカが信じて疑わなかった世界が音を立てて崩れていく―――。

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驚くべきことに、この日本人の悲劇を書いたのがドイツ人作家だということ。

てっきりドイツの戦時下の話を今回の上演のため、日本に置き換えたのかと思っていたのだが、そうではなく劇作家ゲオルク・カイザー(1878-1945)は最初から日本の設定にしてこの戯曲を執筆したとのことだった。(ドイツの話にはできない当時の世情もあったのかもしれないが)

ドイツ演劇研究者の新野守広氏によるパンフレットの解説によると、今のようにネット検索もなく、日本を訪れたこともないカイザーは文献や新聞記事からの知識をもってこの戯曲を書き上げたということのようだ。

そのドイツ語戯曲を日本語翻訳した岩淵達治の丁寧でナチュラルな翻訳文のおかげもあり、日本の農村で起きた悲劇として自然に受け止めることができた。

 

舞台中央、天井から黒い球が下がっていて、民衆の上方でその姿はわからないが不気味に覆いかぶさる権力を象徴している。その下には四角い2段の台があり、そこが役者の演技スペースとなっている。シンプルー何もない空間を上手く使い、ステージで起きている人間同士のやりとり、会話に意識を集中させている。(美術:池田ともゆき)

 

実際、劇が進み世の中の実態が知れてくればくるほど、表面(村の両親と祖父はごちそうやお酒で兵士タナカとその同僚ワダを歓待する)の裏に隠されたお金がらみの秘密を示唆するようなセリフ、態度、表情を役者の演技から推測できるようになってくる。(演出:五戸真理枝)

 

3部からなるその話の構成(起承転結)がよくできていて、主人公がまさに身を持って知ることとなるその過程が驚きとともに理をもって明かされていく。

 

幅広い年齢層の役者が集まって、細部に説得力のある作品に仕上がっているのはプロデュース公演の賜物だろう。アフタートークで演出の五戸と数人の役者が今作の稽古の様子などを語っていたのだが、さまざまなところから集まった座組みを五戸がうまくまとめ上げているのがわかる関係性ができているのを感じた。