ボリビア・ウユニ
少し予定より遅れて8:45AM、バスはウユニの町に到着。
昨日バスターミナルにいた時は、ウユニ塩湖のツアーが始まるのは少し遅いと聞いていたので、町に着き、ホテルに泊まらずにツアー会社を回り、そのままツアーに参加しようかと思っていたが、到着してみるとなんか一泊してゆっくししてもいいかななんて思い始めていた。

ボリビア・ウユニ
太陽の位置から判断し、周辺にツアー会社がある駅がある南へ向かって歩き始めたとたん、客引きの女性に捕まる。いやいや今日は宿泊するんだよ、と思ってむげに扱おうとしたが、一生懸命に売り込んでくる。
10:30AMにツアーが始まるという。まだ1時間半以上余裕がある。これなら朝食もとれるし、町もすこし徘徊できるなと思いOKすることに。値段も65USDという。「世界一周デート」のサイトでもこの二泊三日のツアーがこの値段だった。
寝袋が必要(無いならレンタル5USD)だと言うので、それを込みで65USDとした。残念ながらイスラデペスカ(魚の島)は水が深いため行けないという。半ば信じれなかったがもしそうなら、それをネタに値下げ交渉すればよかった。それに向こうは今回のツアーに車の座席もう一人メンバーが必要そうだったようだし・・・。夜行で疲れていたがおそらく5USDは簡単に下がったんじゃないか。

客引きの車に乗りツアーオフィスへ。1分で到着。
いろいろツアーの説明を聞く、イスラデペスカがいけるか半信半疑なので、本当かどうかねばる。他の会社を回ってくるなどといってカマをかけたりするがどうやら本当らしい。
お金を払い10:30AMにまた事務所に集合ということで外へ。イスラデペスカを諦めきれず、ネットでみていたiランキングというところへ行って聞いてみると、一応行くのは可能だがこの時期やっているツアーは二つあるが多分you一人だけの申し込みだと高くなるぞ、と。もう自分が別のツアー会社に申し込んだ後だと知っているのでこの情報は信用できるだろう。

ボリビア・ウユニ塩湖
町は小さく何も無い。市場があり、そこで子供などを撮ったり。レストランで朝食をとろうとさっきのバスでみた観光客らが外のテラスで食べていた二件の店に入るが、相手にされない・・・。というかまだ何人か注文をまたされている状態だったので、別の店を探し入る。

ボリビア・ウユニ塩湖
二階にある店、客はだれもいない。10Bsのブレックファーストセット。

市場などを散策し、10:20AMころ事務所へ入り待つ。韓国人の男が入ってきた。「ものしずかなタイプの方」の典型的な韓国人という印象。時間になってもツアーが始まらない。「地球の歩き方」を読んでいるとチリへ抜けたサンペデロデアタカマではチリペソの変換率が悪いということで、前もって両替をした方がいいだろうと思い。少し歩いたところに行き交換(20USD→10500ペソ)。

再び事務所で待つ。聞くとツアーメンバーの二人が見つからないとのこと。
荷物を持って車へといわれたのは11:20AM頃。少し歩いたところにランクルがあった。また塩湖に行った後、昼食のためにこの町に戻ってくるというのでバックパックは預ける。

車に乗るとさっそくメンバー同士挨拶。国と名前を言い合う。
まずフランス人男性のジェレミン・スロベニア人女性のカトリーヌ・スイス人男性のサイモン・スイス人女性のアマンダ、そしてさっき事務所で会った韓国人のキム。自分を合わせて6人の二泊三日のツアーとなる。運転手は青いジャージを着た小太りな男。

ボリビア・ウユニ塩湖
12:10PM、まず到着したのは、塩の精製所。使われているかも怪しい小さな建物の中へ。
一人女性が精製についての説明を始める。ジェルミンがそのスペイン語を英語に翻訳してくれる。スイス人の二人とキムは全く関心がないようで外をうろちょろ。女性は、説明が終わると、堂々とチップを要求。最後の方だけ聞いていたアマンダはフンッといった表情で別の場所へ。ジェルミンも当惑気味でコインを渡していた。僕もジェルミンに訳してもらっていた手前払わないわけにはいかない。適当なコインを出した。

ボリビア・ウユニ塩湖

ボリビア・ウユニ塩湖
12:30PM、憧れの塩湖が見えてきた。数センチだけ水が張った景色が延々と広がる。天気も良好。車を降りて写真を撮る。
再度車に乗り込み水の中へ。まさに天国のような世界だ。水面に青い空と雲が移りこみ その中を車が静かに波紋を立てながら進む。

ボリビア・ウユニ塩湖

ボリビア・ウユニ塩湖
空を飛翔しているような感覚といえよう。窓をあけ身を乗り出して写真を撮る。後部座席に座っている3人は窓を開けることが出来ないので、かわるがわる撮影を頼まれる。時々塩をかき集め山にする作業をしている人たちがいた。

ボリビア・ウユニ塩湖

ボリビア・ウユニ塩湖

ボリビア・ウユニ塩湖 塩のホテルPLAYA BLANCA

ボリビア・ウユニ塩湖 塩のホテルプラヤブランカPLAYA BLANCA
1:00PM、塩のホテルといわれるPLAYA BLANCAに到着。すでに別のツアーのランクルがたくさん停まっていて、あたりは賑わっていた。塩のホテルの中に入る。すぐに注意書きで、内部を写真に撮るなら売店で何かを買っていけとの張り紙が。一瞬躊躇するが、撮らないわけにはいかない性分なので、内部を撮影。壁・机・椅子などが塩のブロックで出来ている不思議な空間。多くの人がそのまま何も買わずに出て行っているが、売店でチョコを購入して出る。

ボリビア・ウユニ塩湖

ボリビア・ウユニ塩湖
サンダルを履いているので水に浸かって歩く。なんとも気持ちがいい。1:30PMにランクルに集合ということで自分達のランクルの前に集合するがドライバーさえもいない。ちゃんと時間を守ったのは韓国人のキムと自分だけ。あるツアーはここで調理用具を持ってきていてバーベキューを始めていた。うーん、うらやましい・・・。

皆が集まり、車に乗り込むときに、さっき後部座席だったカトリーヌが同様に後部座席に座ろうとしていたので、妙な親切心がこのとき働き、自分は今回後ろで良いよとカトリーヌに譲ってしまった。この後再び水の張ったすばらしい景色の中を走ったわけだが、誰も写真を撮ることなく進む。さらにもっと写真を撮りたかったのにぃ残念だ。特に途中ですれ違った別のツアーのランクル二台は、ランクルの天井に乗客が皆乗り込んだ状態で走っていた。みんな気持ちのよさそうな笑顔で手を振ってくる。しまったなぁ、あんなのがアリなら、上に乗るんだったと思うが後の祭りで丘に戻る。
実はウユニ塩湖ツアー、てっきり二拍三日中ほとんど塩湖の中を走り続ける物だと思い込んでいたのだが、これで終了。
魚の島と言われるイスラデペスカに行っていればもっと塩湖を満喫できたのにと思うと残念だ。遠い将来、今度は水の張っていない乾季の全面真っ白の塩湖にも来てみたいな。

ボリビア・ウユニ塩湖
2:40PM頃ウユニの町に到着。昼食をオフィスで食べるのだ。なぜか申し込んだオフィスとは違う建物。必ずしも一つのオフィスで一つのランクルというわけじゃないようだ。ミートソースを絡めたパスタとパン。味はまぁまぁなのだが、この程度の料理なら前もって作って現地で食べさせてくれもよさそうだよなぁ。

食べ終わり、すぐに出発かと思っていたら、自分とキム以外のメンバーがなにやらオフィスの女性と交渉したり電話をかけたりしている。数分見守っていたがあまりにも時間がかかっているようなので、尋ねてみると、彼らは僕をキムのようにこの二泊三日のツアーを利用してそのままチリに抜けるのではなく、一泊かけてまたこのウユニの町に戻ってくるそうだ。それで今度はポトシでのツアーやバスを予約しているらしい。
キムもやきもきしている様子でそれを聞いた彼は暇つぶしにどこかにいってしまった。

ようやく3:50PM頃だったか、ようやく出発できる状態になり、ランクルに荷物を積み込むが、今度はキムが戻ってこない。オフィスのおばさんと自分で大通りの店などを覗いて探す。10分ほど探して発見。
結果的に日も長いし、ツアー自体は余裕がある日程なので問題はなかったのだが、なんというかもっと観光に集中したいな。

ドライバーがサッカーの大黒選手に似たアレックスという男に代わり、さらに助手席にはおばさんが座った。ガイドをする人かとも思ったがのちにこのおばさんはコックだと判明。オーストラリアのツアーはドライバー兼ガイド兼コックを一人でこなしていたのがほとんどだったが、コックをわざわざ乗せるとは贅沢だな。というか客をもう一人増やしてツアー代金を減らして欲しい気がしなくもない(まぁ、7人だと宿の部屋の割り当てが中途半端になるだろうが・・・)。

ボリビア・ウユニ塩湖 列車・廃墟
車に乗り、4:10PM「列車の墓地」へ。ツアーオフィスのおばさんの行き先の説明で「Cemetery」という単語を言っていたのはこれだったのか。荒涼とした大地にレールが引かれ、そこのはずれに朽ち果てた列車が放置されている。

ボリビア・ウユニ塩湖 列車セメトリー

ボリビア・ウユニ塩湖 列車の墓地
カンカンに照り付ける太陽のもとそれがまた絵になる風景だ。
自分達以外に人はおらず、町でのろのろしていたのが功をそうしたかもしれない。

実は、昔テレビで「あいのり」で、雨季のウユニ塩湖をラブワゴンが走った回があった。どこだ この綺麗なところは!絶対にいつか行ってやる!と思っていた。その後すっかり忘れていたわけだが、今回 マチュピチュに行こうと計画したときに友達に送ってもらったメール(その友達の友達が2年ほど前に南米を旅行したときの写真付メール)に、このウユニ塩湖の写真があり、あの「あいのり」の感動をおもいだし、ここを日程に組み込んだ。それならついでにチリまで行こう、それならイースター島も行っちゃおうという流れで、本来冬のヨーロッパを避ける目的で思いついた短期旅行のはずが結構日程が長い旅になってしまった。
話を戻すと、その時の「あいのり」でもここの列車の墓場でメンバーが過ごす場面がでてきていたのをこれを間近に見て思い出した。

ここで僕が皆を集めて集合写真を撮ることを提案。周りに人がいないので一人写真を撮る役をしなければいけないが、代わる代わる皆のカメラで撮影。ここで何かツアーのメンバーの気持ちが一つになった気がした。
20分ほど過ごす。

ボリビア・ウユニ塩湖
6:00PM頃、小さな教会がある町に到着し車を降りて10分ほど時間をとる。ガイドが何か説明をしていて、ジェルミンが訳してくれたがイマイチよく分からないところだった。

ボリビア・ウユニ塩湖
さらに車を走らせた後、ある小さな町で今日の宿泊の宿を探すが、満室のようだ。その町で三軒ほどあたってみるがどこもダメ。
仕方なく車をさらにチリ方面に1時間ほど走らせる。その町でも一軒目がダメで二軒目でようやく開いている宿を見つけた。

8:30PM頃だったかな。今一応オンシーズンではあるが、ピークは過ぎている。こんな状況でピークはどうなっていたのだろうか。ひょっとしたらおとといのラパス-オルーロ間の通行止めの影響で客が集中したのだろうか。塩のホテルで見かけた観光客のうち何人かラパス-ウユニのバスで一緒だった顔がちらほら見えたので、自分のようにウユニの町で宿泊せずにそのままツアーに参加する人間は少なくないだろう。

暗い中荷物を降ろすのを手伝っていると、スイス人の男女二人がランクルを降りた途端、濃厚なキス。この二人、偶然スイス人が二人重なっただけじゃなくカップルだったんだねぇ。
宿には、初め電気がつかず懐中電灯で中へ入る。ベッド2つの部屋とベッド4つの部屋を使う。当然ベッド二つの部屋はスイス人カップルのため。残りの4人が同じ部屋。カトリーナが女性一人になるが、もちろん嫌な顔しない。外国のツアーではこういうのは当然なわけだ。

さっそくノーパソにデジカメの写真を取り込む。キムもマックを持ってきている。最近バックパッカーでノーパソを持っている人多いなぁ。オーストラリアの旅ではほとんど見なかったのだが(基本がドミトリーだから皆 目立たないように使っていたのかもしれないが)。

ボリビア・ウユニ塩湖
外は全くの暗闇で星がすばらしく綺麗。スイス人カップルが星を撮りたいといって僕に三脚を貸してくれるように言って来た。なぜ三脚を持っていることを知っているのか聞くが、僕のカメラを見て持っていそうな人だと判断したとのこと。
サイモンがCanonのいいデジカメを持っているのだが、使い方を把握していないようだ。同じ操作系なので長時間露光のやり方を教えるが、やはりなかなか思ったようには撮れなかったようだ。シャワーは5Bsでホットシャワーを浴びれる。まずカトリーヌとジェルミンが入ったようだった。三人で星を撮ったりして過ごしていると、9:00PM、夕食が出来たというので宿に戻る。
するとスープとパンがあるだけ。えぇ・・・たったこれだけかよと思って パサパサのパンをもりもり食べていたら、次々と肉(羊かな?)・サラダ・マッシュポテトが出てきた。スープの味が大層お気に入りだったカトリーヌ(肉を食べなかったのでベジタリアンかな)は、肉が出てきて、まだ鍋に残っているのに強制的に片付けられたスープを惜しんでいた。

食後にキムとスイス人カップルとシャワーを浴びていき、さぁ自分の番だと思って、シャンプーを片手に部屋を出ようとしたところで、自家発電の電気が消灯・・・!!皆に笑われた。
昨日の夜はラパスから夜行バスで来てすぐさまこのツアーに参加したので二日間浴びないことになる。すぐさま就寝。




※1Bs=15円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
ペルー・ボリビア・ラパス ハンバーガー
朝 起きてみると隣のベッドに寝ていたのは女性だった。昨日の昼に見たときベッドの周りの荷物の散らかし具合から判断し、てっきり男だと思っていた。まだ寝ているがすごい寝相だ・・・。
パッキングして荷物を預けチェックアウト。

今日ウユニ行きのバスがちゃんと出るかどうかPANASUR(←記憶あいまい)のオフィスに電話をかけようとするが誰もでない。それを見たレセプションの女性が電話してくれた。今日は大丈夫のこと、タダかと思っていたら1Bsちゃっかり徴収。

外に出て広場の横の屋台がならんでいるところに行き、そのメルカドで地元民しかいないような小さな食堂が並んでいるところで、たまねぎと肉を鍋でいためていたのを覗いていたら「入れ入れっ」と誘われハンバーガーを食す。

ペルー・ボリビア・ラパス
そういえば今までボリビアではマクドナルドを見ていないなぁ。露店でハンバーガー(2.5Bs)とか普通に売っているから必要ないけど。

外へ出てサルティーヤ(2Bs)。一口食べ、並んでいるソースやらトマト・玉ねぎのみじん切りなどを乗せながら食べる。食べているとガリッと硬い感触。なにか金属的な硬さ、まったくぅ・・・と思い ポイっとゴミ箱へ捨てる。
次にすぐそばのミックスジュース屋でバナナとパパイヤのブレンド(1.5Bs)。ちゃんと二杯目(半分くらい)もくれる。

一端、宿に戻ろうと歩いていると歯に違和感・・・?宿のバスルームの鏡で見てみると・・・右の下の奥歯の銀の詰め物が取れている・・・。さっきのサルティーヤの「硬いもの」はこれだったんだ・・・。うーん、どうしよ。
ちょうどニムラ君がいたのでそのことを話すと、「ここラパスに日本語が通じる歯医者があるらしいっスよ」とのこと。彼の持っている古い「地球の歩き方」にそれは載っていた。「僕もちょうど歯石を取ってもらおうかなぁって思っていたところなんすよ」と言ってくれたので一緒に行くことに。とりあえず仮詰めだけしてもらって穴を埋めてもらうつもり。

載っている住所をメモし、レセプションの女性が教えてくれたのはルルイ広場(←?)の近くのところ。そこへ行く前に朝のサルティーヤ屋のゴミ箱を銀の詰め物が無いか あさってみる。ジェスチャーでおばさんも状況が分かってくれたが人気店なのでかなり頻繁にゴミ箱のごみ袋は交換しているらしい。

二人で地図にのっている場所近くに行ってみて探すがみあたらない。
薬屋のおばさんに聞いてみると、どうやら同じ道の名前でもAv(アベニュー)とカリ(?)という違いがあるらしい。ニムラ君が「島旅行者」というところに日本語が出来るおばさんがいるので一応そこで具体的な場所をたずねてみようということになり伺う。いい感じのマダムなおばさんがいた。親切にいろいろ答えてくれた。
しかし、ラパスの歯医者というのは、大きな総合病院で午前中働き、夕方の4時くらいから自分の診療所をオープンさせるというシステムらしい。それだと今日のバスには間に合わない。
治療をとるかバスをとるか。ただでさえ昨日のラパス-オルーロ間の通行止めで一日無駄に延びたし、午後の診療も結構不確実・・・ということで治療は諦め。万が一のことを考え「仮詰め」のスペイン語だけ教えてもらっておいた。旅が終わるまでの一ヶ月、大丈夫だろうか。

ペルー・ボリビア・ラパス
宿に帰る途中、ポテトをすりつぶし揚げたような(見た目はたこ焼きのおおきなヤツ)ものを売っているおばさんの店がすごく繁盛していたので食す(1.5Bs)。美味いなぁ。

ペルー・ボリビア・ラパス ミックスジュース屋

ペルー・ボリビア・ラパス ミックスジュース屋
もう一度朝のミックスジュース屋でジュース。

宿に帰ったのは1:00PM。
リビングでまったり時間を過ごし、バスターミナルへ向かう。

昨日さんざんひったくりやらの話をきいたので、広場のそばまで行きTERMINALの表示があるコレクティーボに乗りバスターミナルへ(1Bs)。
すぐさまPANASURの窓口へ。今日はちゃんと出発する、と安心したのもつかの間、出発は3:30PMではなく今日は5:30PM発でオルーロでの乗り換えなしで直通でいくらしい。というか昨日チケットの変更の時にそれを言え。
朝チェックアウト時にホテルの女の子が電話してくれた時にチケットの時間の所を指差し何か言っていたのでもしかしたらそのときに言っていたかもしれないが後の祭り。何人かのヨーロピアンも窓口に顔を出している。被害者は自分だけじゃないようだ。
今は2:45PM頃、あと2時間半もあるが宿に帰ったりするのもメンドクサイ。ガイドブックや小説を読んだりして、ひたすらターミナルで待つ。

出発の5:30PMにあわせ、外の露店でサルティーヤ(?)(1Bs)を食べ、トイレにも行き準備万端。
しかしなかなかバスが出発する様子が無い。窓口に行くともう少しという。

結局バスの乗車したのは6:00PM。ここのバスターミナルにウユニ行きとだしている会社は3社あったと思うが、他の窓口にいたヨーロピアンも結局は同じバスになった。窓側だと指定した席に男が座っている。彼のチケットを見ると自分と同じ番号。ちょうどPANASURUの窓口の男がいたのでチケットを見せながら抗議すると、席の番号をニヤニヤしながら通路側に変えやがった!まったくぅ・・・。

このラパス→ウユニのバス路線は盗難が多発している。ノートパソコンも入れたサブバックは前の席の足掛けにチェーンでくくりつける。カメラが入っているミニかばんはジーパンとカラビナで連結。両方ともチャックに鍵もかけた。抜かりはない。
しかし想像していたよりもバスは綺麗だし、乗客も8割くらいツーリストだ。それほど心配することも無いかも。バスは走り出したらまったく停まらない。一端オルーロらしきターミナルに停まったのでバスを降り、トイレを探すが閉まっている・・・。我慢するしかない・・・。
オルーロ-ウユニ間は道が悪く酔う人が続出という情報を得ていたのでナスカのセスナ対策としてもってきていた乗り物酔いの薬を服用。しかしすぐに寝てしまったので効果があったかどうか。
席はかなりの角度リクライニングできぐっすり眠れた。



※1Bs=15円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
ボリビア・ラパス
6:30AM頃 外の車の音がうるさくて 一端 目が覚めるが、二度寝。
7:30AM頃起床。ドミトリーが真っ暗な中、気を使いながらパッキング。

ボリビア・ラパス
8:00AM、チェックアウトして、バックパックを預けて宿を出る。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
広場の路上で売っていた揚げ餃子のようなものを購入(1.5Bs)。中から肉汁が出てきて、美味い。

ボリビア・ラパス
食べ終わり、歩いているとまたスポンジパンのようなものが売っていて購入(0.5Bs)。ラパスは露店がたくさんあって、ついつい買ってしまう。
歩いて学生広場というところまで行き、そこで「月の谷」行きの「11番」の黄色いバスを拾うつもりだったが。いくら待っても来ない。またガイドブックにだまされたかと思っていたら、近くにちょうどツーリストインフォメーションがあったので入って尋ねると、そことは全然違う、宿に近い場所から「253番」のバスが出ているからそこまで行きなさい、とのこと。

ボリビア・ラパス
もと来た道を、辺りを走るバスの番号を注意しながら歩いていると、11番の番号を掲げたバスが通ったので、瞬時に乗り込む。ちゃんと月の谷に行くか確認(多分1.8Bs)、OKのようだ。

ボリビア・ラパス月の谷
40分後の10:30AM、月の谷に到着。
入場料が15Bsなのだが20Bs札を払ったはずだが15Bs返ってきた、儲け。

ボリビア・ラパス月の谷

ボリビア・ラパス月の谷
なぜか一端、地下道をくぐり月の谷へ。ここは矢のようにとがった奇岩が広範囲に広がっているところ。奇岩好きにはたまりません。観光客はペルー人らしきカップルが二組いるだけ。人気が無いのか・・・?

ボリビア・ラパス月の谷

ボリビア・ラパス月の谷
同じような写真を撮りまくって満喫しながら歩く。真ん中にアイコンのように一本たっているのがトルコのカッパドキアっぽい。

ちょうど一時間楽しんで、11:30AM、外にでる。待っていてやってきた黄色い11番をつけたバスに乗ると、ここへくるときに乗ったバスと同じ運転手だった。
再び40分くらい乗って学生広場で下りる。

ボリビア・ラパス
下りて少し歩いたところの店で昼食としてハンバーガー(7.5Bs)。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
まだ歩いてないルリリ広場のあたりに向かっているとおもちゃ屋が。中はドラゴンボールや るろうに剣心などのフィギュアなどがあった。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
広場北西の○○通り(名前忘れた)の雰囲気のいい通りなどを散策し、メルカドネグロなどにも顔を出したりした。

宿に帰り、荷物を回収し、宿を出ようとしたところ、入口の旅行会社の女性が「これからどこにいくんだ?」と聞くので「ウユニ」と答えると「今日はバスはそのストップだ、だから荷物をここへ預けて、バスターミナルへ行ってお金を返してもらってきなさい」という。なにか事故か土砂崩れらしい。だめもとで荷物を持ったまま歩いてバスターミナルへ。窓口に聞くとやはり今日はダメとのこと。

昨日チケット買うときに会ったヨーロピアンの兄ちゃんもちょうど一緒になった、彼はそれを聞くとすぐさま帰っていった、あっさりしてるなぁ。自分はいつもぎりぎりにならないといろいろ決めれないタイプの人間だし、よくバスなどにもぎりぎり滑り込むことが多かった。リマとナスカでは余裕にバスターミナルに行くと出発一時間遅れ。アレキパではタクシーで送ってもらったバスターミナルが別のところで慌てる。クスコからアグアスに向かう列車は当日買いに行って思っていたチケットが買えず、プーノ行きの列車も当日の朝で横はいりさせてもらって購入。プーノでは、宿代のお金がなくATMい行ったりしていたらなんとかギリギリ乗れたなど。
だが今回は前日にチケットを買いに行き、今日の午前は観光を満喫、余裕でバスターミナルに行けたらと思ったら、バスが中止・・・。南米はうまくいかない。まぁ今までは自分が悪いのだが。ここで一日延びるならプーノでもう一日パレードを見ておけばよかったな。

チケットを明日の分のものに変更。想定外でラパスに延泊することになってしまったのでターミナルの端にある両替所で20ドルを160Bsに変換。再び歩いて宿に向かう。

今度はサンタクルスに泊まろうかと思い、行ってみるがまた満室。リビングで情報ノートを読む。ノートを読み終え出ようとしたところ、あるヨーロピアンが入ってきた。見るとオリャイタンタンボなどで会ったフランス人の男だ。これで何回目の再会だ?
オリャイタンタンボ行きのバスで会い、当然次のアグアスカリエンテスで会い、コパカバーナの国境でも出会い、そして今日。ギターを持った粋な男だ。
ここがフルなので一緒にエルソラリオに向かう。ここで初めて名前を聞く。レミと聞こえた。彼はここは予算に合わないと言って他に行った。またどこかで会うかな。

再度ドミトリーにチェックイン。本当はシングルなどに泊まってゆっくりしたかったが無いらしい。ラパスを満喫するつもりで今日歩きまくったのでもう街散策などする気力も無く、ベッドでしばらくボーとする。
このままでは悔しいので、いままで移動や雨続きで洗えなかった長袖やタオルなどを一挙に洗う。屋上でオケを借りて3階の洗面所でひたすら手洗い。このホテルで洗濯を頼むと1kgあたり6Bsもする。

干した後、外へ夕食に出かけようとすると階段を上がってくる男が。クスコの八幡で会った名古屋人ニムラ君だ。レセプションの前のソファでいろいろお話。そうしていると今度ドレッドヘアの日本人が上がってきて、僕たちを見るなり「今 タクシー詐欺に会ったよぉ」とのこと。

聞くとコパカバーナからここラパスに着き、バスターミナルにいた客引きのタクシーに乗ったら、他に客が乗ってきて少し走ったらポリスと称する男に止められ、お金を見せるなど要求、同乗のの男たちがそれにしたがい(実はグル)、ドレッドヘアの日本人はクレジットカードを取られてしまったらしい。暗証番号も無理やり聞きだそうとしたが適当な番号を答えたとのこと。

ついちょっと前にサンタクルスの情報ノートで見た手口そのままだった(情報ノートではオルーロのバス停でのこと)。彼がクスコで会った日本人も首絞め強盗にあったらしく、サンタクルスの情報ノートでここのラパスで唾賭け強盗などいろいろ被害を受けた人の情報などいろいろ書いてあって、ガイドブックが必要以上に被害を書き立てていて「本の中の話」かと思っていたのだが。
街中で昨日おばちゃんが「あんたカメラをしっかりしまいなさい(スペイン語で多分そう言っている)」などと言われたりしていた。自分はでかいカメラを街中で平気で出していたり危ないといわれているバスターミナルでも荷物を背負ってよろよろ出かけたし・・・。ドレッドヘアの男は結構ガタイがいいが、自分など背が小さく狙われやすいはずなのだがいままで旅で大して被害にあっていない。あるとすればネパール国境からインドバラナシに向かうバスでお金をおどしとられたくらいか・・・。運が良かった・・・か、それとも自分でも気がつかないが他人からは警戒しているように見えるのだろうか。まあ、これから気をつけよう。

ニムラ君と二人で夕食を食べに行く。「地球の歩き方」に載っていた○○というレストランへ行く。自分は鳥のから揚げ(20Bs)、ニムラ君は牛タンの煮込み(30Bs)。料理が出てきたらものすごいボリューム。カメラを持ってこなかったのが悔やまれる。でっかいから揚げが4つ。ごはんはなぜかピラフ、そしてお決まりのポテト。味はうまかったけどあまりに多い、結局残した。

宿に帰り、ノートパソコンで日記を書きたかったので一階のテレビのある部屋で日記を書く。数行書いたところで、日本人の女性(30歳くらい)が近くに来たので「こんにちは」と挨拶したら、話が止まらない・・・。妹と旅行しているらしく話が延々つづく・・・。話そのものはそれなりにおもしろかったのだが、結局まともに日記がかけなかった・・・。

なんか今日は色々ついてないな。




※1Bs=15円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。

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街角のミイラ
粘着した液体

ボリビア・ラパス
朝目が覚めるが、このドミトリーの部屋で誰も起きる様子が無い。
そぉ~と、出発の用意。

ティワナク遺跡に行くため、宿の前で「セメンテーリオ(共同墓地)」と書かれたコレクティーポを見つけて乗る。しばらく走ったところで助手が教えてくれ下りる。

昨日ヨーロピアンに教えてもらった場所に行くと「ティワナク」と叫んでいるおっさん発見。自分と目が合ったので近寄ると指をさした先に小さな事務所らしきものがあり、そこでチケットを購入(8Bs)。

人が一杯にならないと出発しないシステム。30分くらい待たされた。出発するがしばらく走ったところの街でまた人集め。もう乗れないよぉと思うのだが乗せる。

これから1時間半ほどかかるのでウトウトしていると後ろの乗客のおっさんに起こされる「あんたティワナク行くんじゃないのか?もうすぐだぞ(多分スペイン語でそう言っている)」うーんボリビア人もいい人。

ボリビア・ティワナク
11:15AM頃、車を降りる。車に乗っていた観光客は僕だけ。あたりは妙なでかいオブジェがあるだけ。
ちょうど自転車に空気を入れているおっさんに場所を聞くと指を刺したところになんか建物らしいものがある。
10分くらい何もない直線の道を歩く。左側に遺跡らしきものがあるので入ると、中にいた観光客と思っていたおっさんが「チケット?」と聞いてくる。聞くとさらに5分ほど歩いた先の建物で買って来いという。めんどくさいのでジェスチャーで必ずチケット買うからここを先に見せてというとOK。

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク

ボリビア・ティワナク
遺跡はなんというか、ただ崩れた石というかんじ。たしかに人の手が加えられていることは分かるのだが・・・。

(※当時書いた日記はココまで、あとは写真をみて思い出せることを簡単に書きます)

とにかく世界遺産の割には、しょぼい遺跡だった・・・。

1:30PM頃、バス停に向かう。
誰もいないバス停でしばらく待つ。ラパス方向に向かって走ってくるバスを止めて乗り込む。

ボリビア・ラパス
ラパスに戻ったあとは特に目的も無いので街中をぶらつく。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
4:00PM頃、適当に歩いているとしょぼい遊園地らしき地帯に迷い込む。

ボリビア・ラパス 中華料理
5:30PM頃、ちょっと店内が豪華な中華料理屋で麺。やはり中華料理はどこにいっても旨い。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス バスターミナル

ボリビア・ラパス バスターミナル
バスに乗りバスターミナルへ。ウユニ行きのバスを購入。

ボリビア・ラパス
帰りは暗い中、ラパスの中心地へ歩いて戻る(今思うとこれは危険・・・。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
7:00PM頃、広場近くにある屋台などが出ている辺りをうろうろ。なかなか面白い。

ボリビア・ラパス ミックスジュース
ミックスジュース屋でジュース。



※1Bs=15円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
ペルー・ボリビア国境
7:10AMのタクシーのピックアップに合わせる形で、起床、シャワー、パッキング。

7:05AM頃にフロントに行くとタクシーのおじさんがいた。用意が出てきているので出ようとすると、フロントからお声が。まだ宿泊料35solを払っていなかった・・・。しまった・・・今日ペルーを出るので、昨日上手にSolを消費して財布にお金が無い・・・。ドルで支払おうと思っても3ドルほど少し足りなかった。
なんとかオマケしてと懇願。いつもニコニコしていたにいちゃんだが「あぁん?」ときつい顔。

国境のコパカバーナに行くバスは7:30AM発。全然時間が無いが、あわてて銀行へ。昨日パレードを見るために歩き回ったので地理は把握している。
すぐに走って銀行のATMへ。やはりCITIBANKのカードは使えない。すぐにVISAカードで200ドル引き出し。走ってホテルに戻り支払い。もう7:28AM・・・。
ピックアップはバス代に入っている。このピックアップのおやじについて外へでるが。車が無い・・・。どういうこと?すこし歩いたところの事務所のようなところを見て、あー閉まっている というようなことを言っている。なんだよ、こっちが時間が無いのを充分知っているのに、何やってんの?おやじにつれられTAXIを捕まえる。タクシー代インクルードだと言っても「ちゃんと3sol払えよ」という始末。というか詐欺だし、しかもタクシー代の値段交渉もさせてくれ、といいたいところだが時間が無い。

ターミナルに着いた時には、とっくに7:30AMは過ぎていたのだが、なんとか滑り込みセーフ。まだ自分より後に来た客がいるくらいだった。こういう時、時間にルーズな外国は助かる。
バスにはクスコのペンション八幡で会った日本人がいた。

ただひたすら国境まで走る。中で入国審査カードを記入。国境越えの手続きは、日本人のみパスポートのコピーが要る。なぜだろう?なにか怪しげなことに使うのか、それともコピーなんか無いと言う人がいたら何かペナルティ料でも要求するつもりなんだろうか・・・。
ボリビアの国境でコピーが必要なことを知っていたので名古屋の空港でコピーしておいたものを渡す。あっさり過ぎるほど簡単に終了。

ペルー・ボリビア国境
もう一つのペルーとボリビアの国境デ○○(名前忘れた)は、かなり悪評をいろいろ聞くのでこっち側からの越境で良かった。バスのチケット購入をコパカバーナまでしか買っていなかったので、ここで追加で運転手からラパス行きのチケットを購入。20solといわれる。少し高いがまあいいや。国境越え手数料(?)バスの中でなぜか1Bsを払う。

ボリビア・チチカカ湖畔の町

ボリビア・チチカカ湖畔の町

ボリビア・チチカカ湖畔の町

ボリビア・チチカカ湖畔の町

ボリビア・チチカカ湖畔の町
しばらく走ったあと、チチカカ湖畔で停まる。
ここで乗客は降りて、バスがそのままボートに乗る。乗客は1.5Bsを支払い、ボートで向こう岸へ。

数分で到着。
バスもほぼ同時に岸に着き自分たちをピックアップして再出発。今日は移動日というのに天気が良く、すばらしい眺め。今日はほとんど「移動日」・・・「観光日」にこの天気がなってほいしいろころ。

○○頃、ラパスが見えてきた。すり鉢状の盆地に広がる街。そのすばらしい景色がバスの進行方向右側に広がる。自分は左側にいたので写真を撮ることができなかった・・・。くやしい。バスはターミナルなどではなく、普通の道端に到着。

屋根に乗せられたバックパックを回収し、ここから今日泊まる予定だったサンタクルスが近そうなのでもう一人の日本人と歩いていく。宿に到着してたずねると部屋が一つしかないとのことなので、もう一人の日本人に譲る。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
自分は第二候補のEL Solarioへ。
一緒のバスだったやたらハイテンションなヨーロピアン一行がすでに来ていたので心配だったがシングルは無いがドミトリーならベッドはあるとのこと。久々のドミトリー。

荷物を置いてさっそく市内観光。ラパスの街は道が狭く、坂が多い。交通量も多いので何か歩くのが大変だ。

ボリビア・ラパス
サンフランシスコ寺院、ムリリョ広場など、暗くなる前にぐるっと駆け足で、いろいろ歩き回る。おやつにパンを買ったりポップコーンを買ったりする。

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス

ボリビア・ラパス
あのでかい一眼レフを街中で出すのはさすがに目立つ。ペルーでもあったことだが、ボリビアでも、おばちゃんが駆け寄ってきて「あんたそんなもん、ちゃんと隠し持ってなさいよ(と現地の言葉で言っているハズ)」とわざわざ注意してくれる。でも街を撮らないわけにもいかないのだ。

ボリビア料理屋を探したが適当な店が見つからず、ピザ屋に入る。スパゲッティボロネーゼ。これを頼んだだけで、ガーリックトーストとサラダが付いてきた。これで13Bs。安いなぁ。でもパスタは麺がイマイチ。なんでこんなに外国は麺に無頓着なんだ。

外に出ると雨が降っていた。ウィンドブレーカーを着て、宿に向かい、途中のインターネット屋で30分だけネット。宿に帰り、部屋に戻るとドミトリーは男女同室で、中にヨーロピアンの女の子が二人いた。

ティワナク遺跡の行きかたがイマイチ分からなかったので女の子に聞くと親切に教えてくれた。シャワーを浴びる。なんでフックがないんだ・・・。

日本人の男の子が同室で彼が帰ってきたときに、ティワナクのことを尋ねると、彼は大学の関係で遺跡を調べにきているらしく、話が止まらない・・・。さっきの女の子が寝ているのにお構いなし。しまいには文句を言われてしまった。
はぁ。そそくさと寝る用意をして就寝。



※1sol=35円として計算
※1Bs=15円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。
ペルー・マンコカパックイン
7:00AMピックアップの車が来る。ミニバンに乗りチチカカ湖へ。

ペルー・プーノ チチカカ湖

ペルー・プーノ チチカカ湖
ウロス島へのボートに乗り換え7:40AM頃 岸を出発。

ペルー・プーノ チチカカ湖

ペルー・チチカカ湖 ウロス島
8:00AM ウロス島が見えてきた、島といっても通常の島ではなく トトラと呼ばれる葦を積み重ねた浮島だ。
大小あわせて40ほどある島の中のひとつ。船が近づくとこちらのボートに乗っているガイドが何か島の女性に向かって合図をおくる。すると民族衣装を着た女性達が5人ほどが踊りを披露する。ボートが島に近づくと停泊するために手伝ってくれる。

ペルー・チチカカ湖 ウロス島
上陸。足元は最初すごくふわふわして歩きにくいかなぁと感じたがすぐに慣れた。思っていたより一つの島は小さいようだ。
すぐにガイドが客を中央に集め、チチカカ湖の地図が書かれたボードを使って説明。スペイン語と英語で交互に話す。島に空いた穴に長い紐がついた重り(アンカー?)を沈め、「コレが日本(南米に対して地球の反対側)まで届くんだ」と一言・・・おそらく自慢の持ちギャグなんだろう。
乾燥させる前の葦の根元の方の皮を剥き一人ずつに配る。この旅に出る前にみた伊藤英明のペルーの番組でも食べているのを見ていた。かじってみるが美味くもなんともない。
10分ほどの説明から開放され、島内を歩く。

ペルー・チチカカ湖 ウロス島

ペルー・チチカカ湖 ウロス島
人が住んでいるといってもここは観光用の島なのだろう、アクセサリーなど売る家が4,5件。写真を撮ってもチップを要求されないのは悪い気はしない。おそらくボートで上陸するだけでツアー会社からお金が流れいて、その現金収入で充分暮らせるんだろうなぁなどと穿ってみる。

ペルー・チチカカ湖 ウロス島トトラの舟

ペルー・チチカカ湖 ウロス島トトラ舟
ガイドが次の島に行くのでトトラの舟に乗れという。全員乗るのかと思ったら、3名だけ島に残った状態で出発。しばらく気持ちよく乗っていたのだが、次の浮島に近づく頃、料金徴収。他のツアー客に聞くと、任意(チップ)ではなく必須(チケットのようなもの)とのこと(値段は忘れた)。額はたいしたことないが微妙にだまされた気分。島に残った3人とガイドはボートで先に行った。

ペルー・チチカカ湖 ウロス島二階建てトトラ舟

ペルー・チチカカ湖 ウロス島
15分ほどで浮島に到着。今度はさっきより二倍ほどの大きさで歩きがいがある。トトラの舟に乗った別のツアー客もぞくぞくと上陸してくる。
ここで日本人女性に写真撮影を頼まれる。彼女はナリタさんといって実は本当は僕達と同じツアーだったのだがホテルの手違いで最初のボートに乗れず、自分で岸からボートのチケットを買いこの島に渡り、今から合流らしい。

この日の一日 長いボートの移動の間など、ずっと話して過ごすことが出来た。
20分ほど過ごしボートに乗り、タキーレ島に向かう。

舟の屋上で心地よい風を感じながらの移動。ガイドが観光客二人か三人くらいづつに、この湖とか島について丁寧に説明して周る。全員に説明し終わるまでかなりの時間を要している、なかなか頑張り屋だ。予想以上に長い移動船室に戻り ウトウト眠る。アレがタキーレ島だと言われ、見えた後でもなかなか近づかない。

ペルー・チチカカ湖 ウロス島
結局ウロス島を出てから2時間20分かかり、11:35AM タキーレ島に到着。
辺りはすばらしい天気。ペルーはほとんど曇りの日を過ごしてきたのでこの島での快晴は本当にうれしい。

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島
しばらく歩いていくところにある広場まで、特に何もない道を歩いているだけなのだが、島の美しさにイチイチ感動。天気が悪いと、こうは思わなかっただろう。道の横に子供とおじいちゃんがで民族衣装を着てアクセサリーを売っている。子供の写真を撮ると、うしろからおじいちゃんがすかさず大人が手をだして「プロピーナ(チップ)」と要求。うーん・・・しょうがないので子供に飴をあげる。おじいちゃんは不服そうでお金を要求するが無視。

その後 道の横に大人と子供がセットで座っている親子が何組かいたが、子供を撮りたかったのだが、どうもお金との対価で写真を撮るのは あまりいい気がしないからほとんど撮らず。

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島
12:20PM頃、広場に到着。ここで少し自由時間。
今日はプーノの町のスタジアムでペルーやボリビア中からきているインディヘナの人々が派手な衣装を着て踊るダンスの大会があるようで、店の人もその様子が気になるらしくラジオで観戦。

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島
その祭りの日にあわせてだろう、今日もこの広場でなにか式典(?)のようなものがあるようで、島の村長らしき人がスピーチ。

こちらはレストランでメニューを注文し(7sol)、昼食。なぜかガイドが注文をとったり、料理を運んできたりよく働く。ナリタさんの話だと、チップ目当てだろうとのこと。やたらドリンクを勧める、おそらくこの売り上げからマージンをもらっているのだろうと判断、別に持参のペットボトルがあるがコーラを注文。

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島
1:50PM、広場を離れ、丘を降りる。

ペルー・チチカカ湖 タキーレ島
2:30PM、上陸したところとはおそらく反対側の港に出て、そこに停泊しているボートに乗り込む。乗り込んだすぐに出発。実はあまり期待しておらず、各地の情報ノートで評判が良かったから行くことにしたチチカカ湖、天気にも恵まれ、なかなか良かった。

最初は舟の屋上でボーとするがしばらくして船室へ。

5:15PM、プーノの港に到着。「東京ミクロ精機株式会社」と日本語で書かれたミニバンに乗り町へ送ってもらう。
宿まで行こうとしたが、スタジアムのダンス大会を終えた参加者が町中をパレードしている。途中で降ろしてもらいパレードを見ることに。

ペルー・プーノお祭り

ペルー・プーノお祭り

ペルー・プーノお祭り
派手だったり・重そうだったり・セクシーだったりいろいろな格好をした人たちが軽快な音楽で踊り歩く。熊のような悪魔のような格好をした人は暑いからだろうか頭の部分を取って踊っている。ダンス隊の後ろに必ず音楽隊という構成。色などはさまざまだが、なんとなく統一感があるデザインだ。

ペルー・プーノ
(↑アンティクーチョを売るおばさんの頭から虹が!)
こういうときはスリが多いとのことだが、写真を撮らないわけにはいかない。しばらく鑑賞した後、自分はデジカメのメモリがなくなってきたので、ナリタさんはバッテリーが少ないのでという理由で 一端それぞれのホテルに戻り、再度合流してパレードを一緒に見ることを約束。

ホテルに戻り、デジカメデータをノートパソコンに移す。
その間、ホテルでオケを借り、すばやく靴下とパンツを洗濯。昨日の客引きにボリビア国境までのバスチケットを頼んでおいたので、ホテルを出るときにそれをゲット。

ペルー・プーノお祭り
ナリタさんのホテルに向かうが人ごみでなかなか進まない。約束の時間を30分ほど過ぎてしまった。彼女のホテルの二階にあるレストランからパレードを少し鑑賞。延々パレードは続くのでとりあえず夕食。

昨日行ったINTERNATIONALレストランへ。相当迷ったが肉のスープを注文(8sol)。ナリタさんは僕が昨日食べたロモサルダード。
彼女は、かつてスチュワーデスで今はハンガリー(だったっけ?)で通訳や旅行関係の仕事をしていて、今は休暇で旅行中らしい。なんか今回の南米の旅で会う人 海外で働いているひとが多いなぁ。世界100カ国以上旅している旅の達人だ。一時間程度そこで過ごす。

ペルー・プーノお祭り
外へ出て、離れたところから聞こえてくる一番盛り上がってそうな音楽を頼りに探すパレードを目指す。

ペルー・プーノお祭り
広場の前にスタンドが作ってあって多くの人で盛り上がっていた。そこでしばらく鑑賞。音楽がそれぞれの一団で微妙に異なるが、どの音楽も楽しげ。ある一団のパレードの後方には観光客の一団が飛び入りで見よう見まねで踊りながらついていく。なかなか楽しい時間を過ごせた。

10:00PM、パレードが去って行ったので終わったと思い(実はまだ続いていた)、ナリタさんのホテルに向かう。入口に入る瞬間、なぜかすぐ近くでビール瓶を叩き割る人がいて(酔っ払い?)ジーパンに泡が大量にかかる・・・。最後の最後でついてねぇ・・・。そこでお別れ。一緒にこういう楽しい時間を過ごせてよかった。

宿に帰るが、道の前をまだパレードが通っていった。朝からこの人たち踊りっぱなしか・・・凄すぎ。




※1sol=35円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。


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ペルー・クスコ ペンション八幡
6:00AM起床。目覚ましの前に起きた。隣のじいさんはトイレに起きたりしていたようだ。挨拶をしても無視される。まったく・・・。
シャワーを浴び、部屋に戻るとまたじいさんが寝ていたので、荷物を部屋の外に出しながらパッキング。

7:00AM頃、宿を出発。
歩いて市場に行き、いつもの入口角のおばさんからパンを買おうかと思っていたが今日は同じパンを兄ちゃんが売っていた。奥のパン屋で1sol分(6つくらい)と外の兄ちゃんから一つ(20sol)購入。タクシーを捕まえワンチャック駅へ(2sol)。

チケットオフィスに入ると10人くらい並んでいた。
このままだと8:00AM発のプーノ行きの列車に間に合わないので、順番を見張っている背の高いスーツの兄ちゃんにその旨を伝えると順番を抜かして、まだデスクについていない兄ちゃんを説得したあと、すぐにチケットを買わせてくれた。ありがたい。17USD。

もしチケットを買えなければ、バスで行っても良かったがこれは電車で行けということだ。バスは6時間ほど、電車で行くと10時間かかる。値段も電車のほうが高い。しかし旅情を味わうには断然電車だ。

ペルー・ペルー鉄道
チケットを買い、荷物を預け、すぐにホームへ。

ペルー・ペルー鉄道

ペルー・ペルー鉄道
車内は向かい合わせの席に真ん中にテーブルがある。ちゃんとクロスまでかけてあって、その上には小さな花瓶まである。なかなか洒落ている。乗客もまばら。
自分ひとりで4人分を自由に使え、ゆったり出来た。

ペルー・ペルー鉄道
8:00AM発。車窓からの眺めはやはり面白い。
毎日のことのはずなのに沿線の住民、特に子供がうれしそうに列車を眺めたりしている。手を振ってくれる子供も結構いてほほえましい。

ペルー・ペルー鉄道

ペルー・ペルー鉄道
列車の通過でびびる牛や羊、アルパカまでも見れる。犬が追っかけてきたり。何人かが耳を手で押さえている、車内で感じるよりも外はうるさいようだ。

ペルー・ペルー鉄道
12:40PM、ラ・ラヤ駅に10分ほど停車。
ここは標高4335mで世界の鉄道(定期列車)での最高峰。列車を選んだのもこの名誉(?)を味わいたかったから。案の定 停車したところにはおみやげ物屋がたくさん。民族衣装を着ていない子供を撮影していると近くの大人(親?)が「プロピーナ(チップのこと)」と言ってくる。なんでもお金お金で悲しくなってくる。

ペルー・ペルー鉄道

ペルー・ペルー鉄道
晴れていれば遠くの雪山がきれいに見えるので残念。うろうろして列車を撮ったり、店を冷やかしたりしていると、でかい汽笛を鳴らされせかされる。出発の時間だ。

ペルー・ペルー鉄道
晴れたり小雨が降ったりの繰り返しだが、美しい景色に見とれた。途中車内で青年4人による音楽隊がやってきて車両の後ろの方だけが盛り上がっていた。コンドルは飛んでいくだったっけ?の曲のアレンジがなかなか良かった。
小説を読んだりガイドブックを読むなどして過ごす。

ペルー・ペルー鉄道
夕暮れのチチカカ湖が見える、進行方向左側に座っている自分はこの景色を堪能できた。

ペルー・ペルー鉄道 プーノ駅
6:10PMプーノの駅に到着。荷物を係員が降ろす。全ておろすまで乗客を近寄らせない。番号札がついているので係員が一つ一つ手渡しなんだなぁ・・・結構ペルー人ってしっかりしているなと思ったら、荷物を全部ホームに並べた後、「じゃあ、取って良し」の合図。結局、自分で取るんじゃん。

ホームを出るとホテルの客引きが集まっていた。
ペンション八幡の情報ノートに書かれて評判だった「MANCO CAPAC INN」に行く予定だったので、それを探すとそのパンフレットを持った女がいたので、指名。

歩いてホテルへ。今日から1,2週間プーノで祭りがあるらしく街がすごく賑やか。
駅から5分ほど歩いたところにそのホテルがあった。評判だともっと家庭的な雰囲気のところかと思っていたが、なんだか普通。
案の定、客引きの女はホテルの人間ではなくツアー会社の女だ。まあ、簡単な英語が出来るのでいつものように利用させてもらって通訳。

最初、祭りで部屋がフルなので40solの部屋が一つしかないなどと行っていたが、話していると20solまで下がった。バス・トイレ共同の部屋(ベッドは二つ)の104号室を覗かせてもらう。まぁ良くも無く悪くも無く・・・。評判が高かったので期待していたが・・・特に取り立てて褒めるようなホテルではないような気がした。

その女からツアーを申し込むのでもう少し宿泊費を粘って、二泊で35sol。フェスティバルが明日スタジアムで開かれ夜は外の道でカーニバルのようになるとの話なので、迷っていた島宿泊を止め、日帰りツアーにすることに。
ウロス島・タキーレ島一日ツアー30sol、プーノ→コパカバーナ バス移動16solで決着。

ペルー・ペプーノ 南米料理ロモサルダード
夕食で安くておいしいレストランはないか、彼女に聞いたINTERNATIONALレストランへ。さっきフロントで会った日本人とそのお母さんがいて同席させてもらった。

彼はコロンビアで2年働いておりスペイン語はペラペラ。数年前に7ヶ月南米を旅したらしくいろいろ話を聞けた。今はおかあさんとペルー観光をしているらしい。この店でロモサルダード(8sol)を注文。かなり美味いし量も多い。朝買った大量のパンを結局列車の中で全部食べてしまっていて(実は夜食用に余らすつもりだった)お腹は空いてなかったのだが美味かったのでほとんど食べれた。

雨が激しくなってきて、外の道でやっていたパレードも撤収していたようだった。

宿に帰り日記を書くなどして過ごし2:00AM頃就寝。



※1sol=35円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。



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ペルー鉄道でなごむ
ペルー・アグアスカリエンテス温泉
一端6:00AM頃起床。外に出て天気を確認。雨が降っている。
再び就寝。もう一度7:30AM頃 目が覚め、外を確認、曇っている。
天気がよさそうなら今日もマチュピチュに向かうつもりだったが、幸か不幸かそうならずにすんだ。
シャワーを浴びようとするが、昨日出た熱いシャワーが出ない・・・。とりあえず頭だけ洗う。

9:00AM頃、従業員にチェックアウトタイムを聞くと9:00AMだと言う。あわててパッキングして水着とタオルとカメラ以外の荷物を預け、この町の北東にある温泉へ。

道中 レストランの呼び込みを冷やかしながら歩く。10分ほど歩いたところに入口がある。ちゃっかりその手前の売店では水着やタオルのレンタルがあったりする。
10sol(=350円)払い中へ。

ペルー・アグアスカリエンテス温泉

ペルー・アグアスカリエンテス温泉
少し歩いた先に温泉施設らしきものが見えてきた。5つほど丸いプールのようになっている温泉場。すでに5人くらいが入っていた。
オープンカフェみたいなところを通ると二人従業員がいる。
前に読んだ情報ノートでは南京錠を自分で持っていってロッカーに荷物を預けると書いてあったはずだが、まず着替え用の建物で着替えて、従業員に1sol(35円)を払い荷物を預けるシステムになっていた。安心である反面、なんでもかんでもお金をとるシステムにうんざり。

一番手前の浴槽は、超ぬるい・・・。次は、工事中。3番目の浴槽はまあまあの温度。だいだい39度くらいだろうか。日本人的には、ぬるいが悪くない。深さは1メートルほど。底の部分に砂利が敷き詰めてある。
使用している浴室は5つくらいあり、最後は利用客は15人くらいになったが、最初のうちは、それぞれの浴槽にカップルがいちゃついて入りづらかった・・・。

ペルー・アグアスカリエンテス温泉の滝
外に出たのは11:00AM頃、ここの温泉に着いた時は、10:00AMだから、着替えの時間を合わせ一時間だ。出口に向かおうとするとカフェにいた男(スペイン人?)が向こうに滝があるから見に行ったら?とのことなので着替え用の建物のさらに奥に行って、滝を見てきた。

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村
ここの町をぶらぶら散策。みやげ物屋や橋の上などで、デジカメを通して子供と戯れる。

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村
広場の近くに市場があった。食事をするところがあり地元民が昼食を食べていた。物価が高いと言われているこのマチュピチュ村だが、ここなら安くすみそうだ。

ペルー・アグアスカリエンテス マチュピチュ村 ロモサルダード
宿に行き荷物を取り、広場の横のレストランへ。すぐそばに二軒レストランがあり客引き争い。手前の店の男がセットメニュー8solでOKというが、奥の店のねーちゃんとの交渉で8solにしてその店に決める。二階のバルコニーが気に入ったからだ。
スープ・ロモサルダード・マンゴージュース。食べ終わりパソコンで日記を書く。

クスコ行きの列車の出発時間は3:55PM、その30分前になったのでレストランを出て駅へ。
駅には日本人ツアー団体客がたくさん集まっていた。

ペルー・マチュピチュ電車 バックパッカー
列車に乗る。帰りは「バックパッカー」というクラスで天井に窓が無い列車だ。座席はチケット購入時に指定しなかっただけあり進行方向左側。帰りは右側が景色を見る上で有利らしいが・・・。
席は向かい合わせで足を前の人に気を使わなければいけない。前はヨーロピアンでいちゃいちゃしていて目に悪い。隣には最初男が座っていたが、出発間際、日本の女性がその男に話しかけていた。男は昨日のクスコ→マチュピチュ行きのチケットの座席で間違って座っていたようだ。おそらく車内に日本人は他にいないのに偶然日本人同士隣り合わせになるなんて偶然だ。

彼女はアメリカのロスで旅行会社で12年仕事をしているらしい。自分より3か4歳年上かなと思う。いろいろ話した後、彼女は寝てしまう。ずっと車窓からの眺めを楽しむ。

ペルー・クスコ夜景
クスコに近くなると非常に美しい夜景が広がった。スイッチバックしながらその夜景を楽しめとばかりにゆっくりとクスコ市街へ向かう。アグアスカリエンテス(マチュピチュ村)よりクスコの方が標高が高いのだが列車はクスコの街を見下ろす位置を走る。夜景を撮影しようと試みるがひどい揺れで無理。

隣の女性とは夕食の話、まだアンティクーチョを食べたことが無いらしく、クスコの屋台へ食べに行こうということに。

スイッチバックを繰り返した後、クスコの駅に到着。隣の日本女性はクスコではエージェントに当たる人に面倒を見てもらっているらしく、その人が駅まで迎えに来ていた。お願いすると車に乗せてくれ、アルマス広場近くの彼女のホテルまで連れて行ってくれた。
雨が降っていたので非常に助かった。

ペルー・クスコ アンティクーチョ屋台
彼女が荷物をホテルに置き、アンティクーチョ屋へ。
裁判所の横の道を南西へ少し歩いたところに、雨にもかかわらず、人が5人ほど群がっている屋台があった。最初に食べた串はおいしかったが今まで食べた味と見た目が違っていた。よく見ると焼かれている肉は二種類あるようだ。うまかったのでもう片方の黒い方も食べることに。最初に食べた白い肉は良く分からないが、後の方は心臓だ。先端のジャガイモがボリュームがあるせいかちょっとつまむつもりだったがお腹は満足。

ペルー・クスコ ハンバーガー屋台
女性がスープか何か飲めるところ無いかということで、さらに奥へ。3ブロック程進んだところの右側にハンバーガーを作る屋台があり、気になって見ていると、次から次へ人が集まってくる。
ある人はソーセージをパンで挟んだもの、ある人は薄いパティ(肉)をパンではさんだもの、卵焼きを焼いてはさんでいる人もいた。
どうみても美味そうなので注文することに。全てのものをはさんだスペシャル版3sol(105円)。美味いしボリュームある。大満足。お腹が一杯で苦しいくらい。
女性の方は、ホテルに向かうところもう一回さっき食べたアンティクーチョを食べていた。

ホテル前でメアドを交換しお別れ。彼女に会わなければ今日もいつもの通りで10solのセットを食べていたところだった。満足満足。

またSolが少なくなったのでEXCHANGEで20ドルを交換。雨の中ペンション八幡に帰る。
ちょうど5人の人がついたばかりのようでリビング(?)は賑やかになっていた。八幡さんも何か上機嫌だ。預けていた荷物を回収し、宿代を払う。

部屋はリビングの隣の201室。しかし僕がマチュピチュに行く前にいた、変な じいちゃんと一緒の部屋だ。まだ10:00PMなのに部屋に入るともう寝ていた。うーん、気を使うなぁ。


※1sol=35円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。



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無邪気な距離感
見られてた
ペルー・マチュピチュ バス
5:00AM起床。外は相変わらず雨が降っている・・・。
今日朝日を拝むのは期待しないほうが良いだろう・・・。

5:20AM宿を出発し、マチュピチュ行きのバス停へ。
小雨も降っているしあたりは真っ暗。バスが停まっているところを見つけ、バスに乗ろうとすると「チケットは?」と言われる。そりゃそうだ。すぐそばにあるチケット売り場に行ってたずねると、なんと往復40sol(1400円)!ぼったくりだ、足元見やがってぇ。

バスに乗ろうとするとサンドイッチ(パンにハムとチーズがはさんでいる)を売っていた(3sol=105円)。自分はマチュピチュ用に日本からカロリーメイトを持ってきていたのとクスコでスニッカーズ2個を持っていただけなので、午後の空腹を心配し買うことに。

バスの乗客は9割程。雨が降る中、つづら折のハイラム・ビンガム・ロードを通り、約30分でマチュピチュの入口に到着。
昨日買った入場チケットを見せた時に再び学生証の提示を求められた。ここのチェックが厳しいらしくバンコクでつくった偽の学生証などでは見破られるという噂。自分はオーストラリアの語学学校のときの学生証でOKだった。


あたりは暗くさらに濃い霧が立ち込めているので周りがよく見えない。
とりあえずマチュピチュの全景を望む定番スポットである小屋へ。もちろん朝日など望むべくも無く・・・。何人かは濃い霧の中のマチュピチュの遺跡に消えていった。

ペルー・霧のマチュピチュ

ペルー・霧のマチュピチュ
自分と5人ほどが小屋の下で少し雨宿りも兼ね待機。

ペルー・マチュピチュ インカ橋
じっとしていても意味が無いので小屋から南のほうに「インカの橋」へと通じる道へ行くことにした。ループしている道だと思って進んでいたのだが、かなり長いこと歩いて行き止まり・・・。
大きな崖のようになっているだけで、せっかくだからと封鎖の柵と崖を含めて写真を撮った。偶然うっすらインカの橋がフレームインしていた。

ペルー・霧のマチュピチュ
小屋までいったん戻り、明るくなってきたのでマチュピチュの中へ。

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ ワイナピチュの入り口
向かって左側の石切り場やインティワナがある方を進む。適当に歩いていたら気が付くとワイナピチュの入口にきていた。ここは、もう少し後にしようと思っていたがせっかくだから今から登ることに。

ペルー・マチュピチュ ワイナピチュ登山道
入口で名前と時間を書く。8:25AM、自分で今日8人目だ。
聞くと一日に100~150人くらい登るらしい。ハイシーズンは400人になるそうだ。小雨が降る中、登る。中国の黄山の時もそうだったが、身体が鈍っている朝イチの山登りというのはキツイ。はぁはぁ息を切らせながら登る。

ペルー・マチュピチュ ワイナピチュ頂上
頂上に着くがあたりは真っ白。なんにも見えません・・・。
ここで降りていってもつまらないので、ちょうど岩の下に雨をしのげるところがあったのでそこでひたすら待つことに。

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ ワイナピチュから見下ろす
1時間ほど待ったとき、気づくと雨が止んでおり、何人か登ってきた人の声が聞こえてきたので「Can you see something?」と聞くと「Yes」との答え。半信半疑で外へでて岩に登ると霧の晴れた合間からマチュピチュが現れた。なかなか演出がニクイぞマチュピチュさん。長いこと待っただけに全景が見えた時かなり感動した。
霧の流れが早く霧で隠れたり見えたり。綺麗に全体が見えるまで頂上で待つ。

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ
しばらくして日本人ツアーの5人が来てはしゃいでいた。聞くとマチュピチュ・ナスカ・チチカカ湖10日間くらいのツアーで45万円くらい払ってきている・・・。メンバーは皆20代、じいちゃんばあちゃんなら話は分かるが・・・貧乏旅行が染み付いてしまっている自分にはその値段は信じられないな。
キャノンの一眼レフを持ったフランス人のおっさんが話しかけてきてしばらく会話。イギリスの航空会社で働いていて日本を何度か観光している日本通。浜崎あゆみのCDやらDVDをすべて持っているらしい。たった3日の東京観光のときにも浜崎のコンサートチケットに行こうとするほどのファンだ。

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ
一時間ほど山頂からのマチュピチュ鑑賞を楽しみ下山。どの角度からでも絵になる。降りる最中でも何度も写真を撮る。

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ
マチュピチュの遺跡についた頃、今度は本格的に雨が降っていたので石切り場のそばの岩の下でまた雨宿り。
この時間となるとさすがに観光客が増えてきて、カッパを着た観光客がガイドの説明を聞きながら通り過ぎていく。

ペルー・天空の城マチュピチュ
雨が止んだのでまだ撮影していない定番撮影スポットへ。霧がなんども遺跡を隠す。そんな遺跡をうっとり鑑賞しながら撮影。今度は向かって右側の居住区へ。


ペルー・マチュピチュ

ペルー・マチュピチュ
ここが迷路のようになっていて歩いていて楽しい。ここ通れるかな、あぁ行き止まりだ、あっちなら行けそうだなど。家の形状もいろいろあって、切妻屋根タイプ・平屋タイプ、大きな岩を利用し天井があるものなど。北の端にはバルコニーになっているところなどがあった。

ペルー・マチュピチュ
日本人ツアー客が多いと聞いていたがほとんど会わなかった。とにかく隅から隅まで歩きまくった至福の時間。青空がバックだともっと良かったのだが、入場したのが6:00AM、外に出たのが周りにほとんど観光客がいなくなった4:20PM。実に10時間以上マチュピチュと一緒に過ごせたのだ。子供の頃からエジプトのピラミッド・イースター島とともに憧れの場所だったマチュピチュ・・・満足だ。

ペルー・マチュピチュ
チケットオフィスでパスポートに記念スタンプを押してもらえるというので押してもらう。停まっていたバスに乗り込み、しばらく待ち出発。噂のグッドバイボーイがいた。つづら折の道の端っこでショートカットして山肌を走り下りて行き、バスが通るたびに「グッバ~イ」と叫びながら大きく手を振ってくれる。最後はバスに乗り込みチップをもらいにくる。楽しませてくれたしがんばってくれたので1sol。

ペルー・アブアスカリエンテス
ネットを一時間(2sol)。夕食はしばらく歩いたレストランでメニューを見ていると案の定セットメニュー15sol。渋っていると10solに。昨日の別の店と同じパターン。味は普通。

宿に帰りうだうだしていたら寝てしまった。


※1sol=35円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。


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ペルー・オチャンタイタンボ行きバス
6:00AMに起床。
今日は、バスでマラスの塩田・モライを観光しつつオリャンタイタンボまで行き、そこで電車に乗り、アグアスカリエンテスまで行く予定。
クスコのワンチャック駅でオリャンタイタンボ-アグアスカリエンテス往復のチケットが買える。当日購入は7:00AMに開く朝一番に行けば買えるらしい。

シャワーを浴び、6:30AMに宿を出発し、6:50AM頃に駅に到着。すでに3人並んでいた。オープンしオフィスに入り、購入のことを伝えると・・・今日の夜の便(20:00発-21:40着)は満席とのこと・・・。3日前のクスコ初日の朝に同じ列車を購入の日本人について行ったときは当日買えていたから安心していたのに・・・。あの時に今日の日のチケットを買っておけばよかった・・・相変わらず直前にならないと行動しない自分の性格を恨む。

もうすでにメジャーなルートであるクスコ-アグアスカリエンテスの列車は出発した後。オリャンタイタンボーアグアスカリエンテスの明日の分ならあいているとのことだが、もうマチュピチュへ行くのを引き伸ばしたくはないし、Yahooのマチュピチュ天気予報で連日雨と曇りマークなのに木曜日だけが晴れマークがついていたのでそれを少し期待しているせいもあり、無理にでも今日アグアスカリエンテスまで行っておきたい。
夜の便が無い代わりにオリャンタイタンボ14:55発の便は席があるので、それで行くことに。帰りは欲を出してアグアスカリエンテス→クスコの便で帰ることに。15:55発ー20:20クスコ着。往復で買うと安いのだが、しょうがない。
もともとオリャンタイタンボ20:00発で、それまでの観光が余裕だったはずが14:55発になったので、ゆっくりしていられなくなってきた。

宿に戻り荷物を預け、ウルバンバ行きのバス停へ。
sol札が少ないので、アルマス広場の横の両替屋でドルを交換する。マチュピチュ入場券はドル払いが出来ないからだ。
バス停につきチケットを購入、たったの2sol。座席指定で一番奥の席。乗ったらすぐに出発した。隣のおっちゃんが陽気でいろいろ話しかけてくる。スペイン語でさっぱりわからないが、ついでに自分はマラスの塩田とモライに行くんだと伝えた。
そのおっちゃんはチェンチェーロで降りたが、自分が降りたいマラスへの道とウルバンバへの道の分岐点付近になると、僕とおっちゃんとの会話を聞いていた近くにいたおじいちゃんが、「お前、マラスにいくんだろ」と言ってくる(相手はスペイン語でしゃべっているが、雰囲気でなぜかそう言っていることはわかる)。周りの客も面白そうに前方(もうすぐ分岐点だ と多分言っている)を指差したり、途中乗車のペルー人が立っている通路をかき分け前方へ。
おじいちゃんが運転手に「分岐点でとめてくれぇ」と言ってくれている。このバスには外国人は自分ひとりだったが、こういう親切はなんともありがたい。

ペルー・モライへの分岐点
分岐点で降りると、タクシーが3台くらい停まっていて、唯一の観光客である自分によってきて交渉が始まる。
マラスとモライのチャーターは誰もがやっていることなので向こうもなれたもんだ。こちらは確認のため、ペンション八幡でメモした簡単な地図と「地球の歩き方」の写真を使ったりして確実に行ってくれるかの確認。「いくら?」とたずねると「40sol」。昨日、実際にここのチャーターを使った日本人に聞いたら40solだったと言っていたので、いきなりその値段が出るとは思わなかった。もともと40solでチャーターするつもりだったので値下げ交渉することなく、出発。

ペルー・モライ

ペルー・モライ
マラスの町を通り、まずはモライへ。
入場料は3sol(←学割後、本当は6sol)ここは不思議な円形の段々畑(?)。なかなか形状がかっこいい。結構どこからでも絵になり写真を撮りまくり。

ペルー・モライ
とりあえず一番下まで降りていってみる。「地球の歩き方」に載っている写真の印象よりも大きく、疲れた。

ペルー・マラスの塩田
そこを出て、再びマラスの町を通り、道を折り返し、今度はマラスの塩田へ。

ペルー・マラスの塩田

ペルー・マラスの塩田
入場料は5sol。今度は学割は使えなかった。山の合間に突如として現れるというシチュエーションがニクイ。時期はずれなので真っ白ではなくたまった水の部分は茶色い。しかしその段々の独特な形状が連続して広がっている様子は圧巻。

ペルー・マラスの塩田の塩
売店には袋入りの塩が売られていた。大きさがいろいろあるのにもかかわらず全部1solとのこと・・・。中くらいの大きさの袋を3つ購入。一つはチリで自炊するときにでも使うことにしよう。

ペルー・マラスの塩田
塩田の中にまで少し入っていく。壁面に付いた塩を取る作業をする人がいた。遠くで作業をするおばちゃんがポーズをとるのでカメラを向けると、チップを要求される。なんだよぉペルー人・・・。
分岐点に戻り、約束の40solとチップ3solを払う。この運転手、ひげ面で見た目は怖いが、自分が車に乗ろうとする時はちゃんとドアをあけてくれるし、走行中 外の写真を撮ろうとするとちゃんとスピードを緩めてくれたり、なかなか気持ちよく観光させてくれた。

分岐点で荷物を置きウルバンバ行きのバスを待っていると、ちゃんとその運転手は来たぞと教えてくれた。ナイス。
満員のバスに乗り、ウルバンバへ。ウルバンバにバスが着いたところは、結構しっかりとした待合の建物がある。しかしベンチに荷物を下ろした瞬間、オリャイタンタンボのコレクティーボ(乗り合いのミニバン)の運転手のお声がかかる。聞くとたった1sol。

ペルー・オリャンタイタンボ行きのコレクティーボ
荷物を屋根に上げてもらい中へ。中はぎゅうぎゅう詰め。狭い車内に大人17人・子供3人・豚一匹・アヒル(?)一匹・・・。思いっきり地元色が強いが一人フランス人の男が一緒になっただけ安心だ。

オリャイタンタンボに到着したとき小雨が降っていた。
周りに駅らしきものが見当たらず、フランス人の男と一緒に村人に聞きながら向かう。目の前に遺跡が見えるが、とりあえず駅の場所を確認することを優先させた。意外に遠く20分くらい歩いただろうか・・・。フランス人はチケットをあらかじめ買っておらず、駅で直接購入。それを見届け遺跡まで戻る。出発は14:55だが集合は14:30に指定されている。いまからじゃ50分しかない・・・。時間が無いがすぐ近くに遺跡があるのに行かないのはシャクだ。

歩いて遺跡に行く、外から見てもかなりでかい。外部から写真を撮るだけで済まそうかと思っていたが、入り口に行くとここは例の周遊チケットが使えるところだということが判明(というか知っていたが、すっかり忘れていた)。

ペルー・オチャンタイタンボ

ペルー・オチャンタイタンボ

ペルー・オチャンタイタンボ
荷物をチケット売り場に預け、どうせならと遺跡の階段を駆け上りうろうろ。むちゃくちゃ疲れた。遺跡側の上空が曇っていて反対側が快晴という変な空のもとがんばって上の方まで上がる。時間が無いので下までおりる。荷物預かってもらったので1solだすと、ブンブン顔を横に振り「No、Free!」と拒む。
チップを受け取らないペルー人、やたらチップを要求する人・・・ペルー人でもいろいろだな。

ペルー・オチャンタイタンボ 三輪タクシー
少し歩き三輪タクシー(タイのトゥクトゥクのようなもの)がいたので声をかける。いくらか聞くと1sol・・・。もっと高く言っても良いのに・・・。安いなぁ。

駅についたのはちょうど2:30PM。集合時間ぴったり。
前の売店でとうもろこし(1sol)を買ってホームへ。

ペルー・マチュピチュ行き列車ビスタドーム
少し待ち到着した列車はビスタドーム、席はなんと一番前。前面の大きなガラスから景色を楽しめる。時間通りに出発。

ペルー・マチュピチュ行き列車ビスタドーム
出発すぐサンドイッチとフルーツパイとジュースのサービス。ちょっと優雅な気分。隣のあいている席にフランス人のおじいちゃんが来て一緒に車窓を楽しむ。アグアスの駅に到着したころ、結構本格的に雨が降っていた。

ペルー・マチュピチュ駅アグアスカリエンテス

ペルー・マチュピチュ駅アグアスカリエンテス
ウインドブレーカーを着て外へ出る。宿の勧誘に囲まれるかと思ったら一人話しかけてきただけ。聞くと10USDだという。10solの部屋はと聞くが20solといいはる。あっけなく退散していく。なんか拍子抜けで、ひとり雨の中ホテル探しとなる。適当に温泉がある方向に行けば宿が集中しているとの話だったが、八幡の情報ノートに「JOE」が少し紹介されていたので人に場所を聞きながら行く。

到着するとシングルルーム15solというが交渉するとあっけなく10solに。というか全く客の気配が無い。

荷物を置き外へ。インフォメーションの隣で明日のマチュピチュのチケットを購入。学割が聞いて40sol。インターネットを少しやるが遅すぎですぐ切り上げる。宿の少し登ったところのレストラン(インカワシという店の上)でセットメニュー15sol。「Expensive、for me」などといっていたら「10sol」になった。なんかあまりに簡単で拍子抜け。
アグアスは物価が高いといわれていたが10solならいいや。フルーツの盛り合わせ・コーンスープ・トマトパスタ・バナナジュース。味は普通。自分が食べているときに客が一人も入ってこない。暇なんだろうな。

ペルー・マチュピチュ村の宿「JOE」
宿に帰り、デジカメの電池を充電しようかと思っていたら部屋にコンセントが無い。
結局バストイレ付の部屋に変えてもらった。一泊13sol。


※1sol=35円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。


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