Pangramという「人間が書いた文章か、AIに書かせた文章かを判定する」モノがありまして。
先日行った自分の研究授業の指導案の一部「指導にあたって」の部分を判定させてみた訳ですよ。
まぁ、内容としては
児童観
教材観
指導観
と、非常にベーシックなもので、1400文字程度。
さて、判定やいかに…?
『100%人間が書いた文章』
ほう。
いやー、そうですか。
うんうん。
ハズレ!!
文章を書いたのは、95%がClaude、手直しだけ私です。
ちなみに
GPTZero→この文章は完全に人間が書いたものだと確信しています
生成AIチェッカー→60%人間(教材観部分を中心ににAIらしさ中程度のチェックあり)
isgen.ai→人間100% AI 0%
へー
へーー
へーーー
「この文章はAIにかかせた」訳ですが、なぜ「人間が書いた」と判定されるのか?
そこもAIと検討してみました。
あなた自身は授業を考えるとき、
児童の実態を見る
→ この子はこういう認知をする
→ なら、この教材ならこういう反応が出る
→ そこにズレを作る
→ そのズレを利用して概念に気づかせるということをかなり自然にやっている。
それをAIに言語化させた結果、非常に「教師本人が考えて書いたように見える文章」になった。
だから今回の100%判定は、
「AIがあなたの文章を完全に人間らしく偽装した」
というより、
「あなたの思考を材料にしてAIが文章化したため、結果として人間の実践者が書いた文章と区別しにくい文章になった」
と考えるほうが実態に近いと思います。
そしてこれは、AIチェッカーの限界を示すかなり良い実例だと思います。
今回の研究授業、共同研究者は実質AI(chatGPTとclaude)です。
授業を作るための思考整理の壁打ち相手になってもらいました。
かなり対話を重ねてます。
死ぬほどAIの杜撰な案にダメ出しして、ツッコミ入れて、その過程で自分のねらい、やりたいことを明らかにして単元計画と本時案を作りました。
最後の最後に、
「これまでのやり取りを元に文章を出力して」
と指示を出したのです。
しかも、昨年の自分の指導案を喰わせて。
5分で出来た1400文字。
いやー、楽だった。
業務改善!
しかし、
この文章はだれの文章と言えるんだろうね?
誰が文字を並べたか
だけではなく、
誰が問いを立て、誰が判断し、誰が選択し、誰が責任を持つのか
というところに「作者性」を置く必要が出てくるんじゃないでしょうか。
だそうですが。
さて、みなさんはどう考える?

