続・母親が嫌い
どうしても苛立ちが止まらないなかで、頭の中で「どうしたいの?」と聞かれた。
謝って欲しいけど、「悪いと思っていない人から謝られても」「相手が成長するまで待ち続けるのも嫌だし」「母親に、そんな教育してきた人が死んでる可能性もあるし」と思うと、もういいやって気分になり「この怒りを手放したい」と答えた。
人が発する悪口は「解っていなくても、解っているつもり」だから言えるんだね。
誰しも人の表、側面、裏、内面まで解るはず無いもの。
実際は、都合の悪い部分しか見えていなくて、素晴らしい部分を理解できていないんだね。
父親の苦労や、兄達がグレちゃう気持ちも知ろうとしなかった。
それに過去の自分には、「こうしていれば良かった」なんて選択肢も無く、どうしようも無かった。
真理を本当に理解きている母親は世の中に何人いるかと思えば、皆にも言える苦悩かもしれない。
だから、もう手放そう。
人の批評も全体のごく一部でしかないんだ。
自分の批評も同じくだけど。
やっと、これで眠れそうだ。
明日から悪口を言う人を見たら、子供を見るような目になるのかな?
謝って欲しいけど、「悪いと思っていない人から謝られても」「相手が成長するまで待ち続けるのも嫌だし」「母親に、そんな教育してきた人が死んでる可能性もあるし」と思うと、もういいやって気分になり「この怒りを手放したい」と答えた。
人が発する悪口は「解っていなくても、解っているつもり」だから言えるんだね。
誰しも人の表、側面、裏、内面まで解るはず無いもの。
実際は、都合の悪い部分しか見えていなくて、素晴らしい部分を理解できていないんだね。
父親の苦労や、兄達がグレちゃう気持ちも知ろうとしなかった。
それに過去の自分には、「こうしていれば良かった」なんて選択肢も無く、どうしようも無かった。
真理を本当に理解きている母親は世の中に何人いるかと思えば、皆にも言える苦悩かもしれない。
だから、もう手放そう。
人の批評も全体のごく一部でしかないんだ。
自分の批評も同じくだけど。
やっと、これで眠れそうだ。
明日から悪口を言う人を見たら、子供を見るような目になるのかな?
母が嫌い
母親の性格に似た人が発する悪口を聞かされる事で、気持ち悪くなった。
鬱病になった時に、実家の近くの職場を会社から勧められたが、当時はよく理由が解っていないけど、何と無くで断った。
もともと入社した時に配属先が実家から離れた部署だった時に正直喜んだ。
これで自由だ。って。
兄が二人いたけど、2人とも夜遊びが多くて、母親が兄達の悪口を自分に発していて、父親とも夫婦喧嘩が多くて、父親の悪口まで自分に発していた。
嫌々ながら悪口を聞く役になっている事にウンザリだった事や、「家の手伝いをするのは当たり前だ」と言われて自分ばかりに買い物に付き合わせていて、何か気持ち悪かった。
「父さんと行けば良いじゃないか」って。
家族の皆を否定して、「自由と責任は等しくある。責任も無いのに自由を求めるな!」と小さな頃から育てられ、自分は言われた事に対して「未成年で1人で生きていけない俺には選ぶ権利は無いんだ」と従うしか無いと思っていた。
そんな風に言われて従う自分は「良い子」というより、実際は「都合の良い子」だった。
自分や兄が「◯◯になりたい」と言ったら「母さんの知り合いの話では◯◯だから駄目!」「テレビで◯◯って言っていたから駄目!」と話をロクに聞いてくれない。
母親から離れて暫くしてから話した時に似たようなセリフを聞くと、母親の世界が非常に狭い事に驚いた。
それでも、他の情報を持って言っても「そんなの一部だけ」と却下されていた。
仕事をしていた経験も浅く、自分の経験が無いだけに新聞、テレビ、知人の話だけで構成された世界である事にゾッとした。
父親の人付き合いでも「あんな人と付き合わなきゃいい」とかいう度に、「もっと解ってあげても」と子供でも思っていた。
そんなこんなで自分が実家を離れた後に父親は家を出て行った。
うつ病になってからは心配して電話をかけてくるが目の前の事実と噛み合わない言葉を発する事に「こっちは思い出す度に苦しい思いをしてるのに、かってに言いたい事ばかり言って混乱させないでくれっ!」と母親が段々と嫌いになっていく。
一時は「狭い世の中で生きてきた人だから」と哀れに思っていたけど、多分まだ許せていないみたいだ。
鬱病になった時に、実家の近くの職場を会社から勧められたが、当時はよく理由が解っていないけど、何と無くで断った。
もともと入社した時に配属先が実家から離れた部署だった時に正直喜んだ。
これで自由だ。って。
兄が二人いたけど、2人とも夜遊びが多くて、母親が兄達の悪口を自分に発していて、父親とも夫婦喧嘩が多くて、父親の悪口まで自分に発していた。
嫌々ながら悪口を聞く役になっている事にウンザリだった事や、「家の手伝いをするのは当たり前だ」と言われて自分ばかりに買い物に付き合わせていて、何か気持ち悪かった。
「父さんと行けば良いじゃないか」って。
家族の皆を否定して、「自由と責任は等しくある。責任も無いのに自由を求めるな!」と小さな頃から育てられ、自分は言われた事に対して「未成年で1人で生きていけない俺には選ぶ権利は無いんだ」と従うしか無いと思っていた。
そんな風に言われて従う自分は「良い子」というより、実際は「都合の良い子」だった。
自分や兄が「◯◯になりたい」と言ったら「母さんの知り合いの話では◯◯だから駄目!」「テレビで◯◯って言っていたから駄目!」と話をロクに聞いてくれない。
母親から離れて暫くしてから話した時に似たようなセリフを聞くと、母親の世界が非常に狭い事に驚いた。
それでも、他の情報を持って言っても「そんなの一部だけ」と却下されていた。
仕事をしていた経験も浅く、自分の経験が無いだけに新聞、テレビ、知人の話だけで構成された世界である事にゾッとした。
父親の人付き合いでも「あんな人と付き合わなきゃいい」とかいう度に、「もっと解ってあげても」と子供でも思っていた。
そんなこんなで自分が実家を離れた後に父親は家を出て行った。
うつ病になってからは心配して電話をかけてくるが目の前の事実と噛み合わない言葉を発する事に「こっちは思い出す度に苦しい思いをしてるのに、かってに言いたい事ばかり言って混乱させないでくれっ!」と母親が段々と嫌いになっていく。
一時は「狭い世の中で生きてきた人だから」と哀れに思っていたけど、多分まだ許せていないみたいだ。
続・認めて欲しかった
確かに承認欲はあった。
こんなはずでは無かったと悔やんだ。
そんな予想を裏切る結果で、自分を責めた。
でも、もし仮に現場で泣いた人達に対して何もせずに他の奴らみたいに権力に従属してたら、それこそ後悔していた。
だから、今のトコロは認めて貰えては居ない現実を受け止める。
自分は過去の自分の選択に後悔は無い!
そんな上司に認められるぐらいなら、会社から要らないと言われても構わない。
自分を偽るよりも、はるかにマシだ。
こんな会社に認めて貰おうなんて、コッチから願い下げだ。
しっかし、長所といわれる責任感って、本当の長所なのかな?
こんなはずでは無かったと悔やんだ。
そんな予想を裏切る結果で、自分を責めた。
でも、もし仮に現場で泣いた人達に対して何もせずに他の奴らみたいに権力に従属してたら、それこそ後悔していた。
だから、今のトコロは認めて貰えては居ない現実を受け止める。
自分は過去の自分の選択に後悔は無い!
そんな上司に認められるぐらいなら、会社から要らないと言われても構わない。
自分を偽るよりも、はるかにマシだ。
こんな会社に認めて貰おうなんて、コッチから願い下げだ。
しっかし、長所といわれる責任感って、本当の長所なのかな?