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救世の光

202X年 終わりの日と神の王国の到来に向けて

昨今のネット界隈では、今年の7月に突如現れた恒星間天体である「3I/ATLAS彗星」が話題になっているようである。最近のNASAなどでは、3I/ATLASが火星を通過した頃から、緘口令(かんこうれい)が出されたとか、出されてないとかで、公式情報としては一切遮断されているようである。一説には、この彗星が火星上空で静止し、一定間隔で光を発していたという。やはり、人工物だったという証拠を掴んでしまったのかもしれない。

 

10月29日には太陽に最接近するとのことで、「3I/ATLAS、太陽、地球」が一直線に並ぶことから、天に何か異変が起こるかもしれないと考えている。彗星自体の大きさも、光環を含めると直径が太陽の半分ほどの大きさになるという。これほどの大きさであれば、地球に接近してくる12月頃には、日中でも太陽が二つ現れたように見えるかもしれない。

 

 

この天体現象は、日月神示(ひつきしんじ)予言の成就なのであろうか。

 

「太陽が二つ三つと見えたら、この世の終り近しと思えよ」
「空にしるし現われたら、時来たと思え」
「今の世は終るぞ。だが、それは神の世の始まりぞ」
 
『日月神示』

 

キリスト教系ブロガーを自負している私が、突然神道系の日月神示の話題を出してしまって恐縮である。わたくし事で恐縮なのだが、現在のような熱心なキリスト教徒になる前は、実は熱心な神道家だったのである。ご多分に漏れず、日月神示は愛読書の一つであった。これは、2000年代当時のオカルト界を席巻していた「船◯幸◯氏」からの影響であったことも告白しておこう(笑)

 

日月神示を知らない人のために簡単に説明しておくと、昭和19年から35年の間に、神道研究家で画家でもあった岡本天明に「国常立尊」という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる一連の書物である。黒住、金光、天理教などの「教派神道」や、出口王仁三郎氏で有名な大本教と同じ流れを汲むとされる。なお、以前のブログでも紹介した「トドメノフミ」は、近年啓示があった天理教系の神示であるとされている。

 

 

日月神示については、賛否両論あるのは承知しているが、私個人としては予言書として読む分には、優れた書物であると考えている。新約聖書の『ヨハネの黙示録』の預言とも、内容がシンクロしている箇所が多々見受けられるのも特徴であろう。

 

さて、この日月神示では、太陽が二つ三つ現れたら、この世の終わりが近づいたサインであると示されているのであるが、同時に神の光が再び地上に満ちる前兆でもあるとされているのである。真の光と偽りの光が並び立つ混乱期の兆しというわけである。

 

さらに日月神示では、終わりの兆しが現れた後、三年半の「大峠」と呼ばれる人類史上最大の患難期を経て、天子様を中心とした「神の世」、すなわち地上天国が現出すると説かれている。これは、奇しくも黙示録における「42ヶ月(3年半)の大患難期を経て、(神の御子である)主イエスを中心とした千年王国が実現する」という預言を彷彿させる予言である。

 

 

さて、日月神示における「大峠」とは、まず富士山の噴火から始まるのだという。

 

「富士の火の洗礼、天の火ぞ」
「富士の仕組み動き出す時、この世の大洗濯始まるぞ」

『日月神示』

 

さらに「大峠」とは、以下のようなものであるという。

 

「地は裂け、山は鳴り、海は騒ぐぞ」
「天災・地変・戦争・病が一度に来るぞ」
「人民の心が二つに分かれるぞ」
「真の心と偽りの心が分かる峠であるぞ」
「人民の心が変われば、峠も軽くなるぞ」
「今の世は一度潰して、神の世といたすぞ」
「三千年の間違いを立て直すぞ」

『日月神示』

 

すなわち、「この世の立て替え立て直しの時」であり、「人間の心が試される最後の峠」であり、さらには「天地の大洗濯」であるという。まさに、「終末になると、麦(天国行き)と毒麦(地獄行き)に分けられる」という聖書預言ともシンクロするのである。また、次の神示も、大峠に起こるとされている予言である。

 

「悪の世の九分九厘まで行き詰まったときに、一厘の神の仕組みが現れて、善の世となるのぢゃ」
「この一厘の仕組み、神にしかわからんようにしてあるのぞ」

「仮死になる者多く出るぞ」
「死んだと思うて、また生き返る者あるぞ」
「神が一度、息を止めて、また息吹き込むぞ」

『日月神示』

 

これらの神示で示されている「神一厘の仕組み」とは、カトリック系の幻視者の間で言われてきた「大警告」のことを指しているのではないかと考えている。「大警告」とは以下のようなものであるという。

 

「イエス:わが民よ、警告の日に、あなたたちはまず全地に暗闇が降り注ぐのを見るだろう。次に、警告の彗星が地球に接近し、空に二つの太陽のように見えるのを見るだろう。人々はこの光景に恐怖するだろう。そして皆が肉体を離れ、トンネルを通って私の光へと旅立ち、そこで良心の啓示を経験するだろう。あなたたちは過去のすべての罪を振り返り、告白していない罪だけに焦点を当てるだろう。あなたたちは私を受け入れるか否かの選択を迫られ、自分が天国、地獄、煉獄のどれに堕ちるかを知るだろう。

そして、人生を変えるかどうかを決めるために、自分が堕ちるべき場所を一時的に訪れるだろう。そして、臨死体験をしたかのように、肉体に戻るだろう。これは、あなたたちが邪悪な人生を改め、私に従うための最高の機会となるかもしれない。」
 
『地球に接近する謎の天体3IATLAS』takashi55hasegawaのブログより抜粋)

 

全人類は、このような超自然的な体験を通して、これまでの人生を見つめ直し、自分自身の罪を自覚することで、悔い改めの機会が与えられるのである。だが、自分の罪のあまりの大きさと、死後に堕ちるべき地獄の恐怖に戦慄し、ショックのあまりそのまま地獄に直行してしまう者も多いという。

 

 

多くの者は自分の罪の大きさを自覚していないため、生まれながらにして、死後に「永遠の地獄」に堕ちることが定められているのである。よって、この悔い改めの機会が与えられる「大警告」は、神の慈悲以外の何物でもないのである。

 

これらのことは、一体いつ起こるのだろうか。日月神示の最終予言書とされる「トドメノフミ」では、「米の値段が上がった後の午年の秋」がタイムリミットとされているため、「2026年の夏」までに起こる可能性が高いと考えている。

 

さてここで、日月神示では主イエスについても度々言及されているので、以下の神示を紹介してみたい。

 

「キリストを十字架にかけたのはそなたらぢゃ、今の人民と少しも違わんのぞ」 
『日月神示』

 

主イエスは人類を愛するがゆえに、アダムとエバから始まった人類の原罪を贖うために、十字架上で死に、血の贖いを果たしたのである。我々人類の罪は、神への反逆から始まっているのであるが、そのために、神と断絶した状態でこの世に生を受けるのである。だが、主イエスの無償の愛により、主イエスがかつて果たされた「十字架上の血の贖い」と「死からの復活」を信じることで、我々は罪を赦され、神との関係を修復することができるのである。(これを義認という。)

 

 

日月神示では、これらのことを「借銭(しゃくせん)を返す」と表現しているようである。

 

「神の恩を忘れた借銭、今度返さすぞ。」 
『日月神示』

 

聖書的な表現で言うならば、「悔い改め」が該当するかもしれない。全ての日本人は、偶像崇拝を止めなければならない。神道で祀られている神とされているものは、全て神の被造物である。被造物を拝むことは、偶像崇拝に他ならない。

 

これまで神を悲しませてきた自らの罪を認め、神の御前でその罪を告白し、神に赦しを請うのである。神に立ち返り、主イエスを通して神と和解することが、我々人類の第一の目的である。そのためには、日々祈り、神を賛美しなければならないだろう。決して財産を増やすことや、快楽を追い求めることが人生の目的ではないのである。

 

なお、神と和解して借銭を返すためには、主イエスを通さずして成されることはあり得ない。よって、全ての民は、主イエスの御前に跪(ひざまず)いて祈り、これまで世俗に執着するあまり、神をないがしろにしてきた罪の赦しを請わなければならないだろう。

 

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」 
『ヨハネによる福音書』14:6

 

終わりの兆しが現れた後の「真の光」とは、「大リバイバルと主イエス・キリストの再臨」である。それと同時期に現れる「偽りの光」とは、反キリストとそれに従う獣たちのことである。以下の過去記事を参考にして、ぜひ日々の悔い改めと祈りと聖書を実践してもらい、信仰心を高めてほしい。聖霊の内住により、心が喜びで満たされてきたら、罪が赦されたと判断してもいいかもしれない。

 

ぜひダウンロードして活用してほしい。