普段のブログで書いているトリオ達とは、事実上別の次元での卓球クラブ。
地域の小学生を対象とした、レクリエーション要素の強いジュニアクラブがあるのです。
このチームは8月に大会があるのです。
が、現状としては、ターハーコーチの言われた通りです。
「大会に出る意義」を問うお母さんもいらっしゃるかと思われます。
しかし、もしも「大会」というものがなければ、子供達も指導する側も・・、
今程のモチベーションさえも消えてしまいます。
そういうクラブも私は見てきましたし・・。
そりゃそうです。
サーブが入らなくたって、「キャハハ~」って笑っている時間こそが大事ならば、「どうしたらサーブが入るか?」と教える事に熱は入らないし、教わる側にとっても、サーブが入らない事は・・・・「入らないと困る」ものでもなくなってしまいます。
勝負というものには、文字通り、勝ちと負けが生まれます。勝負という言い方が物騒なら、ゲームと言ったら柔らかくなりますかねえ・・。ゲームといっても、勝ち負け・・そこにはゲームしたもの達に優劣が生まれるものです。
しかし、
「卓球下手だけど、卓球の試合に出て、精一杯頑張って戦う!」という人
「自分の(卓球の)腕前がどんなものなのか試してみたいから出る!」という人
「本当は怖くて出たくないけど、友達も勇気出して参加するのだから、私も出る!」という人
「卓球の試合に出ても、どうせ勝てないから出ない。」という人
「勝ち上がってはいけるけど、あの強い人とあたるから、優勝できそうにないから出ない。」という人
「練習が足りない立場の者が、試合に出たら、相手に失礼だから出ない。」という人
いろいろな立場で、あれこれと・・いろいろな思惑があるものです。
私自身の経験では、「出ない」理由など腐るほど出てきますし、「出る」理由も同じくです。
卓球には、幸いにも、実にいろいろな大会が用意されています。
このそれぞれの大会は、卓球協会の方達や現場に直面してきた参加者の意見等・・
こうした諸々の試行錯誤の末に生まれて、そして今も育ち続けている大会なんだと思います。
参加資格というものが各大会にはあります。
つまりその参加資格に入る条件を満たせば、胸を張って参加できるのです。
「リングに上がっていいよ」って事なのです。
参加できるならば、出来る限り参加した方が良いと、私は思います。
何故なら、
「リングに上がって戦う。」
これを体験できるからです。
「リングに上がって戦った。」という体験は、
終わってみたら「なんともなかった」って・・、そうなると思います。
「リングに上がる事から逃げた。」というのよりは、カッコイイと思います。