認知症ババの被害妄想がとまらない。



今日は有給休暇をとっているので、朝から雨上がりの庭の草むしりをしたり、のんびりコーヒーを飲んだり…


ふと見ると、ババが土を盛って花壇のようにしているところに植わっていたオクラ(まだ花や実はつけない程度に小さい)が無くなっているのに気づいた。


用事があって母屋をたずねた機会に

「庭のオクラ抜いたんだね〜、そのまま育てたら遅めのオクラが食べられるかなーとか思ったけど。」

と話題に上げると、そこから炎上ですよ。



「抜いたところだから戻せばいいのよ!でも大変なんだから!(ナンとかカンとか、トヤカクトヤカク・・・)」



いやいや、戻さんでいい、戻さんでいい。

畑のオクラがそろそろ終わるから、時期がずれていいかもねって思ったってだけだって。


「そんなにいるなら持っていけばいいでしょ!!」

と、先日ジジと私が収穫して置いていたオクラを持ち出す。



今食べるオクラの話をしているわけじゃないって。

オクラはあるから。

ただ、オクラを抜いたんだねって、事実として話題に上げただけで、文句つけてるわけじゃないから。



話はまったく通じないので、庭に出て抜いたオクラを持ち出し、

「ほら植えたいなら植えればいいでしょ!でも葉っぱも虫に食われて、大変なのよ!!」

とキレまくる。



いや、だから植えない、植えない。



「植えないさいよ!!」



いやいや、抜いたことに対する文句じゃないから。

しなくていいって。



「私はアンタにひどいこと言われて、もう、ほんとうにとてつもなく酷いことばっかり言われて・・・」



鬼の形相で食って掛かるババ。

手に負えない。





ここ1年ほど、本当に被害妄想が強いので、

よくわからない小さなきっかけから激怒しだすんだな、これが。

今回は「オクラを抜いたことを責められた」と判断したんだろうけど。

もう、そういう意図じゃないと説明しても、ババの行動を認めても、どうにもなりゃしない。

聞く耳ないから。



そして最後に出てくるのは


「私はとてつもなく酷いことをされている」

「ずっと我慢してきたんだ」

「酷いことばっかり言われてきた」


という家族に対する怒り。



伴侶であるジジに対してが一番ひどく、

同居している娘の私や、

別居している息子(私の長兄)にもふとしたタイミンで攻撃が始まる。




私はこんなに家族のために

してやってきたのに


という論調が多い。



もちろん家族以外にも、金融機関(お金が絡むと被害妄想すごい)や、医師(ワクチン接種の担当医に泣いてブチギレてた)に向かうことはあるんだけど、

基本的に内と外の別け隔てはあるので、血縁者に対してがほとんど。

兄嫁に対してはしない。(後で嫌味っぽく文句つけることはたまにある。)




そんなババを見ていると、思うのよね。


自己犠牲の成れの果てじゃね????


私は家族のためにこんなに我慢してやっているのよ。

やりたいことも我慢して、それでも笑顔でいるのよ。

それなのに、家族ときたら、人の気も知らず…

なんにもわかってくれない、察してくれない。

もうちょっと気を使ってくれるのが当たり前でしょう?





……



って、思ってきたんだね。何十年。





不言実行。勤勉だけど不器用な『昭和の男』のジジに対して、この間は



「自分だけビール飲んで。私なんて、一度も『飲むか』とか『一口どうだ』なんて声かけてもらったこともない。自分だけ飲んでいい気なもんだわ。普通は一言くらい優しく声をかけるもんでしょ?!」


と、いきなりキレだした。


「私はずっとひどい扱いを受けてきたのよ。人間らしい、当たり前の生活がしたい。まともに会話も成り立たないとんでもない暮らしだわ!!!」



と。



ジジが、自分の飲むビールを、自分で買って、自分で冷やして、自分で飲んでいることが気に食わないのだと。

「飲むか?」と優しく声をかけるのが家族としてあたりまえだと。

そんな一声かけてもらったこともないと。

自分のことしか考えてないんだと。

ジジは「ビール一本もらうね〜」と声をかければ

「お〜」と快諾する人。「俺が買ってきたのに」なんてことも言わない。

せいぜい「(横に箱で置いてるのを)代わりに冷蔵庫に入れといて」という程度。

でも、ババは自分からは言わないのよ。


「そんなこと思ってたのか。自分だって取ってきて飲めばいいじゃないか。」

とジジがいえば、そうじゃないと。

言わなくても、優しく気を使って声をかけるのが「当然」だと。






ババを見ていて、とても勉強になるよ。


自分の当たり前は、人の当たり前じゃない。


ってこと


自分の考えや気持ちをを伝えようともせずに察してもらえずに文句を言うという姿勢がいかに傲慢な態度であるか。


ってこと。




金子みすゞさんの

「みんなちがって、みんないい。」

は、そりゃいいんだけども。




実生活では、


みんな違って、さあ大変!!!


なのよさ。



だって、

みんな見方も、感じ方も、考え方も違うんだもの。

相互理解が、果てしなく難しいんだもの。

合意形成って、なんて大変なのかしら。





とりあえず、



〇〇してやったのに



という気持ちを持たなくて済むような心構えを心がけよう



自分が、自分のために、納得してやっているんだ。

自分の人生のための、自分の選択だ。

相手に負わせることのないように。

「□□のために○○してあげた」んではなく、「自分で〇〇しようと納得して、選択して決めた。」と自信を持って言える行動をしよう。



自分のできる範囲で。

無理をしない。

犠牲になっていると感じることは、極力減らそう。

無理だ、負担だと感じることは、積極的に発信して助けを求めよう。

余裕を持った上で、気持ちよく、自分の心に従って、周りのひとと笑顔で暮らせるようにしよう。



そうでありたい。



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