青い庭のアトリエ -Sukhothai- -16ページ目

青い庭のアトリエ -Sukhothai-

青い庭はナツミントの私的な庭です。
ここでは日々の生活を送る中で思ったこと、考えたこと、感じたことを綴っていこうと思います。

「Sukhothai」はタイの古都の名前で「幸福の夜明け」を意味します。

今年のゴールデンウィークは前半を家でゆっくりと過ごし、後半は色んなところへ出かけてきました。

{893C97EA-F44B-49D7-A9C4-FA3DAB082438:01}

都内で専門学校時代からの友達と会ったり、家族と一緒に新丸ビルKITTEなど東京駅周辺を観光しながらお買い物してきました。

{0C99E8F4-0EDB-4A97-9166-2026DDFDBEB9:01}

北方文化博物館で藤棚も観てきました。

{61908105-A122-40DA-A4A8-8842A682B0C8:01}

{972E3FF6-B4B4-42EE-B97B-B9AB22D46A5E:01}

満開の藤が風にそよいでとてもいい香りがしていました。

{78E36288-859E-4CF4-AA88-193877201C2A:01}

初めてライトアップも観てきました。

遠出をしたりあちこち出かけたりすると疲れやすく不安もありましたが、友達や家族が私の調子を気遣ってくれたおかげでなんとかみんなと一緒に楽しむことができました。
こんなふうに外へ出て楽しいと感じることが再びできるようになって嬉しいです。

今はゴールデンウィークの疲れがでてきたのか風邪気味なので、回復するまではいつもより休み多めで焦らずゆっくりと過ごそうと思っています。
最近は寒さがゆるんできましたが、まだ寒くて天気も悪くて、庭仕事しないし散歩もしづらく運動不足がちで、自宅でもルーシーダットンができたらいいなと思っていました。
最近はルーシーダットンになれてきたので教わったポーズは1人でもできそうなのですが、何もない状態では動きや呼吸のタイミングが思い出せず、そこでDVD付きの本を購入しました。
本を見たら教わったポーズもたくさん載っていたので、これからは自宅でもルーシーダットンをしようと思います。

--------------------
DVDでわかるルーシーダットン 決定版52ポーズ/WAVE出版

¥1,944
Amazon.co.jp
この記事には「死にたい気持ち」も書かれています。
ネガティブなものを読みたくない方、心身の状態が悪くなりそうな方は閲覧にご注意ください。
--------------------

私は高校卒業してから実家を離れて生活していました。
当時は実家を離れたくなかったけれど、両親に進学の条件として実家を離れるよう言われたので受け入れたました。
いつから実家に戻りたくないと思い始めたのかは覚えていないけれど、2012年の私は実家へ戻りたくなかったです。
けれど私を心配した家族の強い要望を受け入れ2013年1月3日に実家へ戻りました。

もう何度目かわからないけど心身の状態が悪くなっていきました。
心の状態が体に症状として出てくるようになりました。
こういうことは何度も経験しているので驚きはなかったけれど、症状は今まででよりも悪くなっていきました。
涙が止まらなくなったり過呼吸になったり。
始めは家族に心配させないようにと隠していたけれど、段々と隠しきれなくなっていきました。

ある日の夜、いつものように心の中に嵐が吹き荒れました。
どうにもならない感情と欲求の嵐。
私はいつものように涙をこぼしながら声も出さずに部屋で1人じっとしていました。
嵐が過ぎるのをひたすらに耐えて待ってました。
自分や他人を傷つけたり物を破壊したくなるような激しい衝動を押さえ込む。
押さえ込まれてる私と押さえ込む私との激しい葛藤が呼吸ができなくなるほどの苦しみを生むけど、いつものことと思って耐えてました。

でもいつもとは違ったんです。
欲求の嵐に耐えて苦しむ中で、どうにかしたいと思考が足掻いてる中で、私は死に救いを見出してしまいました。
それまでの私は死なない自信がありました。
それは死ねない苦しみでもあるし、どんなに苦しくても生きてられる自信でもありました。
それが自己解決に拘れてた理由でもあったと思います。
でも死に救いを見出した時に死なない自信を失いました。
その時はなんとか回避できたけど、次は回避できる自信がなかったんです。
死の救いはとても魅力的だったし、死に魅力を感じた時の私は死への恐れや罪悪感が薄れてしまうことを知ったからです。
あの状態を経験して、あの状態が長く続いたら…私はどうなるかわかりませんでした。

それでも病院に行くという発想はなかったです。
病気であることや弱い自分を認めたくなかった。
認めたら自分が本当に駄目になってしまいそうで怖かった。
自分でなんとかしたかった。
自覚はしていなくても色々と理由はあったんだと思います。

死に救いを見出した夜のことを友達に話したら病院に行くようにすすめられました。
生き物は正常な状態では死にたいと思わないもので、死にたいと思うのは正常でない状態ってことだから、だから病院に行ったほうがいい、何もなければそれでいいし、何かあれば治療すればいいんだから…そんな感じの話をされました。
そしてその友達が後押ししてくれて私は病院に行くことにしました。

けれど家族に隠して病院には行けなくて、病院に行くと家族に私の状態が知られてしまうから、病院に行ったほうがいい、病院に行かなきゃ、そう思ってもなかなか行動に移せずにいました。
病院に行かなきゃと病院に行けない気持ちの葛藤で苦しんでいた時も友達は支えてくれました。

そして友達に支えてもらいながら、ようやく心療内科や精神科を受診したいと母に伝えることができ、自分で調べてみたけれどよくわからないとも伝え、とりあえず母の知り合いが通院している病院に行ってみることにしました。
予約の電話は母にしてもらいました。
私はかなり能力低下していて電話をしたり必要な話ができると思えなかったからです。
そうして私は母と一緒に精神科に行くことにしました。
見えないものを見る力って大切だと思う。オーラが見える霊が見えるとかじゃなくて、見えるものから見えないものを見る力のこと。視覚で得られる情報の表面だけでなく、その視覚情報の発信元である内面を見ようとする意識が必要だと思う。それと多角的に見ようとする意識も。意識だけでなく実践を(続

続)繰り返さないと力を身につけ維持できないだろうけど。
見えないものを見る力を身につけても、見えないものを見るには時間がかかるし、見えないものの視覚化は瞬時に必要な情報を理解するのに適していると思う。
でも見えないものの視覚化に頼りすぎると、見えないものを見ようする力が衰え、(続

続)視覚化されたもので安易に判断して理解したつもりになる可能性があると思う。そうなると視覚化が単なるマーキングになり、マークだけで見てしまう可能性があると思う。視覚化は有効で必要だと思うけど、マークだけで人を見ずに個を見る意識を持って生きたい。私は些細なことでも気にして(続

続)うじうじくよくよしがち。木を見て森を見ずなところに気をつけないと自分で自分を追い込んでしまうところがある。でもこれは私の個性。森を見て木を見ずにはなりたくない。森も木も見れるようになりたい。色々な森や木があることを知りたい。日本人の花見は桜。他にも花はあるのに花見と言えば(続

続)桜の花を見ることを言う。ソメイヨシノの花が咲く時期が花見の時期。でもソメイヨシノも場所によって花が咲く時期が違うし、同じソメイヨシノでも常に花が咲いているわけでなく四季による変化がある。それに桜はソメイヨシノ以外にもあって花の色や形にも違いがある。ソメイヨシノでなければ(続

続)桜じゃないとか、この時期に花が咲かないならソメイヨシノじゃないとか、そういう大人にはなりたくない。わからないともやもやするし、もやもやはストレスになるし、怖くなったり近寄りがたくなるこあともあるけど、わかりやすいものに頼って自分から見たり知ったり考えたりを放棄する大人には(続

続)なりたくない。わからないともやもやするし、もやもやはストレスになるし、怖くなったり近寄りがたくなるこあともあるけど、わかりやすいものに頼って自分から見たり知ったり考えたりを放棄する大人にはなりたくない。ズームインとズームアウト、俯瞰と仰視、色々な見方で色々なものを(続

続)見れるようになりたい。見えないものを見る力を身につけて生きたい。そんなことを考えていたけど…欲張り過ぎかな。(終

--------------------
この記事は連続ツイートをまとめたものです。
「ツイートをサイトに埋め込む」のコードをコピーしてアメブロに入力してみましたが、エラーが出るのでツイートをコピーして掲載しています。
Twitter ナツミント(@aoi2wanotori)
週間ダイアリー

自己管理』に載せた写真です。
手帳の上(写真の右側)に『ココロメモ』と書いた紙があります。

ココロメモ』は気分の状態、睡眠時間、症状やメモを1日ごとに記録できるアプリです。
診察時に自分の様子を伝えるのですが思い出せないこともあり、何か手軽に記録できる方法がないか探していて見つけました。
心の症状と体の症状を固定の選択肢から選ぶようになっているところが使いづらく、手帳やアプリなど記録媒体が増えすぎると把握できなくなりそうで、今は『ココロメモ』を使っていません。

けれど『ココロメモ』は参考になりました。
私は自分の状態を記録する方法以外にも、自分の状態を他人に伝えるために感覚だけでなく数値化や視覚化できないかと考えていました。
今は『ココロメモ』の内容を書き出した紙を参考にしながら、手帳に書き入れています。
慣れてきたら自分に合った気分の状態の数値化や、心の症状と体の症状の項目化ができるんじゃないかと思います。

患者である私は診察という限られた時間の中で、医師が治療に必要とする情報をなるべく正確に伝えたいと考えています。
医師は私が伝えた情報を元に(それだけではないですが)診断するので、私が伝えた情報が不正確であれば医師の診断が私の状態と違う結果になる可能性もあるわけで、だからなるべく正確に情報を伝えられるようになりたいんです。
それが私の治療と回復に必要なことだと思うんです。

双極性障害の男性が自分の状態を数値化して毎日記録しているのを前にテレビで観て、自分の感覚からの数値化で他人が数値化した場合とは差があるのかもしれないけど、自分の感覚からの数値化でも記録しておけば後から自分の様子を振り返れるし、他人からも見えるようにできるんだ、と思ったのですが何もしていませんでした。
自分の中での出来事を他人に正確に伝えるのは難しいですが、工夫し努力していきたいと思っています。