イタリア・ミラノ ドゥーモ内部の彫刻
先日テレビで「ダヴィンチ・コード」を観ました。
原作のアクション性の部分だけをうまく取り出してあってスピード感がでてて、まぁまぁの出来だったのではないかと思う。
映画公開当時、街中にポスターが貼られているなかのパリのルーブル美術館に行ったけど、そのときは原作も映画も未見だったので、あの逆さピラミッドの場所に行きませんでした・・・。だから写真はありません、残念。

さて、同じ原作者のダン・ブラウンの「天使と悪魔」が公開中なので、ちょっと便乗ネタ。

上の写真はイタリア・ミラノにあるドゥーモ(大聖堂)の内部です。
燭台の足元部分に悪魔らしき彫刻、奥にある手すり部分に天使の彫刻があります。

イタリア・ミラノ ドゥーモ内部の彫刻
神(天使側)というのは、天罰と称して大洪水を起こしたり、神の雷で街を焼き尽くしたり、なんだかんだで何回も大虐殺をしてるんですが、悪魔ってちょこちょこと人間の欲の部分をそそのかしたりする程度しか僕は知りません。
知ってる悪魔って「マクスウェルの悪魔」くらいだし。

この写真の悪魔も なんかお茶目に見えますね(何されてんだ??)。

イタリア・ミラノ ドゥーモ内部の彫刻
それに比べて、こちらの天使は、なんだか見ようによっては凄く怖い。

イタリア・ミラノ ドゥーモ内部の彫刻
どっちに嫌われたくないかって言ったら、天使だナァ。



[イタリア・ミラノ ドゥーモ]


[関連記事]
デスノートの死神界はバチカンにある
ボリビア ラパス リャマのミイラ
ボリビアの首都ラパス。
このような普通の街角でリャマの子供のミイラが売られているのを目にした。

ボリビア ラパス リャマのミイラ
日本に帰って調べてみると、

「リャマの胎児をミイラにしたものがラパス市などのアンデス地方の町で売られている。これは、家を新築する際に家の下に埋めて家内安全を願うために用いられている。ミイラの代わりに、リャマの形をした土偶を埋めることも多い。これらはいずれもインカ時代の生贄の風習の名残であると思われる。」
リャマ(Wikipedia)

・・・とのこと。

ボリビア ラパス リャマのミイラ
それにしても、いくらボリビア人には なじみのある物だとしても、よくもまあ無造作に置くもんだ。

ボリビア ラパス リャマのミイラ
写真では分からないでしょうが、結構 まわりは異様な臭いがします。
なんらかの成分が大気中に出ていて怖いので息を止めながら店の前を通り過ぎる・・・。

ボリビア ラパス リャマのミイラ
この写真、おばあちゃんと一緒のフレーミングだが、深い意味は無い。




・・・肌ツヤツヤだし


[ボリビア・ラパス]
エルサレム旧市街
今年に入って、イスラエルのガザ地区への爆撃被害のニュース、村上春樹さんのイスラエル賞受賞時の「壁と卵」スピーチなどイスラエル関連のニュースがありました。

その流れもあって今回は、
僕が中東での旅で遭遇した、イスラエル・ヨルダン川西岸地区とエジプト・ナイル川の二つの地域を結ぶ出会いの話をしたいと思います。



僕がイスラエルのエルサレムに行ったのは2007年11月。その4日目のこと・・・。
エルサレム旧市街の主な観光スポットは行きつくし、当初行きたいと思っていた残りの場所は、エルサレムから数十キロ離れたキリスト生誕教会があるベツレヘム。
しかしそこはパレスチナ自治区(※注)だ。僕は行くことをためらっていた。

前日まで、宿の旅人の何人かに聞くと、ベツレヘムを訪れている人は多かったが、やはり不安だった。
この数日前に訪れていたヨルダンの宿では、例の香田さん(イラクに行き殺された若者)がイラクINする直前に泊まった宿の情報ノートに書かれた多くの情報やエピソードなどに触れていて、少しでも「危険な場所」に行くことに心が揺れていた。

ここで賭けをした。バス停に行きベツレヘム行きのバスが無ければ行くことを辞めようと。

そう思い向かったバス停に到着すると、バスが発車するちょうど寸前だった。

「これは行けということか」

勝手にそう判断し乗り込み、向かうことになった。
結局、目的のベツレヘムのキリストの生誕教会に行った時にはヨーロッパのツアー観光客がワラワラいて安心したけど・・・。

詳しい話をしたいのですが、このときの日記はあまりにも強行スケジュールだったので書いていません。
(※2008年12月と1月に紛争があった場所はエジプト側のパレスチナ自治区ガザ、そことは別のエルサレムに近いいわゆるヨルダン川西岸地区の話です)

ベツレヘム 分離壁
さて、一般の人がどこまで知っているかは分かりませんが、現在ヨルダン川西岸地区との境界には「分離壁」と呼ばれる壁が作られていっています。
表向きは、テロリストがイスラエルに侵攻することを防ぐものとされているが、本来の目的はパレスチナ人をヨルダン川西岸へ封じ込めようとするもの(しかも、壁自体がパレスチナ側に食い込むように建設されている)。


ベツレヘム 分離壁

ベツレヘム 分離壁

ベツレヘム 分離壁

ベツレヘム 分離壁
観光客は自治区に入るときにあたかも国境をこえるかのように、パスポート提出や簡単な荷物検査があります。
写真は、キリスト生誕教会からの帰り、タクシーで分離壁へと向かう途中に撮ったものです。

壁に近づくことは危険だといわれていたが、意外に落書きやらアート作品が描かれていることに驚いた。
もっとも印象的だったのが、自治区のチェックポイント(出入口付近)に描かれていたこのアート(↓)。


ベツレヘム Five Fingers of The Same Hand

ベツレヘム Five Fingers of The Same Hand
壁に白く下地を塗り、そこに手のひらのイラスト。
5本の指の先端には「Buddhist(仏教)」「Hindu(ヒンドゥー教)」「Muslim(イスラム教)」「Jewish(ユダヤ教)」「Christian(キリスト教)」という文字とそれぞれの宗教のシンボリックなイラスト、手のひらの真ん中にはハートマーク。
タイトルは「Five Fingers of The Same Hand」。
このイラストの願いは、僕が書かなくても伝わると思います。

てっきり僕はこのとき、もう何年も前からここに描かれているイラストだと思い込んでいた。


エジプト・ルクソール・ハトシェプスト女王葬祭殿
さて、時と場所は飛んで、その11日後、エジプトのハトシェプスト女王葬祭殿。
ここは数年前にテロがあり日本人を含む多くの観光客がライフルなどで殺された悲しい場所・・・。
そこを観光し、遺跡から出ようとしたとき、目の前の外人のTシャツに目がとまり思わず指をさして叫んでしまった。

エジプト・ルクソール・ハトシェプスト女王葬祭殿 Five Fingers of The Same Hand
英語で「このイラスト、二週間ほど前にベツレヘムの分離壁でみたよ!」と話しかけると、
なんとその外人は「俺が描いた」と言う。

エジプト・ルクソール・ハトシェプスト女王葬祭殿 Five Fingers of The Same Hand
感動する僕を見て、デジカメを出しその作業中の写真を僕に見せてくれた。しかもその絵が描かれたのは僕がベツレヘムに行った一日か二日前の出来事だった。
話を聞くと、このイラストの元はインドネシアで行ったボランティア活動の一貫だそうだ(バリ島の爆弾テロ関係で)。

エジプト・ルクソール・ハトシェプスト女王葬祭殿 Five Fingers of The Same Hand
ミーハー心を発揮しサインをもらってしまった・・・。

彼の名前は、NASH。
日本に帰り彼と連絡を取りたくてネットで探しても見つからずメールアドレスを交換しなかったことを後悔したが、先日ひょんなことから「Five Fingers of The Same Hand」で検索してみたら、「Flicker」経由で彼のHPに辿り着くことができた。


Philip Nashのホームページ


こういう出会いがあるから旅は楽しい。




※このエピソードと彼の写真を公開するのを迷いましたが、彼のHPに顔写真出してるしグラサンかけてるのでUPすることにしました。
もし機会があれば彼のページを翻訳したものをUPできたらと考えてます。

If Nash see this article, could you contact me,please.

[写真 前半;イスラエル ベツレヘム  後半;エジプト ルクソール]


<関連HP>
ある村上春樹ファンによる、エルサレム賞受賞スピーチ全文和訳(琥珀色の戯言さん)

イスラエル 外務省海外安全ホームページ
手作りカレンダー
いつも何らかの形で卓上カレンダーを人にもらったりするのですが、
今年は手に入らなかったので、自分でカレンダーを作ってみました。

参考にしたのは、saorinさん著の「写真でつくる雑貨」という本(リンク)。
そこで紹介されている「びりびりカレンダー」というクラフトの写真に魅せられて本屋で衝動買いしてしまいました。

まず本で紹介されている「暦ショップ」というフリーソフトをダウンロード(HPはこちら)。

さらに昔のタイプライター風のフォント「Harting」をダウンロード。
このフォントはかなりいい感じで写真のアルバムの背表紙を自分で作ったときにも使いました(HPはこちらページの右上にあるアルファベットHから探してください)。

紙は本で紹介されていた「アニセ紙」を使用。
「アニセ紙」というのは著者のsaorinさんの造語のようです(語源は本を参照)。
そういう紙があるのではなく自分で染める紙です。

紙はなんでもいいと思いますが(今回は普通のコピー用紙)、紙をハガキサイズより少し大きく切って、平らな容器に入れたコーヒーに充分浸してから、洗濯バサミで乾かします。ちょっとヨレヨレしすぎなので重たい本を上においてしばらく待つ。
ハガキの大きさに切って完成。
まっしろな新品の紙ではなく、ちょっと色あせた古い紙っぽくなって趣が出ます。

2009オリジナルカレンダー

2009オリジナルカレンダー

2009オリジナルカレンダー

「暦ショップ」でのカレンダーの作り方は簡単。写真とカレンダー部分の配置とか大きさとかいろいろ変えられます。
お気に入りの写真を使ってプリント。
とりあえず三月まで作成。

手作りカレンダー

ここからが僕のオリジナル。
本には紙の二辺を手でびりびりに破いて作っていましたが、なんどやってもうまく破れないので改良しました。
無印良品の「封筒・横型」が色・サイズ共にいい感じなので購入、その表の角の部分を1.7ミリほどカット。
そこに紙のコーナーを入れ込みます。これで他の月のカレンダーを作っても封筒を新たに買うことなく交換可能になります。

手作りカレンダー

当初、三ヶ月分くらいを並べて壁に画鋲留めて飾ろうかと思ったんですが、イマイチいい場所がみあたらなかったので、これまた手作りでスタンドをつくっちゃいました。
ダンボールで写真のような形状にカット、ノリやテープ使わず切り込みを入れて組むだけ。

手作りのカレンダー、皆さんも作ってみては?

カレンダー以外にも写真を使ったいろいろなかわいい雑貨がたくさん紹介されています。男女かかわらずお勧めの本ですよ。

著者のsaorinさんのブログはこちら


写真でつくる雑貨
saorin
雷鳥社

このアイテムの詳細を見る
2009年 丑年賀状

遅ればせながら、
このブログを読んでくれている皆さん、あけましておめでとうございます。

2008年のエントリーは21回でした。あいかわらずまったりペースですね。
今年もいくつかのニュースサイトさんに紹介してもらったりして嬉しかったです。
更新もしていないのにまだまだ多くの人に更新チェックで覗きにきていただいているようで、このまったり更新しかできない自分の性格を後ろめたく思っていたりします。

昨年の初めに南米の旅日記を公開すると言っておきながら、結局やらずじまい・・・。
南米ネタを公開しているあいだ、北京オリンピックに絡むチベット暴動があり、それに触発されていくつかチベットのネタを公開していたらここまでズルズルと・・・。

まぁこのまったりペースもこのブログの持ち味だと自己弁護して、去年の記事の紹介を簡単にしておきます。
まだ未見の人は覗いてみてくださいな。



■■コラム系■■
みなさんへの年賀状
去年の一回目の記事。中東の旅の写真が懐かしい。

嘘にこそ、真実がある
まなめさんにリンクしてもらって沢山の人に見てもらった記事。記事よりもトップ画像に反響が・・・。

ブログの現象の裏にある本質
コラムっぽいコラム。

漢字るタトゥー
漢字のクールさを感じて欲しい。

人は一人きりで 始める旅がある
昔好きだった遊佐未森さんをYoutubeで観てその歌詞に触発されて。

とっていいのは写真だけ、残していいのは・・・
いくつか紹介してもらって反響があった。これだけあの落書き写真を撮った人はなかなかいないのでは。

幸せの選択肢
ずっと書きたかった「幸せ」について思うこと。



■■南米ネタ■■
ちゅ!
意外に知られていないが、マチュピチュのバックの山の形があるものに似ている話。

見られてた
まなめさんに紹介されアクセス数増。このブログ恒例の4コマ漫画風ネタ。男の子の初めての告白。

ペルー鉄道でなごむ
珍しく紀行モノ。鉄道好きな人には乗ってもらいたい列車。

粘着した液体
アレのアソコに粘着した液体がかかってしまった話。

アイデア兆番
日本の公衆トイレに使われているのはグラビティ兆番というものですが、これはもっと安価でエコに。

ウロス島・タキーレ島の子供達
チチカカ湖の島に住む子供達の写真一挙放出。

海老反りおばさん
駄文ニュースさんに紹介された。2008年の最後のエントリーがこれなんて・・・。



■■チベットネタ■■
ダライ・ラマが微笑む場所で
ネパールで出会ったダライ・ラマさんに感慨。

犬とカイラスと私
タイトルが気に入ってます。チベットの聖地カイラス山と犬のお話。

チベット少女の微笑み
この女の子の写真はかなりお気に入りだが、解像度が低い設定での撮影で大後悔。

武器を持つイキモノ
現代まで残ってきた生物にはなんらかの武器を持っているものが多いわけで。

歓喜のホネ夫
パンツの話。

ヒノ
広告に使って欲しい。そして広告料を・・・。

日陰餃子犬
中国の毒餃子問題が沈静化した頃なので。
ペルー チチカカ湖 ボート

おばさん、そんな格好で寝るほうが疲れないか?



[ペルー・チチカカ湖 タキーレ島→プーノの町 ボートの中]
ウロス島
今回は、チチカカ湖の畔の町プーノからの日帰りツアー
ウロス島・タキーレ島で出会った子供達を一挙放出。

まずはウロス島。
ここは、湖の上に浮かぶトトラという中空の葦で作られた浮島です。
湖にはいくつもの島があるのですが、観光客が行く島は完全に「観光用」となっていて船で着くとダンスで迎えてくれたり、家の前には当然のようにお土産物が並べられていたりします。

ウロス島
この男の子は、ちゃんと教育されていて観光客がカメラを向けると反射的に手を上げてポーズをとってくれます。偉いぞキミ!

ウロス島
そのうち島の誰かがとってきた魚に気を取られて僕のことはお構いなし。

ウロス島
近所の子供が集まってきました。

ウロス島
わらで作った舟に乗り、もう一つの島へ。

ウロス島
服はミニーだが、顔はモンチッチ。

ウロス島
ペルーでは、なぜかこうやってあごを突き出してリズミカルに歩く子供をたまに見ました。

ウロス島
まん丸な顔。

タキーレ島
しばらく舟に乗り今度はタキーレ島。
島の中心の広場に行くには一本道を通っていきます。その道の脇でおみやげ物を売るために親と一緒に子供が手伝ってます。偉い。

タキーレ島
中心の広場にて。
この日は島でプチお祭りがあって、それを見に来た子供達。普段観光客に接してないのだろう、はしごの後ろに隠れ気味。。

タキーレ島
壁のオレンジと服の赤、スカートの緑色が補色となっていい感じ。

タキーレ島
広場から対岸のボート乗り場まで降りていくところ。この子も民族衣装を着て道の脇で親のお手伝い。

タキーレ島
非常に天気に恵まれ日差しが強く、この日は顔が陰になってしまう写真ばかりになってしまった。

タキーレ島
ボート乗り場から上ってきた男の子。

タキーレ島
カメラを向けると立ち止まりポーズ。
ファッションがかわいいね。

おまけ↓
プーノ
子供?




[ペルー チチカカ湖ウロス島・タキーレ島]
ペルー・チチカカ湖タキーレ島
チチカカ湖にあるタキーレ島を歩いていて見つけた民家の扉。

ペルー・チチカカ湖タキーレ島
ヒンジ(兆番)部分をよく見ると、靴裏のゴム部分が取り付けられてます。
扉を開くと自動的に閉まるようになってます。

こういう発想なかったわ。


[ペルー・チチカカ湖タキーレ島]
カメラのフラッシュ 携帯で撮影

※南米の旅から帰ってきた直後(2006年4月)にmixi上に書いた日記の修正版の転載です。

南米の旅の中盤以降、ある時からデジカメのフラッシュのパーツが上がらなくなりました。
手動ボタンを押しても カシャカシャッと内部で音がするだけで、フラッシュのパーツが上がらない。
ディスプレイにエラーマークが出るようになってしまっていた。

まぁ どうせフラッシュなんて使わないから問題は無かったわけだが、
気持ちが悪いので、帰国後、どうせ保障期間内だからと修理に出しました。



EOS KISS修理表

そして、送り返され丁寧に梱包された中に入っていた修理表に書かれていたのが・・・

「カメラ上部より粘着した液体がかかっており、ストロボポップアップ作動不具合のため、・・・」





!!!粘着した液体????




ボリビア ラパスにて

思えば
ボリビアのラパスで、早朝できたての南米版揚げ餃子(←ホントの名前知らない)を屋台で購入(約7円)。

「はむっ」とかじると、思いもよらず中から熱々の肉汁(にくじゅ~)が!!
ビックリして、思わず汁を数滴落とした先が 首からぶら下げていたデジカメEOS KISS DN・・・。



それか???そのせいなのか???



ボリビア ラパス

でも、その「粘着した液体」を拭き取るだけでなく 無料で部品交換してくれたキヤノンさんにグラシアス!
次もキヤノン製のカメラを買わせていただきます!


[2006年 ボリビア・ラパス]

西チベット 村

西チベットをランクルに乗り、3人の日本人と旅をしていたとき、
「幸せとは何だろう」ということを4人で語りあうことがあった。

車で数時間走った先に、ぽつんぽつんと数個の家が集まっただけの村。また数時間走った先にぽつんぽつん。
どうしてこんなところに・・・、
この人たちは何して生活しているんだろう?何が楽しいんだろう?



西チベット 村

日本人として生まれた僕は、ある行動をすることに何か制限を受けることは少ない。

実生活において宗教的タブーに縛られることはほとんどないし、言論・表現・職業選択の自由は当たり前。日本のパスポートを持てばほとんどの国に行くことが出来る。ネットを使えば沢山の情報を手に入れられるし、(お金さえ払えば)ほとんどのものが手に入る。

そんな日本に生まれた僕たちは、西チベットの人々のような生活をしている人と比べて、
どれだけ幸せを感じているのだろうか?

欲しいものを買うために働く。買ったらお金がなくなり働く。
美味しいものを食べるために働く。食べたらお金がなくなり働く。
いい家に住むために働く。住んでるだけでお金がなくなり働く。
旅行をするために働く。家族のために働く。
生きるために働く。幸せになるために働く・・・。

気が付けば、時間ばかりが過ぎていた・・・な~んて、そんなのが「幸せ」かな?

ある家に生まれて、当然のように小中高と学校に通って、当然のように受験勉強して、さぁどこの大学はいる?さぁどこの会社行く?さぁこの会社続ける?辞める?
正社員?派遣?フリーター?ニート?ホームレス?
何を食べる?何を買う?どこに暮らす?誰と結婚する?



西チベット カイラス近くからみた山

数年前にやっていたテレビの特番で中国四川省のシャングリラを取りあげていた。
その山奥で暮らすある家族と中村トオルが数日時間を共有する。
その家のお母さんと山を数時間歩き、ある川のそばを通った際、中村トオルが訊ねる。

「お母さん、これはどこへ流れているんですか?」
「私はこの村から出たことないから、ここから先のことは分からないわ。」
「え、ということはお母さん出たことないの?」
「村から出たことはないし、出ようとも思わないの」

その村には都会に憧れる人はいないのだろう。それは村の暮らしに何も不満がないから。
自分の暮らしと比較するものを知らなければ、それが不満なんて思いもしないだろう。



西チベット ある商店

DVDを知ってしまったら、ビデオテープなんて使ってられないし、
i-podを知ってしまったら、カセットテープなんて不便極まりない。
新製品が出ると自分が持っている旧型が陳腐に思えてくる。
知らなきゃ良かったなんてさえも思わず、新たな「幸せ」を求めてそれを手に入れるためにまた努力する。

知ることは幸せなんだろうか?
制約がないことは幸せだろうか?

テレビに映る、飢えで苦しんでいる人、戦争被害者、病気で苦しんでいる人・・・道端で寝ているホームレス・・・
「不幸な人がいる」ということを知ることで感じる感情は幸せとは思いたくない。

「井の中の蛙 大海を知らず」という言葉の後に、さらに続く言葉があるそうだ・・・



西チベット ランクルから見た空

「井の中の蛙 大海を知らず されど空の深さを知る」 (※1)


選択肢が多いほど人は迷う。
僕にとって、「幸せの選択肢」は三択くらいがちょうどいい。





(※1)「空の広さ」「空の青さ」などバリエーション有り

<参考サイト>
国民総幸福量(ウィキペディア)
お金持ちの不思議。(ひろゆき@オープンSNS)
選べない選択肢が増えるということ(304 Not Modified)


[写真 西チベット]