チベット 餃子犬

「あぁ~・・・餃子食べたい・・・」



[2007年 チベット]
イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ
最近、落書きに関したニュースをいくつか耳にする。
そのきっかけは、イタリアのフィレンツェにあるサンタマリア・デル・フィオーレ大聖堂に岐阜市立女子短期大学の落書きだ。
初めてそのニュースを見たときは「何をいまさら」という感じだった。

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ
以下、その報道に関していくつか感想と考察を

1、なぜ岐阜市立女子短期大学と野球部監督の落書きが今クローズアップされたのか?
2、なぜ日本人と韓国人の落書きが多いのか?
3、なぜ落書きをするのか?


イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ
●1、なぜ岐阜市立女子短期大学と野球部監督の落書きが今クローズアップされたのか?

今回の件が問題になったのは、あるブログ作者が大聖堂の落書きを岐阜市立女子短期大学に通報したことがきっかけである。
茨城の高校野球部監督の方は、ネット上の他の画像に写っていた落書きにフルネームで自分と奥さんの名前が書かれていることから個人を特定されたようだ(おそらく2ch)。ニュースや新聞では「野球部監督」としか出ていないが、検索をかけると個人名やら夫婦が写った顔写真までネットで公開されている。

僕が、2006年の7月にフィレンツェにあるこの大聖堂のクーポラを訪れたときに、すでに大量の落書きで埋め尽くされていた。(※クーポラとは一枚目の写真の茶色い屋根のドームの上にある狭いバルコニー部分のこと)
最初の報道を観た時の落書きの画像は、それだけがトリミングされた写真だったので「もしかしたら、これだけ話題になるんだから、僕が見た大量のラクガキが補修で消されて、綺麗になったばかりのところに書き込んだんだ」と思ったのだが、後の報道をみるとそういうわけではないらしい。

ネットでは、このクーポラの沢山の落書きの現状は、昔からネット上にさらされてはいた。
ではなぜ今 問題となったのか?
それは、大学名という社会的組織の名前が書かれていたからだ。
僕が撮ってきた画像を見てもらえれば分かるが、あだ名やファーストネーム(with日付)が書かれていることがほとんど。
仮にフルネームが書かれていたのを見つけてもその個人を探すということは通常しない。しかし大学名が書かれていれば抗議の電話をかける人がでるのも不思議ではない。
そしてそれが報道されるとネット上の多くの目にとまり、もともとさらされていた他の落書きの画像からフルネームを見つけ、それが、特定されやすい名前であった(夫婦セット)ことと、高校野球部監督だったことからこの二件がクローズアップされることとなった。(※ぼかしをいれたが上のハートマークで囲われた写真が監督のものらしい)
監督の方は、女子大生の件がなければ問題となることはなかったと思うが、「夫婦の名前」「高校野球部」「監督」「甲子園前」という要素がクローズアップされる要因となったと思う。


イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ ラクガキ 冷静と情熱のあいだ
●2、なぜ日本人と韓国人の落書きが多いのか?

この大聖堂のクーポラに書かれた落書きを国別で見ると(数をカウントしているわけではないのであくまで印象では)、
日本40%、韓国45% その他15%。

ハングルが特徴的な文字なので一番目立って数が多く感じるが、アルファベットで書かれている文字をよく見ると日本人の名前であったりする場合が多く、印象より日本人率は高いかもしれない。
外国では、ラクガキというのはそれほど珍しくないのだが、この大聖堂のクーポラでは、日本人と韓国人の落書きが際立っていた。
おそらくその理由は、映画「冷静と情熱のあいだ」にある。

主人公(竹之内豊)は、学生時代に付き合っていた恋人(ケリー・チャン)の「わたしの30歳の誕生日に、フィレンツェのドゥオーモのクーポラで会ってね。約束してね。」(ウィキペディアより)という10年前に言っていた言葉を頼りにこのドゥオーモ(大聖堂)まで会いに行く。
この場所は映画の中で印象的に使われていた場所だ。

2004年頃にオーストラリアを旅した時に会った韓国人に「冷静と情熱のあいだ」を観たという人が多かった(日本の話題になるとアニメかこの映画のことを話題にあげてきた)。どうやら韓国で結構ヒットしたようで、日本語の他にハングルが多いのは、そのせいじゃないかと推測する。
上の写真の「壱彦 小百合 5年後の12時に」なんてのはこの映画の影響だろう。


イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き
●3、なぜ落書きをするのか?

世界遺産の建物にかかわらず、他人の所有物に落書きをするのは犯罪行為であり許されるものではないが、「そうしてしまう環境」は理解できないことはない。
今回の件、ネット上の批評を見ると「割れ窓理論」で説明する人が多いが、どちらかというと「自転車のゴミカゴ理論」じゃないかと。
この現象の名前を知らないので勝手に名づけてみた。
自転車のカゴに一つでもゴミが入っているだけで、数時間後にはゴミで一杯になるという現象がある。
日本人は、道にゴミが一切無いところではゴミを捨てないが、ゴミを手にしているときに「ゴミが入った自転車のカゴ」を見つけると「捨ててもいいかな」という気になってしまう(実際に捨てるかどうかは人それぞれ)。
「割れ窓理論」は、例えば、割れた窓一つを放置していると、それがどんどんエスカレートして治安が悪くなり、やがて殺人事件まで起こるようになる・・・という話だが、日本の場合は、割れ窓が一つあると、その割れた窓の数が増えることはあっても、エスカレートすることということは少ないんじゃないか?(データがあるわけじゃないが印象として)
自転車カゴのゴミは一つを許すとゴミの数がひたすら増えていくだけ。犯罪の種類がエスカレートするのと数だけが増えるのとで性質が違う。だから今回の日本人の例は「割れ窓理論」とは別として考えた。
いずれにしろ今回の場合も、落書きの初期の段階で対処しなければならないが、消すといっても大理石を数ミリ削るくらいしかできないだろうからそう簡単ではないだろう。

沢山落書きがあるという「空気を読み」、他の人もやっているから「流されて」、映画の舞台という「ミーハー心」、旅の記念を残すという「ログ体質」、悪いことはお天道様がみているという犯罪抑止力も「自転車のゴミカゴ理論で罪の意識が低下」する・・・日本人的な性質の本領発揮でこのクーポラでの落書きは増えていく。

いろいろ書く理由を予想したが、そもそもなぜその場にサインペンを持っていたんだろうか?
旅行に行く際に、入出国の書類を書くときやメモをするためにボールペンを持っていくことはあるが、サインペンなんて通常持っていかない。はじめから、ここにラクガキをするつもりでサインペンを持って行ったのか??


イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ フレスコ画
この大聖堂のドーム状の屋根の内側には、ヴァザーリとその弟子たちによるフレスコ画「最後の審判」が書かれている。
ラクガキをした人達は、天寿を全うした後、あの世で悪魔に、↑こんなこととか

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 最後の審判
↑こんなこととかされてしまえばいいと思った。

イタリア・フィレンツェ ドゥオーモ 落書き防止
テレビの自然系の番組である外国人が言っていた・・・



「とっていいのは写真だけ、残していいのは足跡だけ」



[2006年7月 イタリア・フィレンツェ]


<追記>
2008年7月9日放送のフジテレビ「めざましテレビ」のめざまし調査隊のコーナーで、スタッフが実際に現地に行き、読み取れる落書きの国別の数を数えていた。

1位 韓国語 104個
2位 日本語 81個
3位 イタリア語 43個
4位 英語 37個
5位 スペイン語 14個

全部で279個の落書き。
比率を計算すると、韓国語39パーセント 日本語29パーセントだった。
僕が旅行したときから二年がたってるけど(変化があるかもしれないが)、大体 印象どおりの結果だ。
でも疑問点が一つ。「○○語」と書いてあるがローマ字で書かれた日本人の名前も「日本語」にカウントしているのだろうか?
ところで番組では、いたるところに落書きがある同じフィレンツェにあるその他の建物を映し、そこには日本語がほとんど無い・・・ということを言っておきながら、ここの場所だけ韓国と日本が多い理由を言及しなかった。
調べてみると映画「冷静と情熱のあいだ」の製作に「フジテレビ」とある。
あ~なるほどね!
チベット砂丘

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人は一人きりで 始める旅がある
人は一人きりで 見つめる夢がある

だから淋しくなる だから逢いたくなる
とても愛しくなる とても大事になる

『ONE/遊佐未森』より

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敦煌の砂漠

僕は、一人旅が好きだ。

基本的に あれこれ他人に自分の行動を制限されるのが好きではないし、人に合わせるのが苦手だから・・・というのが理由のひとつ。

何処へ行くのか、何に乗るのか、何を食べるのか、誰と話すのか、何時起きるのか・・・
一人だと、なんでも自分で決められる。
なんでも自分で決めてきた。
そのことは、自分自身で旅を作っていく、思い出を作っていくという充実感を僕に与えてくれる。

だけど、寂しくなる時もある。
素晴らしい景色をみたり、美味しいものを食べたり、面白い出来事やトラブルに遭遇したり・・・
誰とも思い出を共有できない。
時々「一人」が「独り」に感じることがある。


チベット砂丘
西チベットでは、仲間と一緒にランクルをチャーターして13日間の旅をした。
今まで旅をしてきた中で、これだけ長い間、誰かと行動を共にしたのは他にない。

メンツも良かった。
リーダー的存在で頼りになるサンポさん。
いつも先のことを考え情報収集を欠かさないサダ氏。
宿でスカウトしてメンバーとなったムードメーカーなタクマ君。

ちょっぴり不安なことは4分の1に分け合って、楽しい思い出は4倍に。
仲間との旅もいいもんだ。

それに・・・


チベット砂丘 アシュラマン?
こんなことも出来るしっ!



写真1・3・4枚目[2005年 チベット・ある砂丘]
写真2枚目[2005年 中国・敦煌]
チベット 日野自動車のバス
Hino!

チベット 日野自動車のバス
ヒノ!

チベット 日野自動車のバス
ひの!

チベット 日野自動車のバス
日の!

チベット 日野自動車のバス
日野

チベット 日野自動車のバス
日野自動車さん宣伝しときました。何かください。 By ムスカ




[2005年 チベット ラサ→ネパール国境]
チベット・ガンデン寺の柱絵

ホネ夫「とったどぉ~!ホネ子さんのパンツっ!!」







チベット・ガンデン寺の柱絵 今パンツはいてない

ホネ助「ちょっ・・・それ俺のパンツっ」



[2005年 チベット・ガンデン寺]
チベット・ラサ ヤクのモニュメント

動物や昆虫には、武器を持っているものがいる。
角、牙、爪、毒など・・・
又 身体の大きさ、重さ、個体数そのものが武器となることもある。

何万年もかけて進化をしてきた過程で武器を持つという選択をし、
生存競争を勝ち取った種だけが、現在 私たちの前にその武器を持った姿を見せている。

これから未来、彼らが武器を捨てるのか、さらに強化・洗練させていくのかわからないが、
今の彼らには武器が必要なのだ。

生き残るために。


[写真;チベット・ラサ市内にあるモニュメント]
チベット・カイラス 赤い頬の女の子

カイラスのコルラを終え、ヘトヘト状態でたどり着いた麓の町タルチェン。
じゃんけんで負け、皆より先に食堂に行きメニューを注文しておくという使命を負わされた僕は「世紀末の町」(前回の記事参照)を歩いていた。

そして町の中央部の橋で、色鮮やかな赤い服を着た少女に出会う。

カメラを向けると、恥ずかしがって「公安」と書かれた青い看板の後ろに隠れた。
ニコニコしながら看板から、赤い頬をした顔を出したり引っ込めたり・・・か・・・かわいい。
その様子に自分の顔もほころんだ頃、スッと身体を出した瞬間すかさずシャッターを切る。

デジカメのモニタを見せると、写った自分に恥ずかしげ。
逃げるように橋から降り、僕のほうを振り返り大人びたアルカイックスマイルを見せて町へ消えていった。

疲れを忘れさせる瞬間だった。



[2005年7月 チベット・タルチェン]
チベット・カイラス神山看板
チベットの奥地に「カイラス」という山がある。到着直前の道路標識で「神山」と書かれるこの山は、仏教(特にチベット仏教)・ボン教・ヒンドゥー教・ジャイナ教において聖地とされている。

チベット人は、この山を一周するように作られた約52kmある巡礼路を一日で歩いてしまうらしい。中には五体投地をしながら数十日をかけ巡礼する熱心なチベット教徒もいる。
※五体投地とは、体を地面にスライディングさせながら、一メートル程度つづ前に進んでいくというお祈りの仕方。

チベット仏教では「コルラ」という巡礼スタイルがある。
コルラとはチベット語で「回る」という意味で、神聖なものの周りを時計回りに回ることで功徳を得られる行為のこと(ボン教は反時計回り)。

僕らは旅友3人と一緒に、このカイラス巡礼路を一泊二日でコルラすることになった。
コルラの様子は、過去に書いた旅日記を参照してもらうとして、今回はコルラ犬と呼ばれる犬のお話。

チベット・タルチェン
コルラ前日の夕方、到着した麓の町タルチェンを見たとき、その風景は北斗の拳に出てくるような「世紀末の町」のようだった。
チベット人はあまりきれい好きな民族ではない。建物は日干し煉瓦を積み上げた大雑把なつくり、アスファルトやコンクリートで道が整備されているはずもなく町にはゴミが散乱し、特に仕事をするわけでもなく暇をもてあましている人々、グレーな曇り空が余計に怪しげな雰囲気をかもし出す。

宿の屋外トイレは、囲いこそあるが、6畳ほどのスペースの地面に穴が三つあいているだけ。当然、自分が用を足している最中に、チベット人が平気で隣にしゃがみこみウンコをする(しかもオシリを拭かない)。
皆、穴にちゃんとウンコを投入(?)していればいいのだが、なぜか穴の周りにウンコが散乱している状態・・・。トイレも「世紀末」なのである。

チベット・カイラス・コルラ犬
翌日の朝 荷物をコンパクトにまとめ8:25AM、タルチェンの町を出発。

歩いてから数十分して、タルチョ(5色の小さい旗)がたなびく場所あり、その辺りから二匹の犬がついてくるようになった。

ここカイラスをコルラしたバックパッカーの噂で「コルラ犬」がいるというのは聞いていた。彼らがそのようだった。
コルラ犬なんて、なんだか神聖な響きだが・・・事実、なんどか道に迷いそうな時は僕たちを導いてくれることになる・・・が、おそらく実情は旅人が与えるエサ目当てなんだろう。

僕たちは、人懐っこい茶色の方の犬を「ラパ」と名づけた。この名前は西チベットの旅のためにランクルを運転し続けてくれている東幹久似のチベット人ドライバーの名前である。

チベット・カイラス・コルラ犬

チベット・カイラス・コルラ犬
このようにずっと僕たちの後を物静かについてくる。

チベット・カイラス・宿
2:00AMにカイラスの北側の宿泊所に到着し、一晩過ごす。

翌朝、宿の外でラパは僕たちの出発を待っていた。
そして、標高5668mの恐怖の峠・・・ドルマ・ラを越え、しばらく歩いたときに、例の事件が起こる。

当時の日記から抜粋。

ーーーーー

おそらく2:00PM頃、サンポ氏を抜かし一人歩いていると、ルートから外れたらしく苔がついている川石が広がるところに来た時、後ろに犬の「ウォン!」という低い声が!
振り返ると犬が4匹今にも自分に襲い掛かろうとしている。ヤバイ!!

もうわけも分からないが、とりあえず逃げる。おもいっきり走り、普段は通れないと思うような川の浅瀬も少しだけ頭を出している石の上を必死にジャンプしながら川を越える。
一匹茶色い犬が左のジーパンの裾を噛み付いた。その勢いで川の中州で転倒。仰向けになりながら見ると3匹がさらに襲い掛かってくる。必死で右足で蹴りをいれ(当たらない)ると、一瞬 犬がたじろぎ、その隙に逃げる。前方のチベタンのおばさん二人が目に入り、その方に向かう。
振り返ると、4匹が遠くに走り去っている光景が見え ようやくホッとする。

やばかったぁ・・・。気づくと川の支流を3本越え、ジーパンの裾に犬が噛んだ二つの穴が空いていた。足には傷は無し。あそこで噛まれていたとしたら、一体どうなっていたんだろう・・・。ルートをはずれ一人になっていたのがよくなかった。

ーーーーー

ジーパン
その時に噛まれてあいたジーパンの穴である。

前兆はあった。ここのポイントの前のドルマ・ラ(峠)で、ラサで購入しておいたタルチョを結びつけ、「バルス!」などと叫びながらルンタ(護符)を空にまいていた時、何匹かの犬がうろうろしていたのだ。その時は、ラパと同様おとなしいコルラ犬と思っていたのだが・・・。
この時 ふざけて唱えたラピュタの滅びの呪文が災いしたのかもしれない。い・・・いや、チベット仏教のご利益でむしろ噛まれずにすんだと考えよう。

遠くに走り去っていく野犬をラパが咆えて追っかけているのが見えた。もっと早く助けてくれ。

アジアや南米の国々では、街中で普通に野良犬がうろうろしている場合が多い。多くがぐったりと寝ていたり大人しいのがほとんどだが、たまに旅人を目の敵にして咆える犬がいる。
この「チベット野犬に襲われる事件」以来、そういう犬を見るたびに、この事件が脳裏をかすめ、ヒヤヒヤするのだ。いわゆうるトラウマってやつだ・・・。

チベット・カイラス・コルラ犬
さて、この写真、ラパの鼻のあたりが赤くなってる・・・。

チベット・カイラス・ねずみ?
この写真に写っている大きなねずみのような生き物を襲って食べたからである。
ラパ、お前・・・。

チベット・カイラス・コルラ犬

チベット・カイラス・コルラ犬
コルラも終盤、天気も良くなり崖下に川が流れる景色が美しく、気持ちよく歩けた。

チベット・カイラス・コルラ犬
6:00pm、絶景ポイントで、旅友メンバーとラパと一緒に集合写真。みんな何枚も撮影したがずっと大人しく座っていて、いい写真が撮れた(顔が写ってるので非公開)。
皆それぞれが、おやつ代わりに持っていたソーセージをご褒美にあげる。

チベット・カイラス・コルラ犬

ラパはここで一眠り、お疲れ・・・ラパ。



当時の日記
2005年7月6日(水) カイラス巡礼一日目
2005年7月7日(木) カイラス巡礼二日目 ~野犬に襲われる~



[2005年7月 西チベット・カイラス]
タイ バンコク お地蔵さん? 私はLです


ーー嘘にこそ、真実があるーー


デスノート9巻の帯にそう書かれていた。


おそらく、
人間は何かを守りたい時に嘘をつくのだと思う。
守りたい何かは、ある時は自分自身、ある時は愛するモノだったり。


詐欺など、他人を騙すときにつく嘘は、相手を貶めるためで、これは悪い嘘といえる。
友人の誕生日に、相手をびっくりさせるため、誕生日パーティーを前もって準備していることを友人に嘘をつき直前まで秘密にする行為、これは良い嘘といえる。
嘘をつくことの善悪は時と場合によるが、あまりそれは問題ではない。


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 「嘘があるかもしれません」といって嘘が混じってるのと、
 「嘘はありません」というスタイルで嘘が混じってるのって
 ジャーナリストとしては後者のほうを注意すべきだと思うんだけどなぁ。
                     2chの管理人ひろゆき氏のブログより
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例えば、このブログで旅日記を公開している。
多くの実体験した事をもとに書いているが、この中に少しだけ嘘を混ぜたとしても、ほとんどの人はそれが嘘とは気がつかないだろう。
又、「した事」を事細かに書いてあるので、一部「した事」でも日記に書かないことによって、それは「してない事」と読者に錯覚させることができる。嘘を書かなくても「した事」を書き続けることで「した事」を隠蔽するという嘘をつくのと同等な効果を作り出すことができる。


嘘をついた人は、なぜその嘘をつかなければならなかったか?
その嘘をついた背景を考えることで真実がみえてくる。


相手のことをよく知りたければ、嘘を見抜くことである。


最後に・・・、↓この文は真実でしょうか?
「私がいま話していることは嘘です」




ヒント;自己言及のパラドックス

[関連記事]
デスノートの死神界はバチカンにある
TABI NOTE ータビノートー
ブログの向こうには「人」はいない


[写真 タイ・バンコク]
ネパールカトマンズ ファンタレモンとダライ・ラマ14世
チベットを旅した24日間、一切 ダライラマの写真や肖像画を見ることはなかった。
そこでは、ダライ・ラマ14世がインドへ亡命して以来、彼の写真を持つことさえ中国政府に禁じられているからだ。

チベットの旅を終え、やってきたネパール・カトマンズ。

チベット仏教の寺院ボダナートの見学後、売店で 珍しいファンタレモンを見つけた。
差し出された涼しげなレモン色の下で、ダライ・ラマが微笑んでいた。

「ここは中国ではない」と実感した瞬間だった。


現在、チベットのラサ、インド北部、ネパールでチベット僧侶達がデモや暴動を起こしているとの報道がある。
チベット僧侶達のことが心配だ。



[2005年7月 ネパール・カトマンズ]

[3月16日追記]
予想通り日本メディアの報道はひどい・・・。
参考→「酔夢ing voice」様 チベット虐殺、再び。民族の叫びを弾圧する支那の侵略