死者はいなくなっても、死者として存在していると、オルテガは考えたのではないでしょうか。私たち生きている人間は、何でも変えることが出来ると過信しているのではないでしょうか。

 

 

でも、よくよく考えてみると、いまこの現在は、厖大な過去によって支えられているのだと気付くのですね。それを無視して、いま生きている人間に都合よく変えてしまったり、新しいものに飛び付いて今までを帳消しにしたりするのは、実はとても危ないことなのではないでしょうか。オルテガが生きた時代は革命が次々に起きました。革命は過去を顧みず、死者を蔑ろにして、自らを孤独にして行く所業だというのです。

 

 

過去や死者たちの営為を思うことは、ある種の時間軸が反転して、未来志向となることだと発想したわけです。過去をじっくりとよく見ることは、決して後ろ向きな態度ではなくて、むしろ前に真っ直ぐ向かって進んで行くためには、過去の風景をしっかりと見てみることが必要なんだと。

 

 

人間の時間の歩みは、過去を直視することによって、真っ直ぐ前に進んで行くことが出来るのではないでしょうか。ボートを前に進ませるためには、逆の方向をしっかり見て漕がなくてはいけません。

 

          ー  中島岳志 / ETV・100分で名著・オルテガ『大衆の反逆』第3回 死者の民主主義 より

 

 

 

 

 

”湖に浮かべたボートを漕ぐように人は後ろ向きに未来へ入っていく“

 

“我々は未来に後戻りして進んで行く”          

 

          ー  ポール・ヴァレリー『精神の政治学』より

 

 

 

 

♫   Sandy Denny / Who Knows Where The Time Goes

 

 

 

 

我々は、過去に対しても未来に対しても、強烈な郷愁(ノスタルジー)を持っていると思います。

 

街角の塵に、網膜に届く光子(フォトン)に、我々を取り巻く全てのものの中に、過去が我々のために今まさに生まれんとするのを垣間見ることが出来る。

 

つぼみが開花するたびに、結晶が溶けだす瞬間ごとに、過去が甦える。生命のプロセスはそのまま、今まさに来たらんとする”過去入りの現在“を、発見していくプロセスである。

 

同様に、眼前に広がる未来、誰もが経験していながら殆んど忘れかけている未来への深い憧憬のような記憶もある。

 

 

♫   大貫妙子 / 懐かしい未来

 

 

 

 

 

我々は、未来にすでに起こっている重要な出来事を、いま再び体験しようとして生きている。

 

逆説的なことだが、我々は、未来に対しては無意識のうちに深い郷愁を抱き、過去に対しては同様な深さで覚醒した予感を持っている。

 

それだから、歳をとるにつれて、既に通過してしまった自身の死に対して、ますます郷愁を募らせていく。そして同時に、これからまさに生まれようとする誕生の瞬間が、刻一刻と迫り来るのを予感する。

 

そして ‥‥ 。

 

子供が生まれるたびに、過去の時間を納める、この巨大な倉の扉が、少しずつ我々に向かって開かれる。

 

分娩の瞬間に立ち会ったことのある人なら知っているように、新生児は最も古い生き物である。

 

母体から滑り出す新生児の顔は、古代エジプトのファロアの浮き彫りのような、時の風化を受けた滑らかな表情をたたえているものだ。

 

我々は何時、初めて生まれ出づるのか ‥‥ 。

 

         ー  J・G・バラード / 想像力が時間を超越する『 遊 』1981年8-9月合併号 より抜粋・再構成

 

 

♫   Joni Mitchell / Circle Game