美々ちゃんから届いた写真です。力尽きて地面に落ちていた蝉。それを母様が壁に止まらせたようです。羽が乾いたら飛んで行けますように!と願って。
・蝉生まれまだ青空ははるかはるか
の一句が添えられていました。つい先日のお話です。
         ◇
昭和57年(1982年)の7月23日の夕方から翌朝まで、あてねは旧外海町黒崎の、名も知らぬ民家にいました。
あの299人が犠牲になった長崎大水害の日です。故郷の旧大瀬戸町に帰る途中、黒崎の谷底の道で車を流され、消防団にローブを投げてもらい、激流の中、九死に一生を得ました。
民家に泊めてもらい、衣服を貸してもらい、翌朝、歩いて故郷の近くまで…。
まさか、こんなひどいことになるなんて。誰も予期しなかった未曾有の水害。ちゃんと想像を働かせれば…と今は思うことができます。
先日、大雨が降り、大瀬戸から時津町の職場に通っている姪を安全のため泊めました。
きょう午前、犠牲者を悼みサイレンが鳴り、あてねも黙祷しました。蝉は短い命を知ってか、力いっぱい鳴いていましたが…。
長崎県は昨日梅雨明けしました。
長崎新聞の記事によると、昨日、15人が熱中症の疑いで搬送されたようです。
在りし日のノア。
暑さ、寒さ、ノアの心配しない日々になりました。いいような、よくないような…。