出来なくて苦しんだから解る
現実社会と違って、真理の世界では「◯◯出来なければいけない」という事は無い。
「出来ない事」と「出来る事」があっても、「自分にとって◯◯出来るようになりたい」と願って「出来るように努力する事」があっても、誰かから強制的に「出来なければダメ!」という事は本当は存在し無かった。
人それぞれ得意と不得意があって、「◯◯が得意だけど××が不得意」という人に対して「××が得意だけど◯◯が不得意」と逆の人も当然いる。
又、学校教育で優れた成績な人もいれば、学校教育では成績が劣っている人もいる。
それも優れた成績の人でも、努力を要しない人と、努力を要する人がいるが、全て「努力次第」だと言われ続けてきた。
自分は後者だったが、現代の社会では学校教育の成績が全てであり、自分を保護する親や教師の言う事を疑いもせずに信じて、期待に応えようとするが叶わないと、出来ない事を責められ「なんで自分は出来ないんだ」と自分を責めてしまった。
学校教育から離れて、働きはじめると実際には違う事が解る。
本当は「従わない事」を責められても、自分で自分を責める必要性が無かった。
それでも、(従わない事に対して)裁かれて反省しろと罰を受けて、自分を責めるように追い込まれていた。
出来なくて苦しんだから解った。
出来ていて無難に過ごせていたら、疑問にも感じなかっただろう。
ハイアーセルフに対してロウアーセルフがあるなら、無意味に責めて落とした自分がロウアーセルフかもしれない。
「出来ない事」と「出来る事」があっても、「自分にとって◯◯出来るようになりたい」と願って「出来るように努力する事」があっても、誰かから強制的に「出来なければダメ!」という事は本当は存在し無かった。
人それぞれ得意と不得意があって、「◯◯が得意だけど××が不得意」という人に対して「××が得意だけど◯◯が不得意」と逆の人も当然いる。
又、学校教育で優れた成績な人もいれば、学校教育では成績が劣っている人もいる。
それも優れた成績の人でも、努力を要しない人と、努力を要する人がいるが、全て「努力次第」だと言われ続けてきた。
自分は後者だったが、現代の社会では学校教育の成績が全てであり、自分を保護する親や教師の言う事を疑いもせずに信じて、期待に応えようとするが叶わないと、出来ない事を責められ「なんで自分は出来ないんだ」と自分を責めてしまった。
学校教育から離れて、働きはじめると実際には違う事が解る。
本当は「従わない事」を責められても、自分で自分を責める必要性が無かった。
それでも、(従わない事に対して)裁かれて反省しろと罰を受けて、自分を責めるように追い込まれていた。
出来なくて苦しんだから解った。
出来ていて無難に過ごせていたら、疑問にも感じなかっただろう。
ハイアーセルフに対してロウアーセルフがあるなら、無意味に責めて落とした自分がロウアーセルフかもしれない。
「今」に集中すると
未来と過去を無くして「今」に集中すると、非常にワクワクする。
コレから未知がくる。
そして、常にスタートしている。
始まりしか無い。
最後があるとしても、最後の一瞬まで常にスタートしていたら、幸せなままでいられる。
コレから未知がくる。
そして、常にスタートしている。
始まりしか無い。
最後があるとしても、最後の一瞬まで常にスタートしていたら、幸せなままでいられる。
今が辛いのは
小さい頃から、
小学生になったら、
野球チームに入ったら、
中学生になったら、
◯◯部に入ったら、
高校生になったら、
専門学校に行ったら、
社会人になったら
と未来に明るい希望を描く。
◯◯になったら◯◯して、◯◯になるんだ。
そんな全てが上手くいくような希望を描いても、理想のような希望通りにならない現実が迎える。
当然ながら理想だけをワクワクしながら描いても、その時を迎えて「こんなハズでは無かった」と凹む。
確かに年齢とともに解禁される事は多いけど、過去に描いた内容を見て「全ての理想が叶うなんて事は・・・」と妄想であった事が解る。
なんだろう。
特に「未来に向けて努力しよう」という訳ても無く、ただ理想だけを描いていた。
そして、ただ時の経過だけで叶うような錯覚があった。
今が辛いから・・・
我慢しているのが辛いから、「今よりも幸せな・・・」明るい未来を見て、痛みを和らげようとしていた。
ある時から未来を描くと不安だらけの世界になった。
そしたら「◯◯してもムダだ」「どうせ◯◯しても・・・」「どうしようもないよ」と未来を描いていまい、無気力になってしまう。
最悪のケースのオンパレードだ。
暗い妄想を描いてから、その現実を迎えるまでの間は憂鬱で仕方ない。
実際には最悪のケースを回避できても、暗く描いた未来が残る限り、ずうっと憂鬱が続く。
どちらの妄想も苦しみが生じる。
だから、未来を描く妄想はしない。
過去を未来に投影しない。
どうせ未知だし。
自分がビックリするような不幸も有るんだから。
自分がビックリするような幸福も有る。
ただ、未知は未知だから、今だけに集したいと願う。
小学生になったら、
野球チームに入ったら、
中学生になったら、
◯◯部に入ったら、
高校生になったら、
専門学校に行ったら、
社会人になったら
と未来に明るい希望を描く。
◯◯になったら◯◯して、◯◯になるんだ。
そんな全てが上手くいくような希望を描いても、理想のような希望通りにならない現実が迎える。
当然ながら理想だけをワクワクしながら描いても、その時を迎えて「こんなハズでは無かった」と凹む。
確かに年齢とともに解禁される事は多いけど、過去に描いた内容を見て「全ての理想が叶うなんて事は・・・」と妄想であった事が解る。
なんだろう。
特に「未来に向けて努力しよう」という訳ても無く、ただ理想だけを描いていた。
そして、ただ時の経過だけで叶うような錯覚があった。
今が辛いから・・・
我慢しているのが辛いから、「今よりも幸せな・・・」明るい未来を見て、痛みを和らげようとしていた。
ある時から未来を描くと不安だらけの世界になった。
そしたら「◯◯してもムダだ」「どうせ◯◯しても・・・」「どうしようもないよ」と未来を描いていまい、無気力になってしまう。
最悪のケースのオンパレードだ。
暗い妄想を描いてから、その現実を迎えるまでの間は憂鬱で仕方ない。
実際には最悪のケースを回避できても、暗く描いた未来が残る限り、ずうっと憂鬱が続く。
どちらの妄想も苦しみが生じる。
だから、未来を描く妄想はしない。
過去を未来に投影しない。
どうせ未知だし。
自分がビックリするような不幸も有るんだから。
自分がビックリするような幸福も有る。
ただ、未知は未知だから、今だけに集したいと願う。