ずっと雨の日が好きじゃなかった

湿気が嫌とか、靴も服も濡れちゃうとか

髪も湿気で爆発、とかももちろんあるのだけれど

 

雨の日は私の内側の憂鬱が

くっきり浮かび上がるような気がしていた

晴れの日には外側の天気のよさで見えない内側の暗い感じが

雨の日にはその暗さに同調して、じわーと湧き上がってくるような

 

曇り空の日も苦手だった

曇り空の多いらしいイギリスで

鬱になる人が多いって話もすごく納得だった

 

休みの日の午後に

曇り空や雨のなか、家にじっとしていると

「休みの日になんの予定もない無価値の人間」

みたいな否定的な考えや

「休みの日に彼に放っておかれる自分」

みたいな、どうしようもない焦りに似た気持ちがじわじわと自分を侵食していた

 

その私を誰かに外に連れ出してもらってなんとか凌げていたり

 

長い間、私はそのじっとりと暗い自分の影が嫌いだったし

見ないようにしていたし、その気持ちがわいてくると苦しかった

 

この3年程続いた自己崩壊と再生の波は

そんな、雨の日に湧き上がっていた憂鬱とした自分を

どんな日にも毎日見せつけてきた

 

そして、その憂鬱や不安や怖さ、みたいな

ネガティブな感情の幾重にも連なる感情の層を無視しないで

何枚も何枚も剥がして剥がしていくうちに、

泉の源泉みたいに

ある日、ただ感じるだけの感情を感じた

 

あ、別に私が感じたいように感じればいいし

なんでもいいし、なんでもありなんだ

 

そこに意味をつけているのは自分だったし

いつもネガティブな眼鏡をかけた自分が、自分の感情を歪んで翻訳していた

 

ある日、すとんと腑に落ちた瞬間があって

多分その頃から、私は雨の日が苦手ではなくなった

 

むしろ、森も木も雨の後はいきいき見えるし

雨よ、今日も地球に多量のお水をありがとう、という気分

肌だってモイスチャーで潤うよ♪

 

なんだ、雨の日に家にいるって、

なんだかとても守られた気分になって、濡れなくていいし最高じゃないか

休みの午後に一人でいるって好きなことし放題じゃないか♪

 

なんでもおっけー、大丈夫

になったら、雨の日は私の敵ではなくなったのだった

 

今だって雨の日が面倒って気持ちがなくなった訳ではないけれど

私の憂鬱を絶対に誘発する敵ではなくなったのだった