ギリシア カランバカで会った日本語Tシャツを着たオージー

痛いニュースでこんな記事が取り上げられていました↓。
“馬糞”“痴漢”“痔”など、変な文字のタトゥーを入れるアメリカ人が急増

上の写真はギリシアのカランバカの町であったオーストラリア人。
(検索したらハワイでも→Mahalo's Cafeさん)

海外を旅していると、とんでもない日本語Tシャツを着ている外人を見かけることがありますが、なんだかホンワカした気持ちになります。
欧米人にとって漢字は意味は分からなくてもその見た目が COOL(カッコイイ)に感じるらしい。
ちなみに漢字ではないが、
映画「マトリックス」でマトリックス世界(?)で流れていた緑色の文字列をよく見ると反転したカタカナが使われていましたね。

日本人のTシャツなどに書かれた英語の文字も欧米人からみたらおかしな使われ方をしている場合もあるでしょう。
その辺りは、あまり細かいことを気にせず、お互いに生暖かく見守っていきたいですネ。

ポルトガル・リスボンのタトゥー屋さん

さて、ポルトガルの首都リスボンの街角で見つけた路上タトゥーのお店。
そこに掲げられた看板を覗くと・・・。

ポルトガル・リスボンのタトゥー屋さん
漢字一文字の下に英単語が書かれています。
状況から考えると漢字の意味と英単語を対応させているのだろう。

「美 Beautiful」
「好 To give Love」

うんうん、この二文字は正しい。

「徳 Love」
「的 Like」

「徳」も愛情の一つの形態と思えば間違ってはいないか・・・。
「的」は「○○的~」と形容詞的な使われ方をするので、似ているという意味の「Like」ならまあ許せる。

しかし・・・

「届 dragon」
「佛 Faith」
「夫 Dog」
「更 Street Boy」
「津 Victory」
「方 Happy」
「来 Good Luck」
「旦 Energy」
「誕 Smile」
「国 CLUB」
「定 Dream」

上記のような文字は、英単語の意味を信用して彫ったお客さんはちょっとかわいそうですね。
「Dragon(竜)」のつもりが「届」って・・・。

中国は簡体字とよばれる本来の漢字を簡略化した漢字を使用しており、上記の看板ではそれらが使われているので、日本語ではなく中国語の書物や辞書を利用したものと思われます。
一応、エキサイト辞書の中日辞典で調べてみても上記の英単語のような意味は確認できませんでした。南無三。

ポルトガル・リスボンのタトゥー屋さん
こちらは、漢字一文字とアルファベット一文字を対応させたと思われますが、こちらも中日辞典で調べても中国語の発音と似ているものは一つか二つくらい。

イイんです・・・見た目がCoolと感じるなら!


私の体験ですが、以前 オーストラリアのビーチで、腰の部分(おしりの割れ目のすぐ上)に縦で
「プリティー」とタトゥーが彫られている若い女の子を見ました。

後ろから抱きしめたくなりました。



●過去の関連記事
 ○シ毎タトのニホソゴ
 ○中国看板を読む


[2006年 ポルトガル・リスボン]
ペルー鉄道
今回は、クスコ→プーノを走るペルー鉄道を簡単に紹介。
距離380km、8:00amクスコ発、6:10pmプーノ着の約10時間の旅となる。
17USドル(約2000円)。
バスの方が安くて早いのだが、風光明媚な車窓と世界最高峰の停車駅があるというこの路線、乗ってみる価値はあります。

ペルー鉄道
最後部の特別席。
鉄板とガラスを強引に貼り付けた投げやり感がなごみます。

ペルー鉄道
列車の職員に声をかけると快く写真撮影に応じてくれてなごみます。

ペルー鉄道
運転手にも挨拶。列車の番号が756でなごむ。

ペルー鉄道 職員の女性
車両に乗り込むときにのチケットチェック。
駅員の女性が綺麗です。
よく見ると、にっこりして見せた歯が矯正をしていてなごみます。

ペルー鉄道
車内はこんな感じ。乗客はまばら。
わざわざテーブルクロスが敷いてあって、そこに小さな花瓶が置いてあります。
これが運行中 振動で動いてテーブルの端に少しずつ移動するが落ちそうで落ちない・・・ってトコロを見てるとなごみます。

ペルー鉄道
車窓の風景。
ペルーの自然や田舎の町並みや人々の生活する姿は見ていて飽きない。
マレーシアの鉄道などでもあったけど、田舎を走るとこうやって子供が手を振ってくれるのが非常になごみます。

ペルー鉄道
自転車の前の荷台に乗ってるパナマ帽をかぶったおばあちゃん。
その姿がなんともかわいくてなごみます。

ペルー鉄道
ただひたすら列車と競争する男の子。
必死な顔とキテレツな走り方でなごみます。

ペルー鉄道
踏み切りを待つ人々。

ペルー鉄道
アジアの国でもよくあるのだが、
めったに列車が通らない路線だと、それをいいことに線路の両脇を商業スペースとして使っている。

ペルー鉄道
町中を通るときに汽笛を鳴らしながらゆっくり通るのは、線路上の人々をどかすためだろう。
汽笛がうるさくて何人かが耳を手で押さえたりしているのがなごみます。

ペルー鉄道 LA・LAYAラ・ラヤ駅
ラ・ラヤ駅で約10分停車する。
標高4319m。定期運行をする路線では最高峰の駅である(ひょっとしたら その後チベット鉄道に抜かれたかも)。

ペルー鉄道 LA・LAYAラ・ラヤ駅
ここではその停車時間内にお土産を買わせようとミニマーケットの人々が民芸品やらマフラーなどを売り込みに来る。
一週間に8回しか列車が通らないこの路線、相手も必死である。

ペルー鉄道 LA・LAYAラ・ラヤ駅 子供
そこにいた子供。そのかわいさになごみます。

ペルー鉄道
短い停車時間に後ろ髪引かれながら出発。クスコの市場で買ったパンをつまみに風景を楽しむ。
リャマやアルパカが放牧されている風景に何度も出会いなごみます。
写真はリャマ。
リャマとアルパカは姿が似ていますが見分け方は、「頭の悪そう」なのがアルパカです。

ペルー鉄道 チチカカ湖
日が暮れてきた頃、ようやくチチカカ湖が見せてきます。

ペルー鉄道 プーノ駅
列車では初めてなことだが、今回、でかい荷物は別車両に預けられていた。
盗難などがないよう、一度ホームに全ての荷物を並べて、全員いっせいに各自回収するというシステム。
みんな待ちきれずうずうずしているところがなごみます。

プーノ ロモ・サルタード
チチカカ湖のほとりの町プーノに到着。
宿に荷物を置き、宿で教えてもらったおいしいレストランでロモ・サルタード。
8sol(約300円)。ペルーに来て何度も食べたお気に入り料理。
おいしさになごみました。


長い列車の旅、自分にお疲れ様。


[ペルー クスコ→プーノ間 ペルー鉄道]
ペルー マチュピチュ村 女の子と男の子

女の子「何?こんなところに呼び出して」

男の子「あの・・・えぇっとぉ・・・」


ペルー マチュピチュ村 女の子と男の子

女の子「な~に?」

男の子「あの・・・す・・・す・・・好きです」


ペルー マチュピチュ村 女の子と男の子

女の子「ありえね~わ」

男の子「え?」


ペルー マチュピチュ村 女の子と男の子

観衆「振られてやんのぉ」

男の子「・・・・・・」



[ペルー・マチュピチュ村]
ペルー 空中都市マチュピチュ
テレビの旅系の番組で、最も行きたい世界遺産として紹介される「空中都市マチュピチュ」です。
この写真は、この遺跡が紹介されるときに必ず撮られる定番の場所「見張り小屋」から撮影したものです。

「マチュピチュ」と呼ばれている遺跡は、この写真の後方(写ってない)に位置する標高2940mのマチュピチュ(山)と遺跡の奥に見える2690mのワイナピチュ(山)の中間の尾根に位置しています。ちゅ、多いよ。

ちなみに、マチュピチュ遺跡観光の基点となる麓のマチュピチュ村に温泉があるのですが、5つくらい浴槽があるうちのそれぞれにカップルがいて、ちゅっちゅ、ちゅっちゅとイチャついていてかなり鬱陶しいです。

あまり知られてませんが、
注意深く見ると、この写真の奥に見えるワイナピチュの山の形があるものに見えてきませんか?

答えに行く前に、まず下の写真を見てください。

ペルー 空中都市マチュピチュ
これは、ワイナピチュの頂上に登ってマチュピチュの遺跡を見下ろしたところです。
世界遺産全体をヘリコプターやセスナではなくて、このように山から見下ろせることができるのはなかなか貴重です。

このマチュピチュの町全体の形が、かつてココに住んでいたインカの人々が太陽の使いとして信じていた「コンドル」をかたどっているといわれてるようですが、そう見えますか?

ペルー 空中都市マチュピチュ コンドル
先日、テレビ番組「世界の絶景100選」で上記のような線を引いて説明してました。

ちょっと無理がありますね・・・。

クスコの石組み
次に、同じペルーの国にクスコという世界遺産の町があります。かつてはインカ帝国の首都でしたが、16世紀にスペイン人の侵略により多くの建物は破壊されてしまいました。
しかし、カミソリの刃一枚も通さないといわれる精巧な石組みは残されました。

クスコ ピューマ石
町中に一角に上の写真の石組みがあります。何かに見えてきませんか?

答えは下↓。

クスコ ピューマ石
ピューマをかたどっているそうです。これは言われてみればナルホドォですね。
意図的か偶然かはわかりませんが・・・。
(クスコの町に行かれる方は)この近くを通ると、やたらと子供がここへ案内しようとしてきます。おそらくチップを要求してきて面倒なので、近くに看板があるので見つけて自力で探してください。アルマス広場から北東へ歩いて、有名な「12角の石」を過ぎたところに案内の看板があります。

クスコ ピューマ石
輪郭はこっちかも。記憶があいまいです・・・。
(※注;看板にはピューマの形が描かれているのですが、僕はこの看板を撮り忘れたので、上の写真の輪郭は間違っているかもしれません。後日可能なら調べます。)

あと、完全な上空写真はないので紹介できませんが、このクスコの町全体もピューマの形をしているそうです・・・テレビで何度もみましたが僕にはそうは見えません・・・。

そんなこんなで、ペルー人(インカ人)は、なにかの動物に「見立てる」ことが好きなようです。

さて、マチュピチュ村で下のような絵葉書を見つけました。

マチュピチュ ワイナピチュの顔
インカ人の顔らしいですよ。

マチュピチュ ワイナピチュの顔
ちゅっ!
2008年年賀状

去年2007年、このブログは19回しか更新してませんでした。
いつも更新チェックをしてくれている方、有難うございます。
今年は、ちょっとだけ南米ネタを書いた後、南米の旅日記を更新していこうかと思ってます。

この南米の旅からノートパソコンを持っていくことになしました。
南米の宿はドミトリーに泊まる機会が少なく、長い夜はシングルルームで過ごすことが多かった関係で、やたらと張り切って日記を書いてます。
無駄に長い文章であまり読者向けの記事ではないかもしれませんが、あぁこんな旅をしたんだぁってな感じでさらりと読んで雰囲気を味わってもらえたら幸いです。

遅ればせながら年賀状を作ったのでUPしておきます。
2007年のラストに旅したヨルダン・イスラエル・エジプトで撮った写真で構成しております。

[左上]ギザのピラミッドとスフィンクス(エジプト)
[左下]アブシンベル大神殿(エジプト)
[中上]ペトラ遺跡のエルハズネ(ヨルダン)
[中下]エルサレムのイスラム教の聖地 岩のドーム(イスラエル)
[右端]エルサレムのキリスト教の聖地 聖墳墓教会(イスラエル)

今年もよろしくお願いします。


関連記事
2007年第一回「新年を迎える有難さ
2006年第一回「犬嫌ぁ
靴下を吸う男

ス~ハァ~・・・す~はぁ~・・・
はぁ~はぁ~・・・

あ~、やめられねぇ・・・


お久しぶりです。
気がつけば二ヶ月も更新してませんでしたね。

2007年11月6日から12月4日まで(29日間)、ヨルダン・イスラエル・エジプトを旅していました。
宿泊した場所を列記すると

[日本]横浜→
[ヨルダン]アンマン(死海)→
[イスラエル]エルサレム(旧市街・ベツレヘム)→
[ヨルダン]アンマン→ワディームーサ(ペトラ遺跡)→
[エジプト]ダハブ→カイロ(ギザのピラミッド)→ルクソール(王家の谷)→アスワン(アブシンベル神殿)→カイロ(白・黒砂漠)→
[日本]横浜

何もしないでも身体が浮く不思議体験の死海、
キリスト・ユダヤ・イスラム教の三つの宗教の聖地があるエルサレム旧市街、
パレスチナ自治区とを隔てるフェンス(巨大な壁)、
インディージョーンズ3の舞台にもなったペトラ遺跡、
シュノーケリング天国ダハブ、
子供の頃からずっと憧れだったピラミッド・王家の谷・アブシンベル、
幻想的な世界の白砂漠・黒砂漠・・・

今回も充実した旅でした。

しかし、いろんな国を旅してきた弊害か、ちょっと感動が薄くなっているのも事実。
素晴らしい遺跡や自然で大感動するハズなのだが、今まで自分が行ったところと多少なりとも比較して「あっちの方が凄かったなぁ」とか思ってしまう自分がいます。
これは対象物が良くないのでなく、自分の中身の問題なんでしょうね。

情報収集・移動の仕方・詐欺や盗難に対する対処など、旅も小慣れたようで良くも悪くもトラブルはありませんでした。
トラブルは無い方が良いに越したことはないのですが、無ければ無いで刺激が足りないんですよね。
「バックパッカーはMだ」とは誰かがいってましたが、ちょっとそのケがあるかもしてませんね。

「これで最後の旅にしよう」と毎回 思いながらも、新たな「刺激」を求めてやめられない。
本当にこれで最後かな?

マチュピチュ村の少女
マチュピチュ観光を終えた翌日、
夕方のクスコ行きの電車の時間まで村をぷらつくことにした。

狭い路地に入ったところ、二人の少女を発見。
背後からパシャリ。

マチュピチュ村の少女
最初に気が付いたのはショートカットの子。

マチュピチュ村の少女
その様子をみたロングヘアーの子が振り向く。

マチュピチュ村の少女
近づいてきた。
ほとんど警戒する様子も無い。

マチュピチュ村の少女
ショートカットの子は好奇心が特に強そうだ。

マチュピチュ村の少女
おそらく僕のカメラの広角レンズが半球面になっているからだろう、
なぜか石を持ったままのロングヘアーの子が不思議な顔で覗き込んでる。

マチュピチュ村の少女
だんだん近寄ってきた。

マチュピチュ村の少女
ちょっ!近いって!

マチュピチュ村の少女
立ち去ろうとしたけど、ロングの子が撮って欲しそうだったので・・・

マチュピチュ村の少女
パシャリ。
着ている服がかわいいね。

マチュピチュ村の少女
背後にあやしげな影が・・・

マチュピチュ村の少女
だから近いって(・∀・)ノ

あまりに近いので、僕はバランスを崩して後ろに尻餅。
むちゃくちゃ笑っていた。


マチュピチュ村の少女
バイバイ。楽しかったヨ。




[2006年2月 ペルー・マチュピチュ村]
霧のマチュピチュ

アニメ「電脳コイル」によると、

古い空間が残っている場所には、霧が発生するそうです。


霧のマチュピチュ

朝5時に起き、眠い目をこすりながら見下ろした500年前の空間には

濃い霧が立ち込めていた。

朝日の眩しさなど、この遺跡には無縁なのかと思うほど。



[2006年2月 ペルー・マチュピチュ]
ペルー・マラスの塩田
前回の記事のモライから20分ほど車を走らせたところにマラスの塩田がある。

ペルー・マラスの塩田
こんな対象物のない写真では分かりづらいだろうが、かなりの大きさがあり、はじめてこれを見たときは相当感動したのだが、おそらくこの写真ではその感動が伝わらないだろう。

ペルー・マラスの塩田
標高3000mのこの地に塩田があるのは、近くに塩分濃度が高い温泉が湧き出ているからとのこと。
雨季の時期の4~9月には真っ白に輝く塩の段々畑になるらしいが、この時(2006年2月8日)はご覧の通りの茶い色。

ペルー・マラスの塩田
これは入場口にある売店で売られている「マラスの塩」。
この旅に来る前、ネットである人の旅日記を読んで、ここの塩のおいしさの評判を聞いていた。
自分用とお土産用で3つ購入。
南米での宿でパスタを自炊するときなどに活躍。
塩自体にちゃんと味がついていて凄く旨い。

いろいろな大きさがあるのだが、どれも1sol(40円)とのこと。適当だなぁ。

ペルー・マラスの塩田
ベンチに座って僕が選んでいる様子を眺めていた店のおばちゃんに
塩の袋を持たせたらにっこりとポーズをとってくれた。
好きですこういうおばちゃん。
ちゃんと宣伝しておいたよ。

ペルー・マラスの塩田
この写真に見られるように、壁面に塩のうすい板状のものがくっついている。
収穫(?)の最盛期ではないが、この時期でも塩を採集する作業は行われている。

ペルー・マラスの塩田
はるか下の方で塩を集めているおばちゃんの写真を撮ったら、
それに気づいたおばちゃんが、こんなにも距離があるのに手のひらを前に差し出し、こう言ってきた。

「プロピーナ~(チップくれ~)」

ペルー人、どんだけ!




[ペルー・マラスの塩田]
モライ近くのバス停
クスコの町から北西に60kmほどの場所にモライという遺跡(?)がある。

クスコからも遠いし、ツアーで組まれることも(ほとんど)無いので、バックパッカーで無いとなかなか行くのは難しい場所だ。

この日は、
まず、クスコでウルバンバ行きのローカルバスに乗り、1時間半後(だったな?)、ある道の分岐点(上の写真の場所)で途中下車して、そこで待機している白タクの運転手(前回の記事のおじさん達→クリック)と交渉し車をチャーター。モライとマラスの塩田を観光。
再び分岐点に戻りウルバンバ行きのバスを捕まえ、ウルバンバで下車してコレクティーボ(乗り合いミニバン)に乗り、オリャイタンタンボという遺跡を観光し、その近くの駅から電車に乗りマチュピチュの麓の村まで行くという、移動と観光を兼ねた素晴らしいコース。

ガイドブックを読んだだけだと、本当に行けるか心配だったのだが、クスコの宿の情報ノートを読んでいくことを決意。
観光客はほとんどいないし、ローカルバスを乗り継ぎ、白タクをチャーターするなど「自分で旅を組み立てている」という満足感が得られる。

クスコに行ってマチュピチュだけで終わるのはもったいないです、時間がある方ははぜひ行ってみることをお勧めします。

ペルー・モライ
ところで、このモライについて。

上から見ると日本の前方後円墳の凹凸が反転したような形状で、規則正しく等間隔に段々に作られた独特な曲線が美しい。
UFOの着陸場所だとか、祭祀的な場所だとかいろいろロマンが掻き立てられそうな不思議な形だが、どうやらインカ時代の農業試験場らしい。

ペルー・モライ
下へ降りるための階段。

ペルー・モライ
他に対象物が無いので大きさが分かりづらいが、人と比べるとこんな感じ。

ペルー・モライ
ガイドブック「地球の歩き方」によると、

・モライとはケチュア語で「丸くへこんだ所」という意味。
・直径50m、深さ30m以上。
・最上層と最下層の温度差は5~10度もあり、インカ人達はこの温度差を利用して異なる環境で育つ植物を植えていたと言われている。

とのこと。

モライ・植物
現地に行ってみると、
実際になにか植物が植えられているし、マチュピチュのそばにも高度差を利用した段々畑があること・・・、

モライ
隣にも少し小さい円形の段々畑があることから、超科学や祭祀的な場所と推測するには無理があるか。
しかし、単なる段々畑にしては形状が美しすぎる、そう結論付けるにはもったいない気がする。

モライ
古代インカの人々は、クスコの町並みに見る精巧な石垣の技術、マチュピチュを初めとした多くの遺跡等、数々の謎を残したまま消えてしまった。
こういう古代の遺跡というのは、はっきりと謎が解明されない方が、旅人のロマンをかきたてられる。

モライの子供
最後に、近くにいた子供の写真。

モライの子供
「ペルーの親分」の記事(→クリック)でも紹介した男の子もそうだったけど、ペルーの子供は
なぜ長靴を履いてるのか?

僕の中で、これもペルーの謎の一つだ。



[ペルー・クスコ近郊、モライ]