摂食障害専門オンラインカウンセラーnoaです。
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※集合体恐怖症の方には閲覧注意な画像があるので注意してくださいませ。
うつ病の通院で大学病院に通っていた時の主治医に言われた言葉なんですが
今から8年前?
当時私は依存(摂食障害)を手放して
母子分離にも成功して
しかし
寂しくて心細くて不安で怖くて
誰かと共依存になりたくて
依存に戻りたくて
でも夫が依存させてくれなくて
子どもに依存することは最もやってはいけないことだと自覚していたので無理だし
摂食障害にも戻れないし
なんとか寂しいまま耐え忍んでいたんですね。
鬱っぽくなりながらも。
こんな辛い思いをしなきゃいけないなら
依存させてくれる人と死ぬまで共依存で支え合いながら
一緒に生きればいいんじゃないのか、なんて思いが
刹那的に浮かぶこともありました、
なぜそれじゃダメなのか、と。
(うらら)
「私もたくさん見てきたけど
共依存の末路はほんまに悲惨やで。
どんなに人格否定されても傷付け合っても
一人で居るよりマシやねん。
だから離れへん。
75くらいで相手に先立たされた人とか
見てられへんかったわ。
今は人生長いやん、75くらいで人生終わらへん。
人生の集大成で悲惨なのはキツいで。」
って当時の主治医が言ってたんだけど
当時は腑に落ちなかったんです。
が
義父が逝去してもうじき半年がたつんですが
義母がまさに今この状況なんですよ。
義父のせいでわたしは不幸だ、という大義名分が
なくなって
夫を亡くして不幸なわたし、に移行したんだよね。
義母には「幸せになる覚悟」をしていただきたいです。
先日母の日に靴を送って
お礼の電話があったので(夫といるときに)子供たちと話をさせたんですが
予想通り
「おじいちゃんを亡くしておばあちゃんは一人寂しくて毎日泣いています。」
って電話越しに泣きだしてね。
毎日のように自分の姉に電話で話を聞いてもらっているみたいで
連休中も一日に3回とか義母姉から夫に着信があるんですよ。
(たまにしかでていません)
最近は義母姉が夫を説得しようと必死なんです。
「お母さんの気持ちに寄り添ってあげなきゃ。」
「一緒に夕飯食べるくらいしてあげなさいよ。」
「週末はお母さんの顔見に行ってあげて。それで安心するのよ。」
「わかった?」
夫をコントロールしようと一生懸命なんですが
義母の愚痴を相談と受け止めて義母の課題に介入し
頼られている私がこの状況を改善しなきゃ、って感じになってるんだと思うんですが
(義父の愚痴を聞かされていた時のわたしもそうだったので)
改善策が「息子に母親のメンタルケアをさせる」というのは
課題の介入→依存の助長にほかなりません。
(ピエール)
義父の通夜に来てくださった近所のご婦人たちも
殆どが伴侶を先に亡くされた未亡人です。
70代後半から80代の方ばかりなので
一人残された方の方が多い。
そういう同じ境遇の方たちと
共感しあいながら
残りの人生を生きていくのが健全な一つのモデルなんですが
(一人で自由気ままに趣味を楽しめるっていう方にとってはそれも健全なモデル)
パートに出ても喧嘩してすぐに辞めてきてしまう義母が
ご近所の方たちと良好な関係性を築けるわけもなく
簡単には縁を切れない血縁への負担が大きくなる、という感じ。
義母の姉が話を聞いてしまっていることで
義母が「※底つき体験」できないことも課題が先に進まないポイントなんだと思うんですが
ここは第三者が介入することではないので静観しています。
※・・・逆境に直面し、受け入れる体験のこと。
夫が逝去してこれからは自分の力で生きていくしかない、という状況の受け入れ。
底つき体験はアルコール依存症の治療・回復過程で最も用いられる言葉ですが
依存症全般やパーソナリティー障害も対象疾患です。
賛否あるんだけどね。
(フリージア)
以前にもブログで書きましたが
最後は一人、女の人生は一人になってからがけっこう長い、という前提で考えると
今寂しい思いと向き合って
今のうちに自分の課題と向き合って
人生の集大成は穏やかに
ドーンと構えて生きられたほうが良いよね。
わたしももちろん、最期は独り身の予定ですよ。
縁側でお茶のみましょう♡
ピエールの葉っぱ。
凄いいきおいで水を弾いてるのは
薬が葉っぱ表面に定着して
雨で流れないように
展着剤を混ぜたからです。
薔薇は手が掛かるんだけど
(今の時期は週一で薬の散布、薬も耐性ができない様に毎回種類を替えます)
薔薇の美しさに取り憑かれると
すべての作業が苦じゃなくなります。
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おわり




