キックあにめ -134ページ目

キックあにめ

あにめの感想とかを言います

こんばんは。ダイソン高いよね~。

■ブエルタ・ア・エスパーニャ
まさかまさか。ここでマイヨ・ロホの交代劇が起こるとは誰も予想していなかった。だまれよって言われるのを承知で言うと、実は私はコンタドールが総合逆転する最後のチャンスは第17ステージだろうと思っていました。コンタ自身第20ステージの山岳がラストチャンスと言っていましたが、このブエルタで異常なまでの山耐性を発揮しているホアキンにまともに山で差をつけることはまず不可能。18、19ステージではスプリンターチームを敵に回すことになるため厳しい。となると、17ステージで一か八か逃げるしかないだろという予想。逃げに行っても潰されるか一人旅になって終わる可能性が怖いとは思ってましたが、今思えば偶然にも完璧なシチュエーションが作られていき、一人旅が始まったのはゴールまで1数キロ。バルベルデの物凄い追い上げをなんとかかわし切れる距離でした。そして雄たけびの復活ステージ優勝+マイヨ・ロホ奪取。マジですげぇ。運が良かったといえばそれまでですが、追走で足を使い切ったホアキンを総合で一気に抜き去って差をつけた結果に。ジロではTTで涙を呑んだホアキンとしては「ここでもか」でしょうね。バルベルデについていけていれば逆転されてなかったかもしれないので悪いのはホアキンじゃなくてマイヨ・ロホを一人にしてしまったチームですが。


■貧乏神が!
□番外編が面白かった10話あらすじ
市子ちゃんの「周囲を不幸にしてしまう」能力を抑えることが可能だと明らかになった今回。うんこ持参の例のアレを持っていれば大丈夫なんですって。何でそれ最初に渡さなかったし!
勿論その理由は突然アニメの話考えてくれとふられた金沢市民がそんなドラえもんでも出してくれないような都合の良過ぎる道具を考えなかったから。否、そんなものを登場させたが最後このアニメが真に茶番以外の何物でもなくなることを知っていたからなのです。
次回からはうんこがくれたアレをめぐる騒動以外することがないんじゃないの?

どうした?その設定を克服したが最後市子ちゃんはただのいけ好かない牛女。紅葉さん、頼むからホアキン・ロドリゲスに市子ちゃんの幸福エナジー分けてあげて。市子ちゃんが女ヤンキーたちにパシリにさせられるまで。それで貧乏神が!は紅葉さんとホアキンのアベック主人公路線で行きましょう。紅葉「ホっちゃん、牛女の幸福エナジー使って山の神になって」ホアキン「ちょ、おまっ。それドーピングになるから!裁判かけられちゃうから!」。そのころ市子ちゃんはアルコールランプでラーメン作ってた。
にしてもランマルくんの服装がコロコロかわるあたり製作者側もあのジョジョライクな格好ぶっちゃけ嫌なんでしょ?
こんばんは。残暑…。

■電脳コイル
「電脳」と呼ばれる技術が一般に普及している近未来、電脳世界の情報は「電脳メガネ」によって現実世界に重ねて表示され操作できるようになっている。「電脳」は日常生活に溶け込み、子供でも当たり前に扱えるが、それ以外の部分は現在と大差ない。ごく普通の小学生の主人公が、サイバーパンクなトラブルに巻き込まれていく。

SFSFと言ってる割にお前の求めるSFアニメ像は何なんだよって話。直近のオススメアニメをあげるとなれば何を差し置いても「電脳コイル」をあげないわけにはいかない。wikiによればあらゆる賞を総なめにしてたみたいですね。
当時夕方にやってるNHKアニメなんて、と舐めてた人が多かったと思います。私もそうだったし、それだけに大きな衝撃を受けました。こんなにカワイイサイバーパンクがあり得たのか、と。ごめんそういえばプラネテスもNHKだっけ。
基本的に先人のパクリで成り立ってるSF業界において、あろうことかアニメという手法で画期的な作品が飛び出てきたことには驚嘆を隠せない。いろんな意味で非常に日本人的な作品です。
SF作家の模索するテーマはもっぱらプラネテスに見られるような「おれっちの存在って何さ?!」というともすれば鬱展開と見られがちなものを含むのが定石であり、本作においてもそのようなテーマは存在しているわけです。しかしながら、一方でSF作品の評価の大部分はテーマとは離れた「世界観」で決まるということも事実。そして電脳コイルの飛びぬけて魅力的な世界感は一言で言えば「子供達の夏休みサイバーパンク」。画面にあふれるのは子供達の笑いと友情と恐怖。そしてその日常が織り成される場は完璧なるリアル-電脳空間。エウレカAOに電脳コイル並みの説得力があればな~。あまりに完成された世界観なのでフォロワー作品を見ないですね。

まぁ、真新しいSFかと言われればそんなことは無いかもしれないし、全編見てストーリーに無駄が無いかって言われたら「後半どうかな~」とは思います。ただ言うまでもなくエウレカAOと比べるのは失礼に当たる。そして何より折笠先生は流石である。
今晩は。WBC参加するんですね。ぶっちゃけMLBからしたら参加国いなくなってでもアメリカに優勝してもらわないとやってる意味ねーよ、てのが本音でしょうね。

■ニビンベン
こいつ天才だな、と思う人間は何人かいますが、中でもニビンベンのセンスには圧倒されるほか無い。代表作はBLAME!

『BLAME!』
同氏の手がけた代表的な無声映画。公開劇場は月刊アフタヌーンのみ。
建築家である氏が自身の設計した建物のすばらしさを伝えるために製作した映画で、シーンの大半は建築物の描写。非常に暗い。緻密な設計と作りこみ、直線を多用した超未来的デザインの建築物が好評。映画自体は無声映画であり、そもそも趣旨からして音声は必要ないはずだが、なぜかたまに全く関係のない内容(会話と思われる)の字幕が流れる。当然無視してよい。また人や化け物のようなものがたくさん登場しているがすべてノイズやただのオブジェクトなのでこれも無視してよい。なお、この建造物は久多良木氏が絶賛している。
(アンサイクロペディアより)

「W・ギブスンがもっと2次元方面にオタクで日本人だったら」って共通一次試験の勉強のために頭がおかしくなった当時の学生がもしもボックスを使って生み出したのが建築漫画家ニビンベン。年号がうまくかみあわないのは多分統治局か新井のせい。
アイモフ原作の映画アイロボットでウィル・スミスを殺そうとワラワラ出てきたロボットが全てニビン先生の自宅から出撃していたのは有名な話。要するにアメリカから見ても手塚先生やシロマサに並ぶ逸材だったということ。それだけにシドニアが最近イマイチなのは悲しいところです。弐瓶先生頼みますよ~。


■人類は衰退しました
○あいつらに関わるとろくなことがない10話あらすじ
ニュアンスで。

妖精さん達を新人類と呼ぶのは生物学的見地からいささか気が引けるところではありますが、このアニメの妖精さん達の象徴する所を表すにこれが最もしっくり来る呼称なのだと自らに言い聞かせることで私はようやく安眠を得ることができたのでした。

センスとニュアンスで乗り切ってきた、緊張感と言うものをまるで理解していない新人類たる新卒新入社員の諸君!キミたちのことを言っているのだよ!ウソ。新人類とか死語ですよね。
ウソと言っておきたかったけどあながちその解釈も捨てたもんじゃない気もしてきた。もちろん現在の新入社員は所謂ゆとり世代であって新人類達とは一回り違うわけです。ゆとり教育という形で無理やり押し付けられた「円周率3なんやろ?(嘲笑)」というレッテルのせいで、一種被虐的な卑屈さを隠し持つこのアニメの視聴者たちが自らの親世代に想いを馳せるのもうなずける道理。言うまでも無くそのような世代理解に真実は含まれていないと思いますが、寧ろゆとり世代に関わらず閉塞感の募る現代社会に生きる我々全ての目標こそが妖精さんなんじゃないでしょうか。
え?ホントですか?
さぁ~?
でしょうね。