一掛け
二掛け
三掛けて
仕掛けて
殺して
日が暮れて
橋の欄干腰下ろし
遥か向こうを眺むれば
この世はつらい事ばかり
片手に線香
花を持ち
姐さん
姐さん
何処行くの
妾は
必殺浪漫人
黒衣のみなみと申します
それで …
今日は
何処のどなたを殺っとくれと
仰りますのかぇ …
ねぇ
ちょいと
お兄さん …
妾の相手をしてくださいな
…
あらイヤだ
お情けを頂戴しようッてンじゃあ
ございませんよぉ
ほ~ンと
好兵衛さんだねぇ
フフフ …
ほぉら
これッ
す ・ ご ・ ろ ・ く
世の中の
善 ( アフラマズダー) と
惡 (アーリマン) とを振り分ける
人呼んで
善惡振分雙六にございますッ
ええ
ええ
決まりはカンタン
賽を振り
出た目の数だけ
駒を進めますのサ
犬公方も
水呑百姓も
みないっしょ
ただねぇ …
道中
止まった升に
鬼が出るか
蛇が出るか
はたまた
閻魔に
舌チョン切られるか …
そこは賽振る
腕しだい
生きるもさだめ
死ぬるもさだめ
うまく上がれりゃ
お慰み …
さぁ
どうぞ
お兄さんから
お振りなさいな …
ええか
よぉ聞きなはれ
座した少女は
澄んだ瞳を
真っ直ぐ男へと向ける
おカミがな
おなごを舞台にあげたら
あかん言わはる …
男は大きく嘆息する
ほんまにアホなことやで
こない美しもんを
観せへんなんて …
少女はまじろぎもせず
ただただ
座している
せやからな
ワテは考えたんや …
男は繰り返し言う
ええか
よぉ聞くんやで …
さあさあ
みなさん
急いでくださいッ
時間がありませんよ !
江戸南町奉行所 筆頭同心
田中熊五郎の甲高い声が
朝のしじまをわななかす
全員揃いましたね
でわッ
参りましょう !
田中が十手 ( じって ) で
前方を指し示すと
見回り同心の一団は
玉砂利を駆けだし
長屋門からわらわらと
市中へと跳びだしていった
湯島の妻戀坂を上った
切り高な台に建つ智音院は
寛永寺の末寺ながら
本山をも凌ぐ隆盛を誇っている
それもそのはず
なぜならばこの智音院
時の征夷大将軍生母
慈聖院 一族の菩提寺であるがゆえ
将軍ならびに老中からも
手厚い庇護をうけているからだ
自身の分身である
最愛の我が子が将軍職を継ぐと
仏道に篤く
政が寺社へ介入することを厭うた
先の住職を強引に退隠させ
慈聖院は何処からか
精気漲る怪僧を招聘した
圓空 という
新たに住職の任へと就いた破戒僧は
その強大な権力の威光をかさに
自らを貫首と称し
本山へも睨みをきかせ
勢力を広げはじめる
手始めに突如本堂を
本尊ごと破壊すると
土を盛り
その上に新たに本堂を建立し
黄金の薬師如来坐像を開眼させた
まるで開祖家康が
羽柴の錦城を潰したがごとく …
そして誰に憚ることなく
豪華絢爛な紫袈裟を纏い
肉食 飲酒 女犯と
己の意の赴くまま俗諦にまみれた
なかでも
女犯への執着は凄まじく
唐天竺の秘術と喧伝し
江戸市中の富裕な内儀やその娘
果ては
大奥の女中までもが
妖しげな性戯に溺れた
しかし
圓空の変態的性癖は
やがて市井の女人へと
その魔手を伸ばしはじめる …
当然のことながら
巷間では
智音院に関する
“ 黒い噂 ” がまことしやかに
飛び交っていた
圓空は人肉を喰らうている …
人口に膾炙されるものには
何処であれ話に鰭がつく
けれども
中らずとも遠からず …
正鵠を射るには至らずも
とかく風聞を権勢者は懼れるのである
さらに
湯島界隈で相次ぐ
孕み女の失踪に関しては
市井の眼は完全に
智音院へと向けられていた
直訴があれど圓空を慮ってか
寺社奉行はまったく動く気配がない
それどころか
業を煮やし智音院へと押しかけた
その良人らには
捕縛投獄し苛烈な仕置きを加え
口をふさいだ
そんな周囲の喧騒など
歯牙にもかけず
圓空はますます増長し
境内に新たな寺宝蔵を建立し
開莚の儀を
この文月に執り行うとした
表向きは宝蔵だが
紛うことなき
女犯のための淫祠なのだ
その落慶に
幕府の要人を招く圓空の
厚顔無恥もさることながら
参列する輩の無為無能ぶりも
推して知るべしである
おや ?
田中様
みなさんもお揃いで
こんな朝っぱらから
どちらへお出かけですか ?
楓川に架かる
越中橋のたもとで
田中の下役同心中村主水が
息巻く一団に声をかけた
先頭の田中が足踏みをしながら
その場にとどまると
以下続いてきた同心衆も
それに倣う
中村さんッ
なんですかアナタはッ
今ごろノコノコと !
いえいえ
私はいつも通りの刻に …
中村さんッ
昨日
あれほど申したではありませんか
私たちは今日から湯島の智音院様の
警護を仰せつかったのですよッ
ですからぁ
いつもより早く出勤してくださいと !
中村主水は己の額を
ピシャリと叩く
あぁッ
そうでしたそうでした
あいすみません
ついうっかり忘れておりました
では私もコレよりごいっしょに …
田中は中村主水の鼻先で
十手をクルクルと回す
結構ですッ !
中村さん
アナタは留守居をしてくださいッ
どうせ居ても居なくても …
再び駆けだそうとした田中は
ふと足を止め振り返った
そうだ !
中村さんッ
はぁ
なンでございましょう ?
アナタにうってつけの
お仕事がありますよ …
やや声をひそめ
ニヤリと口元に笑みを浮かべる田中に
中村主水は一瞬たじろぐ
まさかこの “ 陰間同心 ” …
裏の稼業に勘づきやがったのかと
探るように田中の言葉をなぞらえた
私に
うってつけの
仕事でございますか … ?
ニンマリと田中が頷く
えぇ …
もうピッタリ …
そのなんとも不気味な笑顔に
中村主水は身を粟だたせる
もうかれこれ
ひと月ほどまえから
湊町で一膳飯屋が
商いを始めているらしいのですがネ
冥加の納めがまだなのです …
冥加と聞いて
中村主水の警戒が緩む
木っ端役人の集金業務だ
湊町で一膳飯屋ですか ?
またずいぶんな場末で
店ぇ開きましたねぇ …
おおよそ
納めを渋る店主が雇った
人足崩れの破落戸あたりに
手を焼いているのだろう
本間さんに
何度か行っていただいたのですが
いつも戸が閉まってましてね
留守 ?
刻を変えて行ってみても
ぴたりと閉じられてましてねぇ …
それじゃ
商売してないんじゃないですか ?
い〜えッ
子の三つ時に
軒先の釣り行燈が灯ってるのを
見たッて噂があるンですッ
しかしそりゃ
噂話でしょう ?
そんなコトでイチイチ我々が …
田中が二三歩詰め寄り
下から中村主水を睨み上げる
ウワサでもイタワサでも
い〜ンですッ
冥加の取りこぼしなんかあったら
アタクシの責任に
なるンですからねッ
しだいに
声調 ( トーン ) の上がる田中は
さらに顔を近づけ飛沫をかける
あー
はいはい
ではこれから行って参りますよ …
踵を返す中村主水の背に
田中が金切り声を浴びせる
中村さん !
こんな朝っぱらから一膳飯屋が
開いてるわけがないでしょ !
子の刻過ぎに行ってらっしゃいッ
子の刻過ぎに !
えぇッ
子の刻過ぎにですか ?
そうですよッ
キッチリ取り立ててきてくださいよッ
そうそう
それから …
田中は今一度十手を
中村主水の鼻先で回す
最近ご城下で
解死が続いているのは
アナタもご存知ですよね ?
はぁ …
知ってますが
あの辺りも物騒なトコですから
しっかり見廻ってくださいよ
中村主水は顔をそむけて呟く
… ッたく
体のいい夜回りじゃねぇか
なにをブツブツ言ってるンですかッ
良いですね ?
頼みましたよ !
はいはいッ
わかりました
フンッと田中は鼻で笑うと
十手を高々と掲げた
さぁ~みなさん
北番所の方々に
遅れをとってはなりません
参りますよッ
そぉ~れぇ~
声を裏返すと田中は
小股走りで駆けだした
その後に続く
尻っ端折りの一団が
松平屋敷の角に消えるのを
中村主水は
大あくびをしながらながめていた
川口町は
開祖家康が造成した
大川 ( 隅田川 ) 中州の
南端にある
この辺り一帯は
大川
亀島川
八丁堀川
さらには幾筋もの掘割が市中へと巡る
江戸の水上輸送の要衝であり
酒問屋や船大工らが多く
活気のある町であった
中村主水は
ばら緒の雪駄をちゃらちゃらと鳴らし
対岸の湊町へと歩を運んでいた
内海からの潮風に
柳がたおやかになびいている
あ~
腹がへった …
中村主水が独りごちたとき
数間先の棟割長屋の人だかりの中から
女が転がるようにとびだしてきた
お願いでございますッ
どうかそれだけは
堪忍してくださいッ
足りない分は
必ずお支払いいたしますからッ
女が往来にひざまづき
何かをしきりに懇願している様子に
中村主水はふと足をとめる
開け放たれた腰高障子の奥から
白い霜降姿の坊主が現われると
野次馬の人垣が割れた
脇に木箱を抱え
無言のまま去ろうとする巨躯に
女は袂を掴み尚も訴えつづける
大工道具を持っていかれたら
うちのひとは仕事ができませんッ
お願いですッ
申したであろう
五日待ってやると …
それまでの証文代わりだ
でもッ
仕事が出来なきゃ …
素貸 ( 無担保 ) はできぬ
離せ
坊主がその手を振り払うと
女はあっと声をあげ
足元に崩れ落ちる
そのとき
高橋 ( たかばし ) 方向から
男がひとり
息せき切って駆けつけてきた
やめろッ
おすずッ !
大丈夫かッ ?
男は女の肩を抱き
仁王立ちの坊主を睨み上げる
坊主のくせに
手荒なマネしやがって !
おすずの腹ン中にはなあ
赤ん坊がへぇってるンでいッ !
男のその言葉に
霜降坊主の眉が僅かにうごく
ほう
孕み女とな …
すると坊主は
二人の面前に道具箱を放り投げ
野太い声で言った
仏の顔も三度までと申すが
我らには二度もない
期限までに納めぬ
そのときには …
睨めるように女をみやると
不敵な笑みを残し
坊主は背を向ける
脚絆のこぜが妖しく光った
汚ねぇ奴らだ
ホントに
クソ坊主だッ
男は拳を握りしめ
紋を染め抜いた
霜降りの背に向かって弩ついた
おすずッ
ケガはねぇか
みるみるうちに
すずの目から涙が零れる
晴吉さんのバカッ
いったい
何処へ行ってたのさぁ
悪かった
悪かった
おっかねぇ思いをさしちまって …
ふたりは人目もはばからず
ひしと抱き合った
夕べのうちに
もどるつもりだったンだが
高田の馬場あたりで
とっぷり日が暮れちまって …
すずはかぶり振りながら
袖で涙をぬぐう
そうだッ
晴吉と呼ばれた男は
懐から折形 ( おりがた ) を取りだし
すずに差しだした
なあに … ?
安産の懐中守 …
雑司ヶ谷の
鬼子母神さまで頂いてきたンだ
男ははにかむように笑った
晴吉さん …
アタシのために
そんな遠くまで …
すずの目が再び潤む
あたりめぇじゃねぇか
晴吉は折形を
帯へとそっとはさんでやり
膨らみはじめた腹を
やさしく撫でた
みなしごだったオイラが
別嬪の嫁もらえて
赤ん坊まで授かったンだ
おすずとこの子を
なにがあっても守らなきゃなんねぇ …
晴吉はすずをもう一度抱きしめる
おすず
心配いらねぇ
店賃の足らねぇ分は
棟梁が融通してくれるッてよ
すずを抱きかかえ土間へ入ると
甕の水を柄杓で掬い喉を潤した
それになッ
彼岸過ぎたら
独り立ちさせてくれるッてよ !
そうなりゃ手間賃だって
今よりずっと増えらぁ
晴吉はパッと両の手をひろげ
白い歯を見せた
おすずッ
メシにしよう !
オイラおとついから
なぁ~ンにも喰ってねェンだ
腹ぁ減っちまったよぉ~
うんッ
すずはニッコリと微笑む
頬を濡らした涙は
もう乾いていた
何者だ
あの坊主 …
騒ぎの始終を
相向かいの軒下から窺っていた
中村主水は
往来を去りゆく霜降の背に
目を凝らす
葵紋の染め抜き …
黴雨の明けを思わせる蒼穹から
カッと強い夏の陽射しが照りつける
亀島川の水面が煌く乱反射に
中村主水は手をかざす
ほぉ
八丁堀 …
おめぇさん
知らねえのかい …
不意の背後からの声に
中村主水が振り返ると
縞紗の単衣を着流した
三味線屋の勇次が
割れた板塀の陰から現れた
なんだ
三味線屋じぁねぇか …
勇次は腕を組んだまま
霜降りが紛れた往来の先を
顎でしゃくった
湯島智音院の
納所坊主よ …
中村主水も視線を戻す
なるほど …
智音院の坊主か
それで葵の御紋ってわけだ
勇次はふたたび
板塀の向う側へと身を隠す
中村主水も素早く辺りを窺い
割れ板を背に立つと
定町廻り ( パトロール ) を装った
住職が変わってからこっち
葵の紋背負って
派手に動き回ってやがる …
板塀を挟み背中合わせで
勇次が声を潜める
噂にゃ聞こえてたがよ
ありゃあまるで
掛取り ( 借金取り ) じゃねェか
坊主が聞いて呆れるぜ
勇次がフッと笑いをふくむ
その通りよ
奴らはタチの悪い掛取りよ …
一呼吸置き
勇次はさらに声を潜める
智音院は寺領の
店 ( たな ) や長屋の賃料を
いきなり
五割増しに釣り上げやがった …
五割たぁ
高利貸しも真っ青だな
納められねぇモンには
ああして脅しをかけて
追い出すって寸法よ …
追い出しちまったら
上がりが減るんじゃねぇか ?
それも算盤ずくよ …
満ち潮に
もやいで繋いだ小舟が揺れる
退かせたあとには
破落戸どもを侍らせて
賭場や茶屋を開くのよ …
坊主が賭場開いて
出会い茶屋商うってのか ?
あぁ …
まったく
世も末だな
だかな
どうもそこには
大店 ( 大資本 ) が一枚
噛んでるって話だぜ …
舳先のカモメが
水面に跳ねる鰡を目掛け翔びたつ
鬼乃國屋甚右衛門 …
悪でぇ商売にかけちゃ
天下一よ
材木問屋の鬼乃國屋か …
表向きにゃあ長屋だが
暖簾も看板もありゃしねえ
だから
届けも冥加も構いなしで
坊主と鬼の丸儲けよ …
中村主水は舌打ちをする
こちとら ( 奉行所 )
そんな話聞いちゃねぇぞ
あたりめぇよ
ヤミの商いだ
宙空に鳶が数羽輪をえがき
あわよくばと
カモメの手柄を狙っている
もっとも
葵のモンモンをチラホラされりゃ
てめぇら ( 木っ端役人 ) なんざに
手ェ出せやしねぇだろ ?
勇次は語尾に嘲りを含ませた
……
鉄砲洲の杜から
蝉の声がわきあがる
こんどの宝蔵の普請も
鬼乃國屋が一手に仕切って
濡れ手に粟よ …
坊主と鬼が
仲良く手ぇ繋いでるたぁ
お釈迦さぁでも気がつくめぇ …
ってか
若い二人が住まう長屋から
味噌汁の香りが漂ってくる
中村主水は
あらためて空腹を思いだした
それはそうと
八丁堀 …
勇次は板の割れ目に
顔を寄せる
ここんところ
市中で続くコロシだが …
シジミの売り声に
蝉時雨が重なる
どうやら
同業 ( 仕事人 ) の仕業だぜ
鳶の急襲に驚いた
カモメの鋭い
いななきがやむと
ひととき辺りは静寂する
やっぱり
おめぇもそう思うか
無言で勇次は頷いた
佐賀町の取り上げ婆 …
小石川の薬種屋 …
番医者の近條虎渓 …
どいつも
取るに足らねぇ小悪党だが …
水面から急上昇した
鳶とカモメが
空中で死闘を繰り広げる
こう続けて動きやがると
見過ごせねぇ …
黙する勇次に
中村主水が訊く
三味線屋
おめぇ
心当たりがあるのか
ああ …
激しい縺れあいで
抜け落ちた羽を残し
鳶とカモメは内海へと飛び去る
女歌舞伎役者
風﨑 ( かざさき ) の美南 …
女歌舞伎だぁ ?
中村主水が怪訝そうに
訊き返す
お袋から聞いた話だ
俺も直には知っちゃいねえ
ご禁制の
女歌舞伎役者 …
考え込む中村主水に勇次は言う
まだ雑魚しか斬っちゃいねえが
相当な太刀筋って話だぜ
単衣の衿を軽くひき整える
八丁堀
おめぇさんも裏の世界じゃ
名うての遣い手だ
せいぜい用心するこったな …
袂に手を入れ勇次は
足早に離れていった
余計な心配するな
てめぇこそ
下手打つんじゃねぇぞ …
無意識に
脇差の柄へ手をかけた中村主水も
炎天のなかへと消えていった
風は西から吹いてくる
ええか
よぉ聞くんやで
少女はしずかに頷く
ワテはなぁ
どないしても
オマエを跡目にしたいんや
ええええ
それが叶わへんのやったら
せめて手元に置きたいねん
手放しとうないんやッ !
少女の瞳が
わずかにひらく
せやから
ワテは考えた …
舞台ではな
黒は見えへんものっちゅう
決まりや …
せやから
黒衣 ( くろご )は
そこに
いひんっちゅうことや
みなみ …
黒衣になるんや
オマエはもう
この世にも
あの世にも
おらへん …
ワテだけのモンになるんや
男が少女におどりかかる
抗わず
声もあげず
激しい愛撫に
身をまかせ
やがて男が果てると
少女は
女になった
ええな
いまからオマエは
表も
裏もない
黒衣や
黒衣の
みなみや …
これより
幕間と
相成りまする
直しの柝の音が響くまで
しばしお待を …
from Noah ♥