ひたすら内観をする日が続きます。
目の前に起きることを通じて
自分を何を感じて、どう思うのか
それが自分の考え方のクセを知る第一歩で
その感じ方が、長年の私の現実をつくってきたフィルター。
自分の感情の動きを観察します。
向き合えば向き合うほど
自分のなかの黒い感情とも向き合うことに。
最近の自分のテーマとなっている
「Giveの精神」
一見、いいことのように見えて
自分の周りでTakeする(ように見える)人も気になるように。
例えば、
・時間を奪う人
・私からの気持ちを欲しがる人
・自分の話ばかりで人の話を聞かない人
などなど
生きている上での時間は有限だし
みんなどこかで
自分のいいように過ごしたいと言う気持ちはあるはずで
(意識的にせよ、無意識的にせよ)
でも、ハタと気付いたのです。
こういう気持ちに敏感に反応するってことは
Takeする人にモヤモヤ感じるのも
私が、今まですごく
自分にとって損か得かの判断基準が多かったのだなということに
(自分がより多くTakeしようとしていた人間だったかということに気付いてしまいました)
心のつながりを求めている割には
恋愛においては
この人とつきあうと自分がどう成長できるか
とか
自分がどう変化していくか
に興味が強かった私。
だから、なんていうか
無理難題をつきつけてくる相手に燃えたりして。
そして
ただただ私を想ってくれる相手のことは
その当時は物足りなく思ったりして。
結局は、自分の内側の設定で
自分はまだまだだから成長せねば
よりよくあらねば
という思考がただ表に現実化されていただけだったのだな
と感じてしまいます。
成長意欲が強いのは悪いことではないけれど
あくまで、今ある自分もよし更に良い自分もよし
という状態がよいというか。
今ある自分のいい悪い両方あったうえでの
成長意欲。
頭では理解していたものの、
10年くらいたってようやく腹落ちして
いかに自分の思いが、自分の外の世界に反映されていたかを体感して気づくことが増えました。
まだまだ内観実践中ですが
もっと色々発見していきたいです。

