生きるとは… | 僕のち天、ときどき みゅー。

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「僕」と息子の「天」(てん)、そしてときどき妻の「みゅー」。
さらに、その周辺のゆかいな人々のブログ。
次男坊の「地」(ちぃ)も加わって、はてさてこれからどうなることやら。


鶏の唐揚げを食べながらの天との会話。



天「ボク、もっと食べたくなってきたなぁ~。」


みゅ「天の分はもう食べたでしょはてなマークもうないよ。」


天「あるよ~。お父たんのー。」


僕「ダメビックリマークこれはお父さんのビックリマーク


天「一個だけ食べたいなぁ。一個だけ~。」


僕「んー、じゃあいいよ。一個あげるよ。」


天「やったビックリマーク


僕「でもね、天。

   お父さんの唐揚げを食べるということは、

   お父さんが食べるはずだった鶏さんの命を、

   天が食べるってことだ。」


天「う~ん…。」


僕「命を食べるってことは、

   鶏さんの分まで生きるってことよ。」


天「ふ~ん。」


僕「お父さんの分を天が食べるということは、

   お父さんの分まで天が生きるって事になるわけだ。

   その覚悟が天にはあるのかはてなマークあるなら食べていいよ。

   ってか天、『生きる』って分かるかはてなマーク


天「ちってる(知ってる)よ。」


僕「ほう。じゃあなーにはてなマーク


天「『生きる』ってね、『見る』ことだよ。」



僕&みゅ「……。」



天「ねはてなマークちってる(知ってる)でちょ!?







生きるとは、見ること。



他を見、己を見る。

どこまでも、どこまでも、

生きている限り、見るという行為は続く。







息子、


深いよ…。


唐揚げ…、食べてください。