■ゆゆ式
◎「唯と縁 とゆずこ」5話あらすじ
もうサブタイトルからしてゆずこハブ。
最早ゆずこのアレに関しては何も言うまい。ここからはゆゆ式の印象的な台詞回しについて議論していきたい。
「ハムたまごサンドはなぜこんなにもおいしい……なんてことをわたしら程度が議論して何かしらの答えが出たとしても、ハムたまごサンドを一口食べれば……そのおいしさの前に、議論など無意味だと知るよねー。」
「つまり~?」
「わたしハムたまごサンドすきなんだ~。」
「レタスサンドも好きなんですよー。」
「議論は~?」
「無意味~。」
声に出して言いたいアニメの台詞ランキングランクインなのである。そしてこの後も、
「タオルで体とか拭くでしょ?」
「そしたら結構気持ちいい、と思うよね。」
「思う!」
なんじゃこりゃ!!なんじゃこりゃ!!、なのである。ジャンボが飛び上がってしまうのもうなずける。「「タオルで体とか拭くでしょ?」?タオルで体とか以外拭くんかお前は?馬鹿か?馬鹿なのか?」ゆずこが言っていたら間違いなく唯ちゃんにこう罵倒されていたに相違ないわけだけど、ちょっと待っていただきたい。もしこのセリフをアララギコヨミ氏なんぞが言おうものなら、と考えて欲しい。
暦「タオルで体とか拭くだろ?いや、なに、僕は決して唐突に常識的な事実を再確認することで逆説的にこの場の不条理さを演出しようと思ったわけではないんだけれど、そして、もしそうでないとすれば馬鹿ではないかと疑われるという可能性があることもあえて受け入れた上でどうしても言っておきたい。つまり、タオルで体とか拭くだろ?そしたら結構気持ちいい、と思うと思うんだ。」
俺等「ウゼぇ~」
そうなのである。こうなってしまっては「思う!」なんて言えないのである。つまりこれがどういうことかというと、「唐突に常識的な事実を再確認することで逆説的に不条理な状況を作り出すというこの行為自体が往々にして不条理である現実世界を呼び起こし、逆説的に現実感のある世界を創造している」のである。逆説の逆説はこれも逆説なのであり、結果的にどう転んでもいい使い勝手のよい説なのである。単に逆説って言いたいだけって説もある。
しかしながらゆゆ式はこの様な使い古された逆説的日常感演出の上を行ってきたわけである。再び縁ちゃんの台詞を思い出して欲しい。
「そしたら結構気持ちいい、と思うよね。」
である。普通ならここで「気持ちいいよね~。」とか「私はチン○ンしか拭かないけどね。」とか「やってられるかって感じだよね。」とかが来るわけであり、一方的に縁ちゃんのタオルへの感想の吐露が始まる流れなのであるが、実際は、「と思うよね。」なのである。「気持ちいいと思うものだよね。」なのである。なんと縁ちゃんは己の感じて想うところのタオル感ではなく、タオルが人々に一般的に与える効果について論じているのである!
つまりつなげて考えると、
「日常的に我々の生活に浸透したタオルで体を拭くという行為は脳の快感中枢を刺激しエンドルフィンを分泌させるよね。」
縁ちゃん!!何言ってんの!!??
流石は情報処理部部長である。これを受けたゆずこ、つまり我々は「思う!」としか言いうる術を持たない。圧倒的な論理性の前にダンガンロンパされてしまうのである。まるで外に逃げてボールになるスライダーを見逃したらホームベースの後ろでシュートした感じである。キャッチャーミットはストライクど真ん中で微動だにしていないのである。でもそれボールである。
ゆゆ式の印象的な台詞回しについての議論まとめ
「議論は~?」「無意味~。」
「レタスサンドも好きなんですよー。」
「議論は~?」
「無意味~。」
声に出して言いたいアニメの台詞ランキングランクインなのである。そしてこの後も、
「タオルで体とか拭くでしょ?」
「そしたら結構気持ちいい、と思うよね。」
「思う!」
なんじゃこりゃ!!なんじゃこりゃ!!、なのである。ジャンボが飛び上がってしまうのもうなずける。「「タオルで体とか拭くでしょ?」?タオルで体とか以外拭くんかお前は?馬鹿か?馬鹿なのか?」ゆずこが言っていたら間違いなく唯ちゃんにこう罵倒されていたに相違ないわけだけど、ちょっと待っていただきたい。もしこのセリフをアララギコヨミ氏なんぞが言おうものなら、と考えて欲しい。
暦「タオルで体とか拭くだろ?いや、なに、僕は決して唐突に常識的な事実を再確認することで逆説的にこの場の不条理さを演出しようと思ったわけではないんだけれど、そして、もしそうでないとすれば馬鹿ではないかと疑われるという可能性があることもあえて受け入れた上でどうしても言っておきたい。つまり、タオルで体とか拭くだろ?そしたら結構気持ちいい、と思うと思うんだ。」
俺等「ウゼぇ~」
そうなのである。こうなってしまっては「思う!」なんて言えないのである。つまりこれがどういうことかというと、「唐突に常識的な事実を再確認することで逆説的に不条理な状況を作り出すというこの行為自体が往々にして不条理である現実世界を呼び起こし、逆説的に現実感のある世界を創造している」のである。逆説の逆説はこれも逆説なのであり、結果的にどう転んでもいい使い勝手のよい説なのである。単に逆説って言いたいだけって説もある。
しかしながらゆゆ式はこの様な使い古された逆説的日常感演出の上を行ってきたわけである。再び縁ちゃんの台詞を思い出して欲しい。
「そしたら結構気持ちいい、と思うよね。」
である。普通ならここで「気持ちいいよね~。」とか「私はチン○ンしか拭かないけどね。」とか「やってられるかって感じだよね。」とかが来るわけであり、一方的に縁ちゃんのタオルへの感想の吐露が始まる流れなのであるが、実際は、「と思うよね。」なのである。「気持ちいいと思うものだよね。」なのである。なんと縁ちゃんは己の感じて想うところのタオル感ではなく、タオルが人々に一般的に与える効果について論じているのである!
つまりつなげて考えると、
「日常的に我々の生活に浸透したタオルで体を拭くという行為は脳の快感中枢を刺激しエンドルフィンを分泌させるよね。」
縁ちゃん!!何言ってんの!!??
流石は情報処理部部長である。これを受けたゆずこ、つまり我々は「思う!」としか言いうる術を持たない。圧倒的な論理性の前にダンガンロンパされてしまうのである。まるで外に逃げてボールになるスライダーを見逃したらホームベースの後ろでシュートした感じである。キャッチャーミットはストライクど真ん中で微動だにしていないのである。でもそれボールである。
ゆゆ式の印象的な台詞回しについての議論まとめ
「議論は~?」「無意味~。」