Wakeのブログ -16ページ目

出来なくて苦しんだから解る

現実社会と違って、真理の世界では「◯◯出来なければいけない」という事は無い。


「出来ない事」と「出来る事」があっても、「自分にとって◯◯出来るようになりたい」と願って「出来るように努力する事」があっても、誰かから強制的に「出来なければダメ!」という事は本当は存在し無かった。



人それぞれ得意と不得意があって、「◯◯が得意だけど××が不得意」という人に対して「××が得意だけど◯◯が不得意」と逆の人も当然いる。


又、学校教育で優れた成績な人もいれば、学校教育では成績が劣っている人もいる。

それも優れた成績の人でも、努力を要しない人と、努力を要する人がいるが、全て「努力次第」だと言われ続けてきた。

自分は後者だったが、現代の社会では学校教育の成績が全てであり、自分を保護する親や教師の言う事を疑いもせずに信じて、期待に応えようとするが叶わないと、出来ない事を責められ「なんで自分は出来ないんだ」と自分を責めてしまった。


学校教育から離れて、働きはじめると実際には違う事が解る。


本当は「従わない事」を責められても、自分で自分を責める必要性が無かった。

それでも、(従わない事に対して)裁かれて反省しろと罰を受けて、自分を責めるように追い込まれていた。


出来なくて苦しんだから解った。

出来ていて無難に過ごせていたら、疑問にも感じなかっただろう。


ハイアーセルフに対してロウアーセルフがあるなら、無意味に責めて落とした自分がロウアーセルフかもしれない。

「今」に集中すると

未来と過去を無くして「今」に集中すると、非常にワクワクする。


コレから未知がくる。



そして、常にスタートしている。


始まりしか無い。



最後があるとしても、最後の一瞬まで常にスタートしていたら、幸せなままでいられる。

今が辛いのは

小さい頃から、
小学生になったら、
野球チームに入ったら、
中学生になったら、
◯◯部に入ったら、
高校生になったら、
専門学校に行ったら、
社会人になったら

と未来に明るい希望を描く。

◯◯になったら◯◯して、◯◯になるんだ。

そんな全てが上手くいくような希望を描いても、理想のような希望通りにならない現実が迎える。

当然ながら理想だけをワクワクしながら描いても、その時を迎えて「こんなハズでは無かった」と凹む。

確かに年齢とともに解禁される事は多いけど、過去に描いた内容を見て「全ての理想が叶うなんて事は・・・」と妄想であった事が解る。


なんだろう。


特に「未来に向けて努力しよう」という訳ても無く、ただ理想だけを描いていた。


そして、ただ時の経過だけで叶うような錯覚があった。


今が辛いから・・・


我慢しているのが辛いから、「今よりも幸せな・・・」明るい未来を見て、痛みを和らげようとしていた。


ある時から未来を描くと不安だらけの世界になった。


そしたら「◯◯してもムダだ」「どうせ◯◯しても・・・」「どうしようもないよ」と未来を描いていまい、無気力になってしまう。


最悪のケースのオンパレードだ。


暗い妄想を描いてから、その現実を迎えるまでの間は憂鬱で仕方ない。

実際には最悪のケースを回避できても、暗く描いた未来が残る限り、ずうっと憂鬱が続く。


どちらの妄想も苦しみが生じる。


だから、未来を描く妄想はしない。


過去を未来に投影しない。


どうせ未知だし。

自分がビックリするような不幸も有るんだから。

自分がビックリするような幸福も有る。


ただ、未知は未知だから、今だけに集したいと願う。