村上春樹。
最近、『1973年のピンボール』、『スプートニクの恋人』を続けて読んで、今回『アフターダーク』。
『私たち』という視線が、夜中のファミレスで一人本を読んでる女性を見ていて、そこに一人の男が近づいて声をかける。
『私たち』は次にもう一人の眠っている女性を観ている。
『私たち』の視線を通して物語を追っていくんですが、結局『私たち』って何なんかはわかりません。
村上作品は会話が独特です。
なんか引き込まれます。
中でもコオロギという女性のセリフが印象的でした。
「人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。ただの燃料やねん。新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙切れでしょ。火の方は『おお、これはカントや』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか『ええおっぱいしとるな』とか考えながら燃えてるわけやないよね。火にしてみたら、どれもただの紙切れに過ぎへん。それとおんなじや。大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料」
しょうもない記憶も大事な記憶もどっちも必要やということなんでしょう。
この本を読んでから、たまに昔の記憶を掘り起こします。
大抵、しょーもないことなんですけど。
話変わりますけど、マルモのおきての最終回、録画が途中で切れてました。
仁の最終回の1個前も切れてました。
泣く泣く虎バン3年分を消しました。
iPhoneに落として見よ。