あめぶろの読者登録している人達のアイコンが10人中9人くらい、自分の顔を出していて、つい驚きました。笑
みんな顔出しか!
なら、私も顔出すかなんて考えたり。
前回の続きといこう。
失敗の原因、二つ目。
それはずばり、借金。
メンターからお金を稼げないとダメじゃないと言われた一件以来、無意識的に私はそのメンターのことを信じられなくなった。
今だからこそ、その時の心の動きが理解できる。表面的にはメンターの言うことが正しいと信じ込もうとしていたから、メンターの言う通りにタクシードライバーになった。
イメージ的にはまっすぐに進もうと歩いている人が、まっすぐ歩いていたら、途中で数人くらいから一斉に話しかけられて、断りきれず、その道からずれてしまった感じかな。
話を戻して、東京編で背負った借金は100万円以上。
そして、一番高額だったのが、88万円の電話コンサルだった。
それが何かと言うと、ライトワークって分かりますか。
ライトワークをカタチにするというセッションで、ずっと自分で何か起業したいと考えていた私にはとても惹かれた。
他では類を見ないそのユニークさ、何を教えてもらえるんだろうかという興味、このセッションを受ければ起業の原型を創れるという期待、とても魅力的だった。
このほぼ100万円のセッションを受ける前に一度、6万円のセッションを受けた。そのセッションがとても良くて、そのセッションを行っている人がとても素敵な感じがした。ちょうど、メンターの件で心が揺れていた時でもあって、二人のメンターをつけて、東京でお金を稼いで成功するために、この投資は必要だと考え、88万円の電話セッションを受けた。
そこに全く迷いがなかった訳ではもちろんない。
というか、悩みに悩んだ。
受けたいという気持ちは非常に強い。このセッションで私なりのライトワークをすることができるようになる。しかし、金額がとても高くて、すぐに払うことのできる代物じゃない。でも、そのメンター2からは月々の返済で大丈夫と言ってくれている。あなたはこのセッションを受けた方が良いですよと言ってくれている。この機会を逃したら、うまくいかないかもしれない。高いけど、月々なら払える。でも、月々10万円だと生活を圧迫しかねないか。タクシーの給料が30万円くらい入ってくるから大丈夫だ。それに、タクシードライバーとして年収500万円稼げるようになるから、大丈夫だ。月々10万円なら何とかなるだろ。でも、何とかならなかったら?
借金してまで受けるものなのか?きっとものすごく価値があるものに違いない。、、、
というようなことでものすごく悩んだんですよ。
でも、最終的にそのメンター2から、あなたなら今心配してるような不安なことにはならないと思いますよ、と言われて、そうだよね大丈夫ということで電話で申し込んだ。
で、結果はその月々10万円の借金が原因で生活の心配や不安が一気に押し寄せ、仕事にも心身状態にも影響を及ぼした。
月々10万円の借金が苦しいから少し返済を待ってもらえないか?とお願いしても、クレジットカードで払えないかなどとこっちの苦しみには寄り添わない。
それが2018年10月まで続いた。
2017年9月からだから、約1年間くらいは借金に苦しめられた訳だ。
まあそれが一番大きな借金で、実はこれ以外にも10万円でネット関係の情報商材、6万円で弛緩法というマッサージの技術を借金で購入している。
さらに、タクシー会社を辞める時に2種免許取得費用にかかった経費を請求され、20万円かかった。
合計そうだな、
88万円 電話コンサル
10万円 ネット情報商材
6万円 弛緩法
20万円 タクシー2種免許
で124万円くらいを一年間で背負ったってことか。
こうして改めてみると、金額の高さに笑えてくる。
今までそんな高い買い物したこともないのに、一年間でぎゅっと経験したことないレベルの借金を返す羽目になって、そりゃあ辛くもなるよな。
この経験から学んだのは、どう足掻いても、この人生、人の世では、借金を返すことは基本的なルールである。
ルール無視は基本的にできないし、借金をするなら、将来にわたって、行動の自由度を奪われることがあるということ。
月々10万円の支払いはキツイということ。
借金ない状態の方が幸せだったということ。
その電話コンサルのメンター2も、お金は稼いでいる人だろうけど、やっぱりお金を稼いでいるからといって、人間的に優れているとは限らないということ。
多額の借金はもうしないと決めたこと。
借金するときは、自分一人で決めず、親や信頼できる人に相談すること。
逆にこの借金返済で相当な金銭感覚がついたので、借金がなくなった時、貯金がうまくできるようになっていること。
などかな。
調子が良いからって自惚れて、あれもこれもと欲張ると痛い目みますね。
そのメンター2との出会いがなければ、タクシーももっとうまくやれていたかもしれないし、こんなに生活苦しくならなかったはずなのにと今でも怒りや恨みの気持ちが湧いてくる。
しかし、同時にその経験があったからこそ、スピリチュアルなことでお金をかける必要がないということややっぱり最後は自分の心なんだなということを学んだりもした。
そこは感謝してる。
ただ、やっぱり今でも無責任に人の生活に関わってきて、私の自由意志でそう決めたんですよ〜というようなスタンスでいる、メンター2のことを思い返すと腹が立つ。
少しくらい金返せ。笑
お久しぶりです!!
一年以上放置していた私のブログを遡って、東京編がスタートしていたところまで読んでみた。
まあなんとも最初は希望に満ち溢れていたなと今の自分からみれば、冷や汗をかいてしまいそうな恥ずかしい気持ちにもなる。
だけど、実際に東京でタクシードライバーになって、お金を稼ぎまくってという未来をその時は純粋に願っていた。
私なら稼げる、東京でうまくやれると思っていた。
でも、この選択は大失敗だった。
このルートを選んだから、借金がまだ残っているし、しなくてもいい苦しみや辛さを抱えることになった。
もう今はその時の傷が癒えて、冷静に振り返ることができる。
失敗の原因は何だったのか。
ここに残しておきたい。
まずはじめに、
私が東京で描いていたゴールのことから話そう。
タクシードライバーという仕事で年収500万円ほどを稼いで、お金を貯めつつ、起業する。
お金を貯めた後は小田原で暮らす。
それが目指していたところだった。
小田原で暮らすというところが、実は一番重要なポイントで、この願望はもう5年くらいずっと抱えているものであった。
しかし、この時は東京で暮らすことを優先させた。
なんでずっと願っていることよりも東京で暮らすことを選んだのかというと、その時に関わっていたメンターの影響があった。
そのメンターから、お金をしっかり稼げないのに、社会貢献をすることはできない。福祉の仕事では貧乏のまま。あなたの宿命に沿わないから、成功は難しいと思う。
そのようなことをアドバイスされた。
そのメンターと出会って、私は山梨の実家から離れる決心がついたので、その後に続いたこれらの言葉は、信頼できるメンターの言うことだから、そうに違いないと信じ込むきっかけになった。
東京に出る前の山梨での仕事は、介護だった。
介護というより福祉の世界が好きだということに仕事をしている時に気づいたから、探すのなら介護や福祉の仕事を東京か神奈川でやりたいとも考えていた。
でも、その時のメンターから言われた言葉、福祉の仕事では稼げない、社会起業みたいなことをやっている人も周りにいるけど、生活苦しいみたいだよ、お金がないのに誰かを助けたいなんて甘い。
それらが私の心の底の願いを曇らせた。
その言葉を言われた後も諦めきれなくて、何度か666の数字をみたものだ。
今でも本当によく印象に残っている666の数字。
そのメッセージはあなたは物理的なことに意識を奪われすぎているというものだった。
天使は何度も私に伝えてくれたけど、メンターがそう言うんだし、確かにお金があれば人を幸せにできるし、まずはお金を稼ぐことに集中しようとそう決めた。
だから、私は東京でタクシードライバーになった。
でもね、タクシードライバーになって、タクシーの仕事をお金のためだから頑張ろうってどうしても思い続けることができなかった。
頑張り続けられなかった。
だから、この失敗の一つ目の原因は、自分の心よりも自分以外の誰かに従ったこと。
また、自分より上だと感じて盲信したこと。
エラければ、お金持ちであれば、その人の言うことが全て正しいなんて、そんなことはない。
タクシーは自分に向いてないと思い始めて、考えていたほどお金も稼げなくて、最初に描いていた理想と離れていて、こんなはずじゃなかったってものすごく後悔した。
自分で選んだことなのにね。
でも、その時に自分の心を大事にしてあげられていたら、死にたくなるほど辛い思いをしなくて済んだと今でも思う。
確かに失敗はした。
でも、この経験をしたからこそ、今は他の誰からも、どんなに立派に見える人であれ、なんと言われようと最後に一番大事なのは自分の心の声に傾けることだと自信がある。
一年以上放置していた私のブログを遡って、東京編がスタートしていたところまで読んでみた。
まあなんとも最初は希望に満ち溢れていたなと今の自分からみれば、冷や汗をかいてしまいそうな恥ずかしい気持ちにもなる。
だけど、実際に東京でタクシードライバーになって、お金を稼ぎまくってという未来をその時は純粋に願っていた。
私なら稼げる、東京でうまくやれると思っていた。
でも、この選択は大失敗だった。
このルートを選んだから、借金がまだ残っているし、しなくてもいい苦しみや辛さを抱えることになった。
もう今はその時の傷が癒えて、冷静に振り返ることができる。
失敗の原因は何だったのか。
ここに残しておきたい。
まずはじめに、
私が東京で描いていたゴールのことから話そう。
タクシードライバーという仕事で年収500万円ほどを稼いで、お金を貯めつつ、起業する。
お金を貯めた後は小田原で暮らす。
それが目指していたところだった。
小田原で暮らすというところが、実は一番重要なポイントで、この願望はもう5年くらいずっと抱えているものであった。
しかし、この時は東京で暮らすことを優先させた。
なんでずっと願っていることよりも東京で暮らすことを選んだのかというと、その時に関わっていたメンターの影響があった。
そのメンターから、お金をしっかり稼げないのに、社会貢献をすることはできない。福祉の仕事では貧乏のまま。あなたの宿命に沿わないから、成功は難しいと思う。
そのようなことをアドバイスされた。
そのメンターと出会って、私は山梨の実家から離れる決心がついたので、その後に続いたこれらの言葉は、信頼できるメンターの言うことだから、そうに違いないと信じ込むきっかけになった。
東京に出る前の山梨での仕事は、介護だった。
介護というより福祉の世界が好きだということに仕事をしている時に気づいたから、探すのなら介護や福祉の仕事を東京か神奈川でやりたいとも考えていた。
でも、その時のメンターから言われた言葉、福祉の仕事では稼げない、社会起業みたいなことをやっている人も周りにいるけど、生活苦しいみたいだよ、お金がないのに誰かを助けたいなんて甘い。
それらが私の心の底の願いを曇らせた。
その言葉を言われた後も諦めきれなくて、何度か666の数字をみたものだ。
今でも本当によく印象に残っている666の数字。
そのメッセージはあなたは物理的なことに意識を奪われすぎているというものだった。
天使は何度も私に伝えてくれたけど、メンターがそう言うんだし、確かにお金があれば人を幸せにできるし、まずはお金を稼ぐことに集中しようとそう決めた。
だから、私は東京でタクシードライバーになった。
でもね、タクシードライバーになって、タクシーの仕事をお金のためだから頑張ろうってどうしても思い続けることができなかった。
頑張り続けられなかった。
だから、この失敗の一つ目の原因は、自分の心よりも自分以外の誰かに従ったこと。
また、自分より上だと感じて盲信したこと。
エラければ、お金持ちであれば、その人の言うことが全て正しいなんて、そんなことはない。
タクシーは自分に向いてないと思い始めて、考えていたほどお金も稼げなくて、最初に描いていた理想と離れていて、こんなはずじゃなかったってものすごく後悔した。
自分で選んだことなのにね。
でも、その時に自分の心を大事にしてあげられていたら、死にたくなるほど辛い思いをしなくて済んだと今でも思う。
確かに失敗はした。
でも、この経験をしたからこそ、今は他の誰からも、どんなに立派に見える人であれ、なんと言われようと最後に一番大事なのは自分の心の声に傾けることだと自信がある。
心の声:
会社は交通費も出してくれない。
研修に行くのに毎日500円以上かかる。
遠いところだと、約1000円かかることもある。
それに毎日の食費は必ずかかる。
冷蔵庫も電子レンジもないから、外食、買って食べるという選択をする。
今のご時世、サラダだって200円、おにぎり125円、パンも130円はするだろう。
飲み物も買うとしたら、あっという間に300円はかかってくる。
そうやって、毎日朝昼晩を300円に抑えたとしたって、食べていくのに1000円はかかるよね。決して贅沢してる訳じゃないはずだ。
外食で少し食べ物をグレード上げただけで、研修や会社の往復をするだけで日毎に2000円かかってくる。
2000円も1日使うなんて、まともじゃないなんてことはないはずだ。
いたって今置かれている状況のうえでは、普通のことのはずだ。
冷蔵庫も電子レンジもなくたって、確かに自炊しようと思えば、自炊もできる。
でも、冷蔵庫なければ、その日のうちに調理しきるのが前提となってくるだろう。
それはそれで食べきれなくなって、無駄になりそうだ。
会社のこの研修期間中、日当として10000円出る。
それの21日分で21万円出るから、そこまで悪くはないだろう。
今までにかかった研修費などを差し引いても、十分にお釣りは出るのだから。
しかし、私の考え方は1日に2000円もかかるのに、交通費も出してくれないから、お金がどんどん減っていく、、、というようものだ。
実際にかかった費用の80パーセントくらいは会社が負担してくれているはずだ。
私がちょっと余裕がなくなった原因としては、手持ちも少なくなってきて、せっかく入ってきたお金も支払いですぐに出ていってしまうと思っているからだろう。
支払いで13万円くらいかかったら、グンと少なく感じる。
そういった生活の余裕のなさがあるから、自身の責任を認められず、会社や相手に責任があるように思うことに繋がる。
他の誰でもなく、自分が蒔いた種があとで咲いただけなのに。
それで学んだ。
いろいろと手をつけるのは良いけれど、それで今までのことが中途半端になるなら、センスないってこと。
借金するのは生活が安定した時にすること。
確かにお金がなくてもやっていけるけど、お金がある程度あった方が余裕が生まれやすいこと。
痛い目にあって、失敗して、意地になって、いろいろとやってみることでしか、分からないこともあるのだな。
会社は交通費も出してくれない。
研修に行くのに毎日500円以上かかる。
遠いところだと、約1000円かかることもある。
それに毎日の食費は必ずかかる。
冷蔵庫も電子レンジもないから、外食、買って食べるという選択をする。
今のご時世、サラダだって200円、おにぎり125円、パンも130円はするだろう。
飲み物も買うとしたら、あっという間に300円はかかってくる。
そうやって、毎日朝昼晩を300円に抑えたとしたって、食べていくのに1000円はかかるよね。決して贅沢してる訳じゃないはずだ。
外食で少し食べ物をグレード上げただけで、研修や会社の往復をするだけで日毎に2000円かかってくる。
2000円も1日使うなんて、まともじゃないなんてことはないはずだ。
いたって今置かれている状況のうえでは、普通のことのはずだ。
冷蔵庫も電子レンジもなくたって、確かに自炊しようと思えば、自炊もできる。
でも、冷蔵庫なければ、その日のうちに調理しきるのが前提となってくるだろう。
それはそれで食べきれなくなって、無駄になりそうだ。
会社のこの研修期間中、日当として10000円出る。
それの21日分で21万円出るから、そこまで悪くはないだろう。
今までにかかった研修費などを差し引いても、十分にお釣りは出るのだから。
しかし、私の考え方は1日に2000円もかかるのに、交通費も出してくれないから、お金がどんどん減っていく、、、というようものだ。
実際にかかった費用の80パーセントくらいは会社が負担してくれているはずだ。
私がちょっと余裕がなくなった原因としては、手持ちも少なくなってきて、せっかく入ってきたお金も支払いですぐに出ていってしまうと思っているからだろう。
支払いで13万円くらいかかったら、グンと少なく感じる。
そういった生活の余裕のなさがあるから、自身の責任を認められず、会社や相手に責任があるように思うことに繋がる。
他の誰でもなく、自分が蒔いた種があとで咲いただけなのに。
それで学んだ。
いろいろと手をつけるのは良いけれど、それで今までのことが中途半端になるなら、センスないってこと。
借金するのは生活が安定した時にすること。
確かにお金がなくてもやっていけるけど、お金がある程度あった方が余裕が生まれやすいこと。
痛い目にあって、失敗して、意地になって、いろいろとやってみることでしか、分からないこともあるのだな。
人から会おうと誘われることがある。
私はあまりその人に魅力を感じていない。
強く会いたいとは思わない。
それでは、なぜ会いたいという気持ちがないのに、人と会う約束をするのか。
会いたいとあまり思わなければ、会わなければいいだけなのだ。
それでも、会おうと決めて会うのだ。
そこには実は違った理由が隠されている。
私はなるべく多くの人と関わりたいと思っている。
いろんな人と知り合って、関わりたいという欲求がある。
人間的に尊敬できる人、私がいいなと思える人と会う方が、私は満足できる。
自分の欲求に素直に従った場合、大抵満足いく。
その逆に、あまり会いたいと思わない人、魅力を感じない人と会って、どう感じるのかというのも試してみる必要があると感じた。
つまり、実験のようなものをして、私がどう感じるのかを試したかった。
今回、会いたいとそんなに思わない人と会ってみて、相手は私に好意を持ってくれたようだ。
私は相手に合わせて、話をよく聴くように心がけた。
でも、私は自分のことはあまり相手に話もしていないし、会ったからといって、それ以上に好感度が上がる訳でもない。
こんな人なのかも、、、と私なりに判断はするが、それが正しいとも分からない。
妙に私の方だけ冷めちゃっている。
知らない人と会うことは面白い。
私にはない経験を相手が持っているから、それを私も疑似体験してるみたい。
ただ、それだけでは相手ともう一度会いたいとはならないのだな。
会いたいと思われるために、何が必要なのだろう。
私だったら、どんな人とまた会いたくなるだろうか。
無理してそのあともついていくという選択肢もできるけど、その人とそんなに一緒に時間を過ごしたいか?
お金もらえるなら、まだしも、そうじゃない関係だから。
だったら、違うことに使った方が良くないかという話だ。
会いたくない人と会ってみて、感じたこと。
これが私の会う理由か。
私はあまりその人に魅力を感じていない。
強く会いたいとは思わない。
それでは、なぜ会いたいという気持ちがないのに、人と会う約束をするのか。
会いたいとあまり思わなければ、会わなければいいだけなのだ。
それでも、会おうと決めて会うのだ。
そこには実は違った理由が隠されている。
私はなるべく多くの人と関わりたいと思っている。
いろんな人と知り合って、関わりたいという欲求がある。
人間的に尊敬できる人、私がいいなと思える人と会う方が、私は満足できる。
自分の欲求に素直に従った場合、大抵満足いく。
その逆に、あまり会いたいと思わない人、魅力を感じない人と会って、どう感じるのかというのも試してみる必要があると感じた。
つまり、実験のようなものをして、私がどう感じるのかを試したかった。
今回、会いたいとそんなに思わない人と会ってみて、相手は私に好意を持ってくれたようだ。
私は相手に合わせて、話をよく聴くように心がけた。
でも、私は自分のことはあまり相手に話もしていないし、会ったからといって、それ以上に好感度が上がる訳でもない。
こんな人なのかも、、、と私なりに判断はするが、それが正しいとも分からない。
妙に私の方だけ冷めちゃっている。
知らない人と会うことは面白い。
私にはない経験を相手が持っているから、それを私も疑似体験してるみたい。
ただ、それだけでは相手ともう一度会いたいとはならないのだな。
会いたいと思われるために、何が必要なのだろう。
私だったら、どんな人とまた会いたくなるだろうか。
無理してそのあともついていくという選択肢もできるけど、その人とそんなに一緒に時間を過ごしたいか?
お金もらえるなら、まだしも、そうじゃない関係だから。
だったら、違うことに使った方が良くないかという話だ。
会いたくない人と会ってみて、感じたこと。
これが私の会う理由か。