戦前から戦後にかけてプロ野球の創設から2リーグ制への移行まで、野球を愛し、野球発展に尽くした人物を阿部牧郎がノンフィクションとしてまとめた1冊、
人物日本プロ野球史・学陽書房人物文庫・2005年発行・740円。

 

なかなか面白く興味深い内容で、登場人物の個性や情熱さらには生き抜く力に感動する、読み易くかつ読み応えのある1冊です。今は図書館でしか手にすることができないのが残念ですが。

 

7人の人物が登場します。

 

勝負師・水原茂
極寒のシベリヤで辛酸をなめる抑留から帰還した名選手が指揮官として再生するまでの客観的事実と並行して心の動きが綴られています。

 

風雲・三原脩
水原茂の対極する人物として、こちらも戦地における想像を超えた体験から監督として大成するまでの足跡をたどります。
三原の指揮者としてのターニングポイントとなった言葉は、
『選手を兵隊だと思うと、頭ごなしにやりたくなる。選手一人一人をファンを背負った隊長クラスの人間だと思えば、そうは粗略に扱えなくなる。』という先輩の一言でした。
これは、会社関係者のみならず、家族や顧客との関係を背負っている会社員にも言えそうです。

 

箸と牛肉・若林忠志
戦争という不幸な時期を超えて日本のプロ野球発展に尽くすハワイ出身の技巧派投手が歩んだ道とは。
来日当初は、ハワイに比べて貧しく狭い、便所にも閉口する日本であったが、次第に日本にひかれるようになって行く。日本では、誰もが礼儀正しく控え目であり、他人を傷つけないように心を配り、周囲との調和を大切にする。生存競争にしのぎを削り、自己主張しないと無視され、他人の思惑など無視して突き進まないと蹴落とされる、義理人情より経済が優先する合理主義のハワイ・アメリカと一線を画す日本。その日本におけるプロ野球の発展・戦後復興に尽くした1投手の生き方が描かれています。

 

闘将・藤村富美男
一度は頂点を極めかけた中距離ヒッターが、ライバルを意識することから長距離バッターとして長尺バットを駆使するに至るまでのストーリー。
不器用な職人然としたその姿は、サラリーマンの背中に重ねあわせて見えたりもします。

 

プロ野球が分裂した日・村上実
往年の名投手村山実の話かと思いきや、まだまだそれより以前の出来事でありまして、そもそも村山ではなく村上さんでありました。
戦後プロ野球人気が高まる中で、1リーグから2リーグに分裂する時の、新球団加盟・球団数増加の是非に始まり現状維持派・分裂派それぞれの立場におけるプロ野球への想いが語られています。

 

焦土の駒鳥・田村駒治郎
野球を心から愛する球団オーナーとして、その愛すべき人物像が紹介されています。
波瀾万丈の大阪商人が無償で捧げる野球への愛情。
その功績により没後9年を経て1970年に野球殿堂入りしています。
球団経営を諦め2代目経営者として立て直した田村駒株式会社は現在も中堅企業として生き続けています。

 

何と申しましょうか・小西得郎
以前にも紹介した面白くも愛すべき解説者・小西得郎のエピソードが綴られています。
小西さんの人生は一口に言ってどんな人生だったのでしょうという問いに、
何と申しましょうか、それ以外に言いようのない人生ですよ、と答えたというエピソードで結ばれています。

 

やはり成し遂げられた物事の陰に必ずある熱い想いのある人達の存在、
この人達こそ正にサムライ、
ONの活躍より遥か以前に、
ここに描かれた人々をはじめ野球道まっしぐら野球馬鹿の野球への愛あればこそ、今のプロ野球はあったのだということを痛感します。