新国立劇場でトニー・クシュナーの大作でピューリッツァー賞受賞戯曲「エンジェルス・イン・アメリカ」を上村聡史が演出した舞台を2日かけて観劇。(第一部「ミレニアム迫る」3時間半、第二部「ペレストロイカ」4時間の上演時間のため。ちなみに週末は2本を昼、夜で一挙に観られるスケジュールもあり)

 

小川絵梨子芸術監督の企画でオーディションによるキャストとなっている。

 

世界各国での上演のほかにテレビドラマやオペラ(フランス)にもなっている傑作戯曲で、日本でも故ロバート・アラン・アッカーマンの演出で1994年にセゾン劇場で、そして2004年には同じくアッカーマンの演出でtptで上演(07年に再演もあり)されている。

その後、KUNIOの杉原邦生の演出で2009年にも上演された。

KUNIOの舞台は見逃している(大失態!!観ておけばよかった〜〜〜)のだが、tptでのアッカーマンの舞台は初演、再演ともに駆けつけていて(もしかしたら2回ぐらい観たかも)、私にとっての演劇的事件とも言えるほどの衝撃を受けた(面白くないものは1時間でも苦痛だが、面白い舞台は8時間でもあっという間、、また観たくなる!!!というのを実感した)作品だ。

 

撮影: 宮川舞子

エンジェル降臨

 

1980年代のアメリカ、ニューヨークを舞台に当時世界を震撼させたエイズウィルスの蔓延に怯え戸惑う人々、そしてイケイケで世界を闊歩し続けるアメリカに巣ずく社会の病みを描き、さらにはその先へと進むための希望が暗示されている。

 

******演劇サイト より あらすじ *********

<第一部>
1985年ニューヨーク。
青年ルイス(長村航希)は同棲中の恋人プライアー(岩永達也)からエイズ感染を告白され、自身も感染することへの怯えからプライアーを一人残して逃げてしまう。モルモン教徒で裁判所書記官のジョー(坂本慶介)は、情緒不安定で薬物依存の妻ハーパー(鈴木杏)と暮らしている。彼は、師と仰ぐ大物弁護士のロイ・コーン(山西惇)から司法省への栄転を持ちかけられる。やがてハーパーは幻覚の中で夫がゲイであることを告げられ、ロイ・コーンは医者からエイズであると診断されてしまう。
職場で出会ったルイスとジョーが交流を深めていく一方で、ルイスに捨てられたプライアーは天使(水夏希)から自分が預言者だと告げられ......

<第二部>
ジョーの母ハンナ(那須左代子)は、幻覚症状の悪化が著しいハーパーをモルモン教ビジターセンターに招く。一方、入院を余儀なくされたロイ・コーンは、元ドラァグクイーンの看護師ベリーズ(浅野雅博)と出会う。友人としてプライアーの世話をするベリーズは、「プライアーの助けが必要だ」という天使の訪れの顛末を聞かされる。そんな中、進展したかに思えたルイスとジョーの関係にも変化の兆しが見え始める。

 

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2重に設置された額縁舞台では80年代の能天気な洋楽ポップスが流されている。目まぐるしく変わるシーンにあわせて、乘峯雅寛の舞台美術は至ってシンプルで、額縁の中にその場その場に適したセット、ベッドや大きな事務机、第二部でのNYのモルモン教のビジターセンターの開拓者たちの展示模型が運ばれ話を展開していく。

 

アッカーマン(下記review参照)の舞台では小屋(劇場)構造を活かし、2階天井部分や可動式のジャングルジムのようなセットに今の日本演劇界になくてはならない役者「成河」のハイトーンボイスの両性具有のような天使を乗せて走らせ、この戯曲のエッジが効いてウィットに富んだ狂騒の世界(それが80年代の米国であり皆が競争の乗っかりハイになっている世界模様だった)を表現してくれていた。

 

 

そこでだが、エイズの後に世界を巻き込んだ疫病のコロナを体験した我々が2023年から見た「エンジェルス。。」はどうなっているのだろうか。

LGBTQへの理解度が進み(とは言え、未だ頑なに保守的な人々がいることは否めないが)、マネーゲームの限界に伴った自然破壊という別の意味でのこの世の終焉が見え始めた今、この芝居が我々に突きつける問いとは何なのだろうか。

 

上村演出の今作では(と言うか、今この戯曲に真摯に対峙すると必然的にこのような結果となってくるのだと思うが)、理不尽なウクライナ侵攻、温暖化、そしてコロナの蔓延などの問題を抱える我々が理論を軸に、言葉を使ってやらなければならないこと、常に日々を生きていかなければならない=>たとえ傷つきながらでも進んでいかなければならないということ、受け入れて赦すということ、愛するということ、そして新しい明日へ歩を進めるということの重要性を説いてくれている。(第二部冒頭でのソ連共産党員のスピーチが、世界が予想し得なかった旧ソ連の立て直し=ペレストロイカという一大事を今一度思い出させてくれていた)

 

このところ連日の観劇作品で名前があがっている翻訳家、小田島創志氏の訳は細部にわたり丁寧で、クシュナーが戯曲に組み入れた政治的、社会的なメッセージをわかりやすく伝えてくれている。

 

撮影: 宮川舞子

 

撮影: 宮川舞子

 

ゲイであることで肉体的にも精神的にも追い詰められ、それでも前へと進み続ける若者たちという難役にオーディションでキャスティングされた若手俳優陣が挑んでいる。TPTの舞台で発掘された成河のようにこのチャンスを今後に活かしてもらいたいものだ。おそらく今作の上演中にも日々変わっていく役者が出てくるかもしれない。

 

その彼らを受けとめるベテラン俳優陣、特に悩めるハーパーを生き抜きながらそこに希望をのぞかせた鈴木杏、作品全体を要所要所でまとめあげていた浅野雅博が良い。

 

「エンジェルス・イン・アメリカ」、そのボリュームゆえに先日の「ラビット・ホール」のようにそう頻繁に上演されるものではないと思うが、とにかく一生のうちで一度は対峙してもらいたい大傑作戯曲なので、ぜひともこの機会に劇場に足を運んでもらいたい。後悔はさせません!