Wakeのブログ -23ページ目

認めて欲しかった

会社の同僚から悪口を言われていた話を聞いた「この部署には会社から要らない人員を集められたんだ」と。


別に自分の事を知らない人に何を言われても傷つかないと思っていたけど、本当にショックだった。


今の職場の皆には話して居ないけど、会社の問題で鬱病になった後に「なぜこうなる」と後悔と悩み苦しむ中で自分の頑張りを責めた。


何も頑張らなければ、こんな病気にはならなかった。


でも、本気で頑張っただけに苦しみは凄まじい。


会社への復帰後に通院が長引くなかで、上司から転勤しろと異動の話があって、「君のような人間に今の職場は任せられない」と。


自分でも責めて、上司からも理解されずに責められて異動の命令で、自分の心はズタズタになった。


本当は理解して欲しかった。

頑張って色んな問題を解決して、多くの現場を救った事を

自分にも会社にも


自分でも責めていたから、今こんなに苦しい。


自分だけでも、認めてあげるべきだったのに。

イジメられた側から見て

小さな頃にあったイジメに向き合っていた。


思い出すだけでも苦痛だ。


イジメたいと思う気持ちが理解出来ないし。



調べると支配欲や承認欲が元にいるようだ。


かつては支配欲にかられて世界中で戦争が相次いだ。

◯◯じゃなければ認めてもらえない。

という錯覚が問題だ。

本当は、そんな事をしなくても人は皆素晴らしいのに。

「そのままでも、素晴らしい」
「何をしても、愛してる」

愛が足りないから、分からない。

本人にとっての「◯◯じゃなければ」「自分は◯◯な人間だ」という基準を持っていても本人の実力が満たないから、本人より弱い存在を下げないとバランスが取れない。


相手を貶める事で、支配欲や承認欲が満たされる。


誰かをイジメたら、イジメている方が実は落ちている事は知っている。


更にたちが悪いのは、見ている人達も未熟さによって、支配欲が満たされて静観したり、イジメに加わったり。


学校の変な連帯責任などでルールを破った時には、ルールに応じて裁きが生まれる。


そんな事に便乗して、裁きの罰であれば罪悪感を持たないから、その事をキッカケにイジメが始まる事もある。


本当にイジメを無くしたいなら大人こそが「◯◯じゃなければ」「◯◯した人に罰を」という考えを捨てなければ本当にイジメを無くせないのでは?


だってね。
「◯◯した子供に罰を」って手抜きして、子供達に言う事をきかせようとしてるんじゃないかな?


子供に◯◯しては、◯◯に対して◯◯をせずに◯◯しよう。

って、解るまで教えてあげないと。

先生とか親で責任の押し付け合いは、問題外として。

苦しみの意味を欲するから

苦しんだあとに、「何で」と意味を求める。


だから真理が欲しくなった。


苦しみを一つ一つ解く度に、苦しみの元にいる概念が浮かび上がる。


それでも認めにくい事は、多々あるけど受け入れる。



だから、ただ諦めるんじゃなくて



とことん理由を探して、向き合って、納得いったら手放そう。


自分の中で、だんだんと自由になっていく。