私には子供がいます。女の子です。
私は一人娘でその家に嫁ぎました。
私がお嫁に行った時
家系は途絶えました。
その時、申し訳なさを感じて
わたしはお父さんに言いました。
本当にいいのかな?と
お父さんは、いいに決まってる。
お前は何も考えんと幸せになれ。
と言ってくれました。

自分の道を見つけて進めば
どんな生き方だって
お父さんは応援してくれた。

子供が産まれた時も
真っ先にかけつけてくれ
不器用に、頑張ったのう。と
言ってくれた。
私はお父さんと関わった期間が
普通の人より格段に少ない。
アル中でも、
真面目で真っ直ぐにしていれば、
お父さんはいつも助けてくれた。
私はお父さんが大好きだった。

お父さんの癌がわかった時
本当にショックだった。

入院前は時々、まだ赤ちゃんの
子供を連れて実家に行った。
いつもお父さんはしんどそうに
寝ていたけど、子供を見ると
すごく喜んでいた。

お父さんの壊死した足は
赤黒くただれて膿とか血とかが
ぐちゃぐちゃについていた。
足が痛い、かゆいって言ったから
一緒にお風呂に入って足を洗った。
そして包帯を巻いたり
湿布を貼ったりした。

入院してからは間で会いに行って
仕事が終われば会いに行った。

よく会いに行ってる時
義父から電話がかかってきた。

いつ戻ってくるんな?

私の電話の返答を聞いて、
お父さんはよく、

はよ戻れ?じゃあな。

と言った。
私はそれが悔しくて辛かった。
もっと一緒にいたいのに。
もういれる時間は限られてるのに。
そう思った。

そのお父さんとの最後の会話は

もう、はよ帰れ!
次はいつ来るんな?

だった。
お父さんはそんなこと聞かないのに
その日もっと一緒にいれば良かった。

もういつ逝ってもおかしくないですよ
って先生から聞いてたのに
いつまでも覚悟できなくて。

私のお父さんは最期まで
私を想ってくれた。

私はそんな親になりたい。