恋愛総合サイトで活動していた仲間とサイトのサービス終了後も交流しているのですが、その仲間とのやりとりで私は
シャーデンフロイデという言葉を知りました。
シャーデンフロイデは簡単に説明すると他人の不幸を喜ぶ感情で、日本語では「他人の不幸は蜜の味」が近い表現になるそうです。
不道徳な感情、負の感情、闇の感情とも言えそうですが、シャーデンフロイデはどんな人間にも存在するのだそうです。
「
脳の省エネ大作戦」
このコラムでは物理的な痛みを感じた場合の脳の反応と、精神的な痛みを感じた場合の脳の反応について書いてあります。
私達は精神的な苦痛を「痛い」と比喩的に表現しますが、脳は精神的な苦痛も本当に「痛い」と感じているようで、「他人の不幸は密の味」というのも脳は本当に甘く感じるようです。
「
子どもにシャーデンフロイデはあるのか?」
このコラムではドイツの大学が行った子供のシャーデンフロイデの研究が紹介されていました。
失敗をした人物に対して子供がシャーデンフロイデを示すかどうかは、その失敗が善行によるものか?悪行によるものか?で違いが見られ、子供がシャーデンフロイデを示すかどうかにモラルが影響しているのだそうです。
ちなみに善行か悪行かに関わらず、子供のシャーデンフロイデの示しは総じて低いそうです。
シャーデンフロイデは悪しき感情かもしれませんが、子供がシャーデンフロイデを示すかどうかにモラルが影響しているのなら、シャーデンフロイデの示しはその社会のモラルや教育など環境によって変化するのでしょうし、どんな人間にも存在する感情で、子供の頃からある人間の自然な感情のひとつなら、その感情の存在を否定せずに認めて、その感情とともに生きる道を模索した方が現実的だと思いました。
私は自分を良い子と悪い子に別けてしまうところがあります。
曖昧さにストレスを感じやすく白黒はっきりさせたくなったり、完璧主義なところや極端な思考に陥りやすいところもあり、良い子の自分だけを肯定して悪い子の自分を否定する傾向が強くあります。
良い子の自分も悪い子の自分もどちらも私で、悪い子の自分を認めなくても存在し続けるし、否定しても切り捨てられるものでもないし、そんなことをしても自己否定感を強くしていくだけだと頭では理解していたのですけど、自己否定を繰り返し癖になっている私の心はなかなか理解できずにいたんです。
下記の文章は仲間とのやりとりで私が書いたものです。
シャーデンフロイデという言葉は初めて聞きました。
私としては【自身の成功や自己実現の為に周りがしくじり結果的に自身の成功や自己実現にプラスになればそれに喜びを感じるのだというような心理】を人間が持っているのは自然なことで、誰もが持っているものを【悪】とすることが【不自然】であり【間違い】であり【無理がある】と思います。
シャーデンフロイデは誰もが有している心理として認め、有していることを悪とせず、有していることを前提に、自分がありのままに生きる自由だけでなく、他人がありのままに生きる自由も認め、自分と他人のありのままの自由を譲り合いながら生きていくのが社会生活であり、それぞれが心と知性ある人間として自らの言動に責任を持ち、自分達が生きている社会での道徳心や理想と照らし合わせて自ら言動を決定し、その言動を周囲の人達が判断した結果としてその社会での善悪が決まるのだと思います。
仲間とのやりとりで書いたことは嘘ではなく本音なのですけど、私は自分が悪と評価する自分を受け入れられず、向き合えないまま罪悪感から否定し続けていたんです。
けれど私はシャーデンフロイデを知ったことで前よりも自分を許せるようになりました。
心の中に悪い子がいるのは私だけじゃない。
みんな心の中に悪い子がいるんだ。
それが当たり前で普通のことなんだ。
悪い子を否定して罰するより、悪い子とどう向き合っていくかを考えればいいんだ。
そう思えたから。
自己否定の癖はまだありますが、自分で自分を区別せずに、自分の全部を受け入れて、ありのままの自分として生きる道を現実的に模索していこうと思っています。