
9:30AM頃 目が覚め、シャワー。朝食に再びガーリックトースト。
H口さんも起きて、朝から貝を醤油などで煮込んでいて美味しそう。まったりした朝食の時間を過ごし、パッキング。
12:00PM、チェックアウト。H口さんと?さんが玄関まで出てきてくれお別れ。H口さんはグァデマラで採ったという黒曜石をくれた。こういうのすごくうれしい。
宿の前の道で88番のコレクティーボに乗りビーニャの町へ(400ペソ)。

教会の前で降りる。まだ全然ビーニャの町を見ていないので、そのままバスターミナルに行くのではなく、少し町を散策。

広場の北あたりに行くと人だかりが。何かテレビの中継をやっているようだ。よく観ると、汐見荘にいたときに朝テレビでやっていた番組だ。毎日やっているのか今の音楽祭に関する番組なのかはわからないが、観衆は盛り上がっていた。
ぐるっと町を遠回りしてターミナルへ。
学割が使えると聞いていたCONDORの窓口へ。しかし学生証を見せるが首を横に振る。おかしいなぁ、チケットを購入し(3300ペソ←後で金額確認)、10分ほど待つ、バスの前に行き先と出発の時刻が出ているので分かりやすい。
1:15PM出発。

ぴったり2時間後の3:15AMサンチアゴのバスターミナルに到着。

ターミナル内の写真を撮っていると、小さい女の子を抱いた男性に声をかけられる。子供の写真を撮ってとのこと。最後に危ないからカメラを隠せとのこと。もう南米に入ってから二日に一度くらいの割合で地元民に言われるなぁ。
近くのメトロ(地下鉄)に乗り、Baqu?駅で降りる。
歩いて南にいき教会のところで右折。レストランJAPANの看板があるとなり、ペンション内藤。どこかの情報ノートに書いてあってそのメモだけを頼りに来た。
しかし、ドアは閉まっていて、叩いても反応無し。汐見荘で隣のレストランJAPANがここのホテルの経営者と聞いていたのだが今は昼休みで店が閉まっている。どちらの扉もなんども叩くが反応無し。
しょうがないので向かいのホテルNIPPONに行って聞いてみる。カウンターに一人日本人女性がいた。親切な人で、このホテルに泊まっている人でペンション内藤に泊まったことがある人(←多分)の部屋に内線で事情を聞いてくれた。
ドアにブザーがあるとのこと。そんなの無かったはずだが、と思いもう一度行ってみると、ちょうどドアから年配の日本人が出てきた。てっきり、ちょうどいいタイミングで出てきたので、さっきの内線の相手は実はこのオーナーにかけてくれて、そのオーナーが出てきたと思ったのだが、ただの宿泊客だった。その人に鍵を開けてもらう。


中に入ると一人ドミトリーに日本人がいた。
彼にトイレの場所などを案内してもらう。なんだろオーナーがいないのに泊まっていいのだろうか・・・。外に出ようとするとまた別の年配の人がいて、鍵がないと不便だろということで、オーナーの娘(?)と話してくれて鍵をゲット。
一階がレストランJAPANという寿司屋、二階が家族が住むリビングなどや個室、そして余った二部屋をドミトリーとして貸し出しているという感じ。なんだか片手間に宿を経営しているのかな。壁の注意書きを見ると日本人しか泊まれない宿のようだ。

3:00PM、外に出て歩いて?の丘へ。

ここはあまり期待していなかったがすっごく良かった。門には立派な噴水。もともと砦の跡のようで多くの階段でどんどん上に登っていくことが出来る。頂上は小さな展望スペース。なかなか眺めがいい。

帰り際、噴水のところで遊んでいた子供たちが僕のカメラを見てニタニタするので近寄ってそばにいたお母さんに許可を撮ると快くOK。撮ったデジカメのモニタを見せるとむちゃくちゃ子供がうけていて楽しかった。

一時間この丘で過ごし、旧市街のアルマス広場の南のハンバーガー屋がたくさん並んでいるところへ。
ここの一軒でハンバーガー・ポテト・ジュースのセットを食べる。1470ペソ、安いなぁ。改めて国境の町サンペデロデアタカマで食べた4500ペソの料理が贅沢だったのが分かる。
アルマス広場のベンチでゆっくりする。汐見荘のM浦君が怪しげなCAFEのことを教えてくれたので、さっそくいっていたとおりの外観の店を発見し、中へ。ドアを開けたら薄暗い中にすぐに水着の美女がいてその周りでおっさん達がコーヒー(?)を飲んでいた。いまいちスペイン語が出来ない自分が堂々と入れる雰囲気じゃないのでやめた。
歩いて宿へ。
スーパーで水とビール(多分390ペソ)を購入。宿に一端戻る。オーナーがまだ帰ってきてないのは明らか。明日の朝早いのでそれの交通手段が心配だ。「地球の歩き方」にミニバスをホテルまでに迎えに来てもらうように手配するとは書いてあるが、どうせ英語も通じないだろうし、自分で電話するのは自信が無い。まだお金も払っていないので隣のレストランに行く。オーナーに会いたいが応対したのは日本語も英語も通じない従業員のおばさん(おそらくオーナーの奥さん)が応対。宿代は私に払ってといわれるが、空港バスのことがきになるので結局店の奥に行って寿司を握っていたオーナーに出てきてもらった。なにか淡白な人で空港バスについてきくと朝早いからバスがないのでタクシーしかないよなぁ・・・などと言われてしまう。まぁとりあえずそうしますと返事して、宿代をはらって外へ。
昼間対応が親切だった向かいのホテルNIPPONへ(ちなみにここのロビーを通る客は皆外人だった)。カウンターには日本人はいなかったが大きな体の男が英語が話せて助かった。
相談すると電話をして6:00AMに迎えに来てくれるように手配してくれた。宿泊客でもない自分に親切な対応をしてくれたし、チップを要求するそぶりもまったく見せなかったので、500ペソを渡す。僕が渡すとは思っていなかったのかすごくうれしそうにしていた。
安心して宿に戻って、ビール。
同室の日本人は昨日日本からサンチアゴについたばかり、今は12時間の時差があるので時差ぼけなのだろうか、僕が部屋に戻ると寝てしまった。
廊下に机(近くに電源あり)があるのでそこで日記を書いて過ごし、2:00AM頃就寝。
※1チリペソ=0.2円として計算
※注)2011年にブログを更新してますが、コレは2006年の南米旅行記です。





























































































































