Wakeのブログ -44ページ目

資本主義の怖さ

長らく悩んできた疑問として、何故「餓死者がいるのに娯楽も存在しているのか?」と思った事がある。


資本主義では社会への貢献度に対して、通貨の報酬が与えられる。


・・・、なんて思っていたが大間違いだった。



それは社会全体において皆に一定以上の通貨が流れている場合であって、貧富の差が出てくるとこうなってしまう。



お金を持っている人をターゲットにして貢献度に応じた報酬が通貨で得られる。


というのが現実だった。




だから、野垂れ死になる人がいても、生き残らせる為の食料を作らず、富を持つ人への娯楽を提供する。



お金が無い人の為には誰も動かない。



そりゃ~お金が全てで、さみしい世界だよね。



そして100年後には、もっと暗い世界になっているかも?

自分の属する組織に求めるのは

この間、いつも行っている喫茶店のカウンターで初めて会うご年配の方から今の社会と、これからの社会について話をしていた時に「今の会社は利益を優先する事ばかり・・・」という話になった。



但し、会社とは本来「利益集団」であり、社員を養う事よりも「利益」をもとめる。



でも話しを聞く中で、戦後から現代に渡る社内の中で、会社や組織の存在は単なる利益集団では無く、「皆が一緒に生きていく為の共同体」であったようだ。


今の会社の戦う相手はライバル企業や、社内のポストを奪い合う相手、上司と部下の小競り合い、になっているが、昔の会社が戦う相手は「世界」だったようだ。


「世界」といっても、外国であったり、新しい世界であり、皆が力を合わせて取り組む運動に近い。



もちろん、共同体として、見捨てる事無く助け合いながら、互いを騙したり押し付け合う事も無く、会社(共同体)としての結束を疑う事無く能力を発揮する。



今は皆が無意識に自分の属する会社や社会などの組織に、そんな共同体としての姿を求めているんじゃないか?

と思う。



どう思いますか

これを見た方は、どう思います?

前と後ろがわかるのは

夜間の運転で道路沿いの建物の灯りが一斉に消えた。


驚いて思わずブレーキを踏んだ。


方向がわからないから。



真っ暗だと方向を見失う。


それは、眩しい光の中でも同じだろう。


光と闇がある世界だから前に進めるんだと思う。